万年初心者のための世界史ブックガイド

2010年5月31日

プラトン 『国家 上』 (ワイド版岩波文庫)

Filed under: 思想・哲学 — 万年初心者 @ 06:00

『ソクラテスの弁明・クリトン・パイドン』を読んだ後は『饗宴』あたりでも読むべきかもしれないが、面倒くさいのでいきなり主著に行ってしまえと、これを手に取る。

挫折するかもしれないがその時はしばらく本棚の飾りとして置いておくのも悪くないだろうと思って、買ってみた。

分厚い文庫本、上・下二巻でついつい気後れするが、実際取り組んでみると、事前に思っていたよりもはるかに楽に読めた。

ソクラテスの一人称を基本に、対話体で語られる文章は哲学書とは思えないほど読みやすい。

これを普通に面白く読めたということに何より驚いた。

藤沢令夫先生の翻訳がすごくいいんでしょうね。

最初に「全篇の構成」が載っていて、まともに見ると気圧されるが、これは読み終えてから内容を思い出すために見ることにして、初めは無視。

上巻では、正義とは何か、それは不正よりも不利ではないかという問題から始まり、国家における知恵・勇気・節制・正義を検討し、これら四つの徳が個人の中にも当てはまることを述べ、魂の三区分として理知的部分・気概的部分・欲望的部分を提示し、それぞれを国家における統治者階級・戦士階級・生産者階級に対比し、徳とは魂の健康にあたるものであるとし、理想国家と哲人政治の構想を述べて、この巻はお仕舞い。

全編ソクラテスとの対話という形で進められるが、同席者はおとなしく御説拝聴する人物ばかりではなく以下のトラシュマコスのように論敵のような態度で接する人物もいる。

「何というたわけたお喋りに、さっきからあなた方はうつつをぬかしているのだ、ソクラテス?ごもっとも、ごもっともと譲り合いながら、お互いに人の好いところを見せ合っているそのざまは、何ごとですかね?もし〈正義〉とは何かをほんとうに知りたいのなら、質問するほうにばかりまわって、人が答えたことをひっくり返しては得意になるというようなことは、やめるがいい。答えるよりも問うほうがやさしいことは、百も承知のくせに!いやさ、自分のほうからも答を提出しなさい。あなたの主張では〈正義〉とは何なのか、ちゃんと言いなさい!・・・・・」

「けだし、そうすればソクラテスは、いつもの流儀をまんまと押し通せるわけだ。自分では答えようとせずに、人が答えると、その言葉をつかまえてやりこめるという、お得意のやり方をね」

このトラシュマコスが提出した「正義とは強者の利益になることである」という主張への反駁などの、ソクラテス(の口を借りたプラトン)の弁論を素直に追っていくだけでも十分興味をそそられる。

「統治階級内における子女の共有」とか、統治者には被治者には決して許されない嘘を述べることが許されるという、いわゆる「高貴な嘘」の主張などにはギョッとしてしまうが、今の感覚で引っかかっても無意味だとも思う。

また、そうした極端な主張の中にも、当時のアテネや現代の社会に対する批判や皮肉を読み取ることも可能だと感じる。

最初はあまり難しいことを考えず、問答法のレトリックを楽しむくらいの気持ちでいたらいいと思う。

かなりサボりながら読んでも、通読に一週間かからなかった。

集中したら3、4日で読めると思う。

臆せずまず手に取ってみるべき。

私程度の読者でも十分楽しんで読めたのだから間違いない。

哲学書といっても、政治哲学とそれ以外、前近代と近代以降の本を比べると、それぞれ前者に属するものなら、初心者でもまだしも読める。

この分なら下巻も挫折せずに読めそうです。

「しかし、一般の名もない人たちや手職人たちばかりか、自由教育を身につけたと称する人たちまでもが、最高の腕をもつ医者や裁判官を必要としているということ、――いったい、一国における教育が悪しき恥ずべき状態にあることを告げる証拠として、これよりももっと大きなものを何か君は見出すことができるかね?そもそも君には、自分が用いるべき正義を他の人々から借り入れざるをえず、そういう他人をみずからの主人・判定者となし、自分自身の内には訴えるべき正義を何ももたないという状態が、恥ずべきことであり、無教育の大きな証拠だとは思えないかね?」

「それはもう、何よりも恥ずべきことだと思います」と彼は答えた。

「次の場合よりも、もっと恥ずべきだと思うというのかね?」とぼくは言った。「すなわちそれは、生涯の大部分を法廷で訴えたり訴えられたりしながら費やすだけでなく、低俗な好みのために、まさにそうすること自体を得意がるような考えを植えつけられている場合だ。自分は不正を犯すことにかけては腕ききで、あらゆる仕方で身をかわし、あらゆる抜け道を通り抜けて、身をしなわせながら罰を受けないように逃れるだけの腕をもっているのだ、とね。それも、些細でまったくつまらない事柄のためにだよ。それというのもほかではない、そういう人は、自分自身の生涯を、居眠りしている裁判官など少しも必要としないようなものにするほうが、どれだけ美しく善いことであるかということを知らないからなのだが」

「そうするとどうやら」とぼくは言った、「守護者たちとしては、どこかそのあたりに見張所を建てなければならないようだね――つまり音楽・文芸のなかに」

「たしかに、法に反したことでも音楽・文芸におけるそれは」と彼は言った、「やすやすと気づかれずに忍びこんでくるものですからね」

「そう」とぼくは言った、「自分では娯楽にすぎないというようなふりをして、何ひとつ悪事をはたらかないような顔をしてね」

「事実またそれは、ほかには何もしないのですからね」と彼は言った、「こういう大へんなことを別にすれば。――すなわち、そういう音楽・文芸における違法というものは、少しずつ入りこんできては住みつき、じわじわ目立たぬように人々の品性と営みのなかへ流れこんで行く。そしてそこから出てくるときには、もっと大きな流れとなっていて、こんどは契約・取引上の人間関係の分野を侵すことになり、さらにそこから進んで法律や国制へと、ソクラテス、大へんな放縦さをもって向かって行き、こうして最後には、公私両面にわたるすべてを覆すに至るのです」

「まことに大したものだね、グラウコン」とぼくは言った、「あの反論術の威力たるや!」

「いったいどうしてなのですか?」

「ほかでもない」とぼくは言った、「多くの人々が、自分ではそんなつもりでなくてもその中にはまりこんでしまって、実際には口論しているだけなのに、そうではなくて自分はまともな対話をしているのだ、と思いこんでいるようにぼくには見えるからだ。それというのも、彼らは論題になっている事柄を、その適切な種類ごとに分けて考察することができずに、ただ言葉尻だけをつかまえては相手の論旨を矛盾に追いこもうとするからなのであって、その場合お互いにしているのは、ただの口論であって対話ではないのだ」

・・・・・

「じっさいわれわれは、そのつもりはないのに、反対論のための反対論に巻きこまれているおそれがあるのだ」

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2010年5月29日

山上正太郎 『第一次世界大戦  忘れられた戦争』 (講談社学術文庫)

Filed under: 近現代概説 — 万年初心者 @ 06:00

著者名とタイトルを見て、すぐにピンときました。

ヘルマン・グラーザー『ドイツ第三帝国』(中公文庫)と同じく、元は社会思想社の教養文庫収録作品。

たまたま手元に読む本の無い時に目に付いたので、読んでみた。

1914年大戦勃発から1920年代前半に至る国際関係史。

感想は・・・・・普通・・・・・ですかね。

取り立てて言うべきこともない標準的な概説。

著者のあとがきによると(これは今回の文庫化にあわせて書き下ろされたもので奥付の著者紹介を見ると90歳を超えて現在もお元気でおられるようだ)、第一次大戦を戦史や国内情勢ではなく外交と国際関係中心に叙述し、しかもそれを各国指導者の個性描写を通じて行った、とある。

また通常テーマごとにまとめて述べられる事項を、あえて時系列順に並べて事件の同時進行性を読者が感じられるようにしたとも書いてある。

言われてみると確かにそういう特徴が感じられないでもないが、さりとてそれが本書を他の概説から隔絶したものにしているとも思えない。

時々思いがけないほど細かな史実に触れていて、それが意外性を感じさせるときもあるが、基本はこれといった短所も無いがあくまで無難な通史といった本。

例によって偉そうな感想で恐縮ですが、平板な印象は拭えない。

初心者がざっと読んで、基本事項を復習するのには有益かもしれない。

2010年5月27日

引用文(西部邁5)

Filed under: 引用文 — 万年初心者 @ 06:00

西部邁『大衆への反逆』(文芸春秋) 「ハイエクの激しさ」より。

それにしても、今ある巨大な経済学者の集団とは、理性の濫用を宗として科学主義の傲慢を発揮しつづけてきた技術者・科学者の集団のことなのであるが、そういう経済学の最後の支えが、自らにたいする最も手強い批判者であるハイエクに求められているというのは、いったいどうしたことなのか。そのカラクリは自由のイデオロギーにある。近代の経済学は、つまるところ、市場的自由のイデオロギーを水面下に隠しもつ技術知の浮島である。そのイデオロギーのための哲学と理論と説得術とを有しているのはハイエクである。社会を「主観的意味の宇宙」とみなすハイエクにあっても、自由のイデオロギーだけは、解釈されるべきものというよりもむしろ、経済学の生命線を維持するための究極のクレドなのである。この信仰箇条を共有する限り、科学主義者も反共・自由の協会の準会員ぐらいにはなりうるわけである。

「自分の仕事をそれ自体完結したものとみる技術者の見解を多かれ少なかれ幻想とみなすことが大切である」とハイエクはいう。「かれ(技術者)は自分には無意味と思える膨大な事柄に注意を払う必要性にたいし腹を立てる」と技術者を揶揄しもする。しかし真に冷酷な理論家ならば、そして真正の自由主義者ならば、自由の名において創造された事柄の負の側面にもっと注意を払う理論を、そしてそういう理論をつくるための認識の自由を、もつべきではないのか。自由がその反対物たる抑圧を産み落とすのは、可能どころか現実ではないか。英国の経験論が産み出した最も上質な政治思想は、いわゆる積極的自由にたいする懐疑としての保守主義だったのではないのか。自由の発揚がなにか善き事態を結果するであろうという進歩主義にたいする懐疑はとうぜん市場的自由にもむけられなければならない。その懐疑を避けようとすれば、民衆の自由を手放しで賛美するという大衆迎合に陥るほかない。しかもおそらく、舞台裏では、冷酷な理論家として、中央ヨーロッパ人にいかにもふさわしく、冷ややかな孤独の牢獄の中で大衆蔑視の思想を傲岸に鍛えながらである。このようなかれにおける憂鬱質の欠如を私はあまり好まない。

2010年5月25日

引用文(西部邁4)

Filed under: 引用文 — 万年初心者 @ 06:00

西部邁『大衆への反逆』(文芸春秋) ミルトン・フリードマン『選択の自由』書評より。

フリードマンは嘆く。「人びとは、強力な政府が自由にとってどんなに危険な存在かということを忘れてしまった。それどころか、“もしも政府の権力が『正しい』手にあれば”という条件つきではあったが、強い政府によってだけ達成できる良いことに心を奪われてしまうことになった」と。私も一緒に大衆の無知を嘆いたって構わない。しかし、そんなふうに大事なことを忘却し、危険な短絡を犯すのが大衆というものだとしたら、大衆の自発的に営む市場行動の成果をなぜ手放しで楽観できるのか。ケインズが大衆を騙かしたのだとしても、そう易々と騙されるのが大衆の社会ならば、市場の中心にもしケインズのような利口者が出てきたら、いったいどうするのか。

・・・・・「自由市場体制とより広い社会的・文化的諸目標の追求との間には、どんな矛盾も存在していない。また、自由市場体制と不幸な人への同情との間にも何の矛盾もない」などと極楽トンボでおられるためには、完全無欠な合理的人間を仮想しなければなるまい。再び問い質したい。そんな完全無欠な人々がなにゆえかくも巨大かつ危険な政府を容認したのかと。

・・・・・スミスは「公平で事情に通じた観察者の同感」が社会に安定性を与えるだろうと展望したのであるが、事態はスミスの思ったようにはうまく進まなかった。・・・・・自分たちこそ公平な観察者だとまかり出てくる社会主義的あるいはケインズ主義的な計画者たちの傲慢はすでに明瞭である。しかしだからといって、大衆をジュピターの地位に祭り上げるわけにはいかない。そんなふうにいうのは「利害関係がからんだ詭弁」というものであろう。「能力に応じて開かれている人生」を私も歓迎するが、いったい私のどんな能力がと、大衆人たる私は自問しないわけにはいかない。かりに自己懐疑の能力を失った人間を大衆人とよぶのなら、私は大衆人でありたくない。そしてフリードマンの言辞にはたしかに大衆社会のノーベル賞にふさわしく懐疑のかけらも見られないのである。

2010年5月23日

フェルナン・ブローデル 『歴史入門』 (中公文庫)

Filed under: ヨーロッパ — 万年初心者 @ 06:00

大著『地中海』(藤原書店)の著者で、アナール派社会史学の泰斗ブローデルの本。

本文が140ページ余りと非常に薄いので、これなら挫折することもないだろうと手に取ってみた。

中身はブローデルのもう一つの大著『物質文明・経済・資本主義』(みすず書房)の内容に沿った講演を収録したもの。

15~19世紀ヨーロッパを中心にした経済史。

邦訳タイトルと内容が合ってないような気がします。

市・大市・取引所の発展、物質生活と市場経済と資本主義の区別、ヨーロッパと日本・イスラム・インド・中国との比較など。

大体何が書いてあるかは読み取れたが、迂闊に内容メモすると間違えそうなので止めときます。

一日あれば余裕で読める。

帯に「アナール派歴史学への最良の入門書」と書いてあって、確かに私でも全く理解できないということもなかったので、まあいい本だとは言えるんでしょう。

短すぎてそれほどの充実感も無いですが。

かと言って、私が『地中海』を読破するというのは・・・・・・まず無理でしょうね。

2010年5月21日

半藤一利 『昭和史 1926-1945』 (平凡社ライブラリー)

Filed under: 近代日本 — 万年初心者 @ 06:00

この前の『幕末史』と似たタイプの本(出たのはこちらが先ですが)。

『戦後編』も出ています。

数年前にまず単行本で出版されて、かなり売れたもの。

語りおろしなので、文章は非常に読みやすい。

ただ、やや前半の内容が粗いなと感じる。

同時代の世界史に関する記述もあまり多くは無く、説明不足気味のところもある。

ただ平板な教科書的叙述ではなく、挿話や感想を交えて印象深く語られる本文は、初心者が大体のストーリーを頭に入れるのには適当でしょう。

なお、本書程度の叙述を「自虐的」だなんだと言って、読むこと自体を拒絶することは止めたほうがいいです。

教条左翼的な内容の本は読みたくないというのは同感ですが、初心者が読む本の範囲を異様に狭めてもいいことは何も無いです。

逆に本書の歴史評価を100%鵜呑みにして以後何も読まず、あれこれの史実を評価するのも避けましょう。

私が偉そうに言えた立場でもないですが、まあできるだけいろんな本を読んで、柔軟に考えましょうというのが常識的だと思います。

教科書レベルのことがおぼつかない方がざっと読んで、前期昭和史の大まかな流れを頭に入れるためには、悪くない本。

初心者の取っ掛かりとしては有益。

読後感はさほど悪くなかったが、必読というほどでもないか。

まあ機会があれば、お手に取って下さい。

2010年5月19日

引用文(「若者はホントにバカか」)

Filed under: 引用文 — 万年初心者 @ 06:00

マーク・バウアーライン『若者はホントにバカか』(阪急コミュニケーションズ)より。

私はもう若くないですが、パソコンの前でボーっとしながら休日を過ごすことがよくあったので、自戒を込めて。

デジタル接続が拡大し、教師とジャーナリストが若者をほったらかしにすれば、「ハイテク好きの人たちが絶対に口にしない悪習」が若者のあいだに広まる。それは仲間内だけで夢中になるという現象だ。教育者たちは、子供たちにとっては手本になる人物が重要だと語りはするが、若者は実際には、ほかの若者が考えていることのほうを、年上の人たちが考えていることよりも気にするのである。

彼らの自我はもろいし、信条は過渡期にあり、価値観は不安定だ。彼らは大量消費と画一性という厳格な世界に住んでいる。彼らの反抗は見せかけであり、集団の判断が圧倒的に強力なのだ。・・・・・

つまり大半の若者にとっては、友達、音楽、テレビ番組、ゲーム、バーチャル・コンタクトさえあればそれで充分ということだ。大人の現実である歴史や政治、芸術、財政などは後回しなのである。

だが心理的に楽しいものは知能をダメにする。成長するためには、価値のあるものに遭遇する必要がある。それは自分の関心や知力の外にあるものだ。知識が増え、能力が向上し、趣向が洗練し、良心が成熟するのは、ふだんは疎遠な事柄を体験したときだけなのだ。・・・・・

そうした事柄を理解し吸収するには、知的なツール・キットを増やさなければならないし、心を柔軟にしなければならない。「それは要らない。私には不要だ」と言ってはいけないのであって、「それは要らない。だが私が間違っているかもしれない」と言うべきなのだ。方針変更は大切だと考えて痛みとともに受け入れ、自分の誤りを認めなければならないのである。詩人ライナー・マリア・リルケが言った単純な忠告をルールとしなければならないのだ。「きみは生活を変えなければならない」。

こうした変化を喜ぶ人は1人もいないが、成熟した大人ならその効果を承知している。しかし若者はわかっていない。デジタル機器を使えば、自己改善の努力をしなくてすむのだ。ディスプレイとケータイからは、若者向けの子供だましが奔流のように流れてくる。困難な事態は消えてしまい、自分の短所を思い知らされることもない。・・・・・ディスプレイを相手にしているかぎり、知能水準が低くても充分だし、楽しみはすぐに手に入る。・・・・・

(追記:PC画面ばかり眺めていて視力が大幅に落ちたことにショックを受けたのと、少しでも読書時間を増やすために、ここ1、2ヶ月実験的に以下のことをしてみました。

1.このブログの管理と仕事上必要なものと極少数のサイト以外、ネットを一切見ない。

2.これは以前と同じですが、テレビもほとんど見ずに、雑誌もほぼ読まない。

3.紙の新聞(職場で取っている朝日・毎日・読売の三紙)をざっと眺めることと、書籍以外の情報をほぼ全て遮断する。

やってみると案外平気なもんで、予想以上に快適です。

自分の馬鹿さ加減を少しでも減らすためには、過剰な情報から身を引くことも有益だと気付いた次第。

別に私なんぞの真似をすることもないでしょうが、精神衛生上も大変良いので、皆様も試しにやってみては如何でしょうか。

ただその場合、真っ先にこのブログを「お気に入り」から削除することになるんでしょうが、それは仕方ありません。)

2010年5月16日

グイド・クノップ 『ヒトラーの共犯者  12人の側近たち 上』 (原書房)

Filed under: ドイツ — 万年初心者 @ 06:00

2001年刊の、ヒトラー側近たちの伝記。

この上巻は、ゲッベルス、ゲーリング、ヒムラー、ヘス、シュペーア、デーニッツの6人。

こういうナチの最高幹部の名は、高校世界史ではほとんど出てこないが、かなりの程度一般常識とも言えるので、こういう本を読んで知識を仕入れるのも良いでしょう。

同じ著者と出版社で、軍人を扱った『ヒトラーの戦士たち』も出ています。

最初の「序文」は、ホロコーストとドイツ人の関わりについて。

ユダヤ人虐殺の罪はあくまでそれを実行した個人が負うもので、ドイツ民族全体の「集団的罪」は無いが、それを止められなかったことからくる「集団的責任」はある、というのが戦後ドイツの一致した公式見解なわけですが、ここではホロコーストに一般的ドイツ人全体が荷担していたとする、十年ほど前に出たダニエル・ゴールドハーゲンの本が批判されている。

(この本の存在とそれが論争を引き起こしたことは聞いたことがありました。)

ナチ政権が密かに行っていた世論調査という一次史料から判断して、1935年ユダヤ人に対する差別を制度化したニュルンベルク法が、当時のドイツ国民の間で広く受け入れられていたことを著者はまず認める。

しかし38年の「水晶の夜」と呼ばれた大規模なユダヤ人迫害に対しては、広範囲な不満や批判が見られたことが記されている。

また41年以降のホロコーストについて、普通考えられてきたよりも多く、およそ3割のドイツ人が当時からその事実を知っていたと推定されるが、「知っていた」ことと「それを望んでいた」ことは全く別だとしている。

ヴェストファーレンのある報告に、次のようなものがある。「こんな風に人々は語っている。ロシアではユダヤ人が、かつてソ連のものであった工場へ連れていかれ、そこで働かされている。しかし、年寄りや病気のユダヤ人は銃殺されるそうだ。そんなに野蛮に人間を殺せるなんて信じられない。ユダヤ人だろうが、アーリア人だろうが、みな、神の創りたもうた人間ではないか」。また別の報告書にはこうある。「年配の国民同胞の多くが、ユダヤ人をドイツから国外へ移送することに対し、一般に否定的な見解をもっていると考えられた。ドイツ国民にいつか神の罰が下されなければよいが。教会と結びつきの強い人々の間では、内輪でこう言われていた」

その後、以下のような、驚くべき文章が載っている。

身体障害者および精神障害者に対する殺害計画T4は、公式には「安楽死」という言葉で誤魔化されていたが、ファウルハーバーならびにガーレン両枢機卿が、公然と教会の説教檀から、これを殺人であると弾劾したとき、ヒトラーはこの計画を中止させた。1943年のはじめ、ベルリンで、ユダヤ人である夫や妻が絶滅収容所へ強制移送されることになり、彼らの非ユダヤ人配偶者たちが、移送の集合場前に集まって敢然と抗議した(いわゆる「ローゼン通り事件」)とき、多くの移送登録者が釈放された。少なくともドイツ国内では、政府はおおっぴらに人目をひくことを避けようとしていた。すべては秩序にそって、静かに進めねばならなかった――ガス室につくまでは。同様の抗議行動が、国内でも国外でもふくれ上がっていたならば、ホロコーストを防ぐことができた、あるいは早い時期に終わらせることができただろうか?だが、そのような試みが、あえてなされたことはなかった。

前半、教会の抗議で障害者抹殺計画が中止されたということは、ハフナー『ヒトラーとは何か』(草思社)などで知っていたが、後半の「ローゼン通り事件」は本書で初めて知った。

誤解を招く言い方かもしれないが、ヒトラー政権成立後も旧社会の勢力と前近代的価値観が多く温存された分、全体主義化の程度においてナチス・ドイツはソ連より軽症だった部分もかなりあったのではないかと思える。

少なくともスターリン時代の大粛清や「富農撲滅」の過程において、ソ連で似たようなことが起こり得たとは想像できない。

本文に入って、第1章「火つけ役」ヨーゼフ・ゲッベルス。

ナチ党プロパガンダ担当。

最初はヒトラーと指導権を争った社会主義的傾向の党内左派グレゴール・シュトラッサーの下にいたが、ヒトラー派に鞍替え。

政権獲得後、宣伝相就任。

意識をもっとも効果的にくもらせるものは、あからさまな嘘ではなく、操作された真実である。ゲッベルスは、このことを認識するぬけめのなさを十分に持ち合わせていた。そして、大衆が彼の思いどおりに作られていくことを確信していた。「これがプロパガンダの秘訣だ」と、彼は党員に教えた。「狙いを定めた人物に、そうとは気づかれないように、プロパガンダする理念を浴びせつづける。プロパガンダにはもちろん目的がある。けれどもその目的は、ぬけめなくみごとにかくしとおさなければならない。それがねらった人物にまったく気づかれないように」

徹底的な反ユダヤ主義者。

「いたるところでユダヤ人への同情が示されている。要するにこの国は未熟なのだ。愚かしいセンティメンタリズムに満ち満ちている。」

1945年4月30日にヒトラーが自殺した後、同じ首相官邸にいたゲッベルスも家族と共に自殺。

第2章「ナンバー・ツー」ヘルマン・ゲーリング。

第一次大戦では空軍パイロットとして活躍。

1922年ナチスに入党。

政権獲得後は空軍司令官。

ユダヤ人に対する曖昧な態度。

言葉の上では過激な反ユダヤ主義者だが、妻の知人のユダヤ人を保護したこともある。

しかし、本書には以下のような記述もある。

かつてゲーリング指揮下の戦闘機パイロットだったユダヤ人宝石商が、反ユダヤ的な脅迫状を受けとったことを憂慮しながら報告した時のことである。ゲーリングは、はじめのうちは好意的にこう言った。「心配するな。わたしが気を配ってやる」。しかしその後この請願者は、自分も同じドイツ人だと力説した。ゲーリングは彼をどなりつけて言った。「昔の仲間には何でもしてやろう。しかしおまえが自分のことをドイツ人だと称する権利は認めない。おまえがドイツ人であったことは一度もない。おまえはユダヤ人だ」

開戦前には戦争の帰結を恐れ、和平工作を行う。

開戦時にヒトラーの後継者とされるが、イギリス本土上陸前の空中戦(バトル・オヴ・ブリテン)に敗北、以後も空軍は失態を重ね、ゲーリングの権威は失墜する。

敗戦後逮捕され、ニュルンベルク裁判で死刑宣告を受けた後、服毒自殺。

第3章「実行者」ハインリヒ・ヒムラー。

バイエルン出身。

士官候補生になるが、出征する前に第一次大戦は休戦、ミュンヘン工業大学入学。

20年代のはじめ、若き大学生ヒムラーは、外国への移住計画を練っていた。・・・・・1924年、領地管理者としてウクライナに行けるかどうかを、ヒムラーはソヴィエト大使館に問い合わせている。その20年後、ウクライナで配下の部隊が収穫を焼きはらいユダヤ系住民を虐殺することになるこの男が、平和的な農民として開発を援助することを望んでいたのである。もしこれが承諾されていたなら、ハインリヒ・ヒムラーは、1941年のドイツ軍侵攻を、ウクライナの農民として、別の観点から見まもっていたかもしれない。

ゲッベルスと同じく、当初はシュトラッサー派。

親衛隊(SS)長官。

国家秘密警察(ゲシュタポ)も実質長官と言っていいのか。

1944年7月20日のヒトラー暗殺未遂事件では、情報を掴みながら、実行グループを意図的に放置していたのではないかと、本書では推測されている(暗殺失敗後は反ヒトラー組織を残酷に摘発しているが)。

1945年イギリス軍に逮捕された直後、隠し持っていた毒を仰いで自殺。

「『ユダヤ民族は根絶される』と、党員なら誰でもそう言う。『あたりまえだ。党綱領に書いてある。ユダヤ人排除、ユダヤ人根絶をわれらは行う』。すると8000万人のりっぱなドイツ人がこぞってやって来て、そのひとりひとりがそれぞれの気に入りのユダヤ人を連れている。他の連中は豚だが、この人はすばらしいユダヤ人だ、決まってるじゃないかと。こんなことを言う連中に努力した者はいないし、実行した者もいない。」   ヒムラー。親衛隊中将に対して  1943年

第4章「代理人」ルドルフ・ヘス。

地政学者ハウスホーファーに師事(曽村保信『地政学入門』参照)。

アウシュヴィッツ収容所所長ルドルフ・ヘースとは別人(講談社学術文庫にルドルフ・ヘス『アウシュヴィッツ収容所』が収録)。

総統代理となるが、自らが引き立てたマルティン・ボルマンに徐々に実権を奪われていく。

1941年5月、独ソ戦開始直前に単身空軍機に乗り、イギリスへ独断で和平交渉のため飛行し逮捕される。

ニュルンベルク裁判で終身刑、収監されたまま1987年に死去、自殺とみられる。

第5章「建築家」アルベルト・シュペーア。

この人は『第三帝国の神殿にて』という回顧録を読んでいるのでわりと知っていた。

最初建築家としてヒトラーに引き立てられ、後に軍需相に就任、連合国軍の猛爆の中、軍需生産を1944年にピークに持っていくという離れ業をみせる。

ユダヤ人虐殺への関与について、上記回顧録では、何か恐ろしいことが行われていると気付いていたが後難を恐れて積極的に知ろうとせずやりすごした、その意味での自分の責任は逃れられないという記述だったはず。

それに対し、本書ではより多くの具体的なことをシュペーアは知っていたはずだと、厳しく追及している。

しかし軍需工場で死者が続出した劣悪な労働環境についてはともかく、絶滅収容所に関しては決定的なことは書いてないようにも思えるが、読み違いか?

ニュルンベルク裁判で禁固20年の判決、1966年釈放され、1981年死去。

第6章「後継者」カール・デーニッツ。

海軍軍人、Uボート艦隊司令長官を経て、海軍総司令官。

ヒトラー自殺直前に後継者に任命される。

自らを「非政治的軍人」と称し、軍人としての義務を果たしただけだと主張したが、本書ではヒトラーへの盲信、ユダヤ人迫害への関与などを厳しく指摘している。

ニュルンベルク裁判で禁固10年、1980年に死去。

結構面白い。

各章はそれほどの長さでもないので、読みやすい。

翻訳が上手いせいもあるのか、かなりの速度で読める。

下巻はアイヒマン、シーラッハ(ヒトラー・ユーゲント団員)、ボルマン、リッベントロープ、フライスラー、メンゲレという顔ぶれで、やや地位と知名度が下がるので、とりあえずこの上巻だけ消化するのでもいいかもしれない。

マイナー分野の雑学ではなく、世界史の正統的知識を得るために使える本です。

2010年5月14日

幕末史についてのメモ

Filed under: おしらせ・雑記, 近代日本 — 万年初心者 @ 06:00

半藤一利『幕末史』(新潮社)の記事続き。

1864年(文久4年・元治元年) 池田屋事件 蛤御門(禁門)の変 第1次長州征討 四国艦隊下関砲撃事件。

島津久光、松平春嶽が京を離れ、徳川慶喜・松平容保、松平定敬らのいわゆる「一会桑政権」。

第1インターナショナル結成、シュレスヴィヒ・ホルシュタイン戦争、太平天国滅亡。

1865年(元治2年・慶応元年) 高杉晋作ら長州藩の実権掌握。

この年、先送りにしていた兵庫開港を求めて列国艦隊が来航、結局条約の全面勅許が出る。

著者はこの時点で、孝明天皇はじめ朝廷・幕府が開国で国論が一致したのだから、その後の武力倒幕や戊辰戦争は必要なかったと薩長に批判的に論じている。

アイヌや沖縄の問題はあっても日本は国民統合上の軋轢は他国に比べて少ないほうだとは思うが、それでも会津などで根深いわだかまりが残っていることを思うと、著者の意見にも一理あると思わないでもない。

南北戦争終結とリンカーン暗殺。

最初に日本の鎖国をこじ開けたのはアメリカだが、その後南北戦争に突入したので、教科書に書いてある通り、明治前夜の外交戦ではイギリスのパークスとフランスのロッシュがしのぎを削る状況になる。

1866年(慶応2年) 薩長同盟 第2次長州征討 14代将軍家茂死去 15代慶喜就任 孝明天皇崩御

普墺戦争。

1867年(慶応3年) 明治天皇即位 大政奉還 討幕の密勅 王政復古の大号令

高杉晋作死去、坂本龍馬暗殺。

米アラスカ買収、カナダ自治領成立、北ドイツ連邦、オーストリア・ハンガリー二重帝国、マルクス『資本論』。

1868年(慶応4年・明治元年) 鳥羽伏見の戦い・戊辰戦争

英第1次ディズレーリ保守党内閣、第1次グラッドストン自由党内閣(~74年)、タイ国王ラーマ5世(チュラロンコーン大王)即位。

途中からかなり端折りましたが、それでも面倒過ぎるので、明治以降は止めておきます。

本書の叙述自体はそれほど悪くないです。

評価のメリハリがあり、印象深いエピソードや人物描写があるので、記憶に残りやすい。

反薩長史観という著者の立場がハッキリしているので、ちょっと言いすぎじゃないですかと思う所もあるし、事実関係の叙述でやや首を傾げるような部分も無いでは無いが、初心者が無味乾燥で教科書的な史実の流れを頭に入れるためには、とりあえず有益な本だと思います。

2010年5月11日

半藤一利 『幕末史』 (新潮社)

Filed under: 近代日本 — 万年初心者 @ 06:00

ペリー来航から西南戦争までの歴史を語った本。

この方の本では、『昭和史 1926―1945』(平凡社ライブラリー)がかなり売れたようで、それを手に取るつもりが、先にこちらを読むことになってしまった。

連続講義を文章にした語りおろしという形式なので、非常に読みやすい。

内容面での何よりの特徴は、著者が江戸っ子で父上が戊辰戦争の「賊軍」新潟・長岡藩出身とのことで、反「皇国史観」(というか反「薩長史観」)色が非常に強く出た本になっていること。

年代をチェックしながらざっと読んでみると、知識が整理されて便利ではある。

この機会に幕末史を世界史と対比しながら、一年刻みで以下にメモ。

1853年(嘉永6年) ペリー来航。

近代日本の全ての基点の年なので、この年号は当然記憶。

アメリカは南北戦争前夜、イギリスは自由主義的改革が進展し深刻な社会問題を抱えながらも繁栄の絶頂、フランスは前年52年からナポレオン3世の第二帝政、ドイツは48年三月革命敗北後の反動期、イタリアは前年52年からカヴールがサルディニア首相に就任し統一への胎動、ロシアは保守的なニコライ1世の治世晩年にクリミア戦争勃発、中国では太平天国が南京占領。

この年、黒船帰国後、12代将軍徳川家慶死去、13代家定就任。

1854年(嘉永7年・安政元年) 日米和親条約。

米カンザス・ネブラスカ法、セヴァストーポリ要塞で英仏軍とロシア軍対戦。(吉川弘文館『世界史年表・地図』で英仏が参戦したこの54年をクリミア戦争開始年度にしているのは解せない。教科書の記述とも合わず不適切に思える。)

1855年(安政2年) 阿部正弘に代わり堀田正睦が筆頭老中、長崎海軍伝習所設置。

英第1次パーマストン自由党内閣(~58年)。

1856年(安政3年) ハリス、下田駐在初代アメリカ総領事着任。

将軍継嗣問題、徳川慶喜を推す一橋派が越前藩主松平慶永(春嶽・配下に橋本左内)、薩摩藩主島津斉彬、土佐の山内豊信(容堂)、宇和島の伊達宗城など、これに対して徳川慶福を推す南紀派が譜代大名。

一橋派に開明派が多いが単純に開国派とは言えず、南紀派が攘夷派とも言えない、と著者は書いている。

アロー戦争、パリ条約でクリミア戦争終結。

1857年(安政4年) ハリス、将軍家定と会見、条約交渉続く。

インド大反乱(セポイの乱)。

1858年(安政5年) 井伊直弼大老就任、日米修好通商条約。

将軍家定死去、14代家茂(慶福)就任、島津斉彬死去。

英仏蘭露とも条約調印(安政の五カ国条約)。

安政の大獄。

仏・インドシナ出兵、英東インド会社解散、ムガル帝国滅亡。

1859年(安政6年) 横浜・長崎・箱館で貿易開始。

イタリア統一戦争。

1860年(安政7年・万延元年) 桜田門外の変。

老中安藤信正の公武合体運動。

徳川斉昭死去。

英仏連合軍、北京占領・円明園破壊、英仏および露と北京条約。

1861年(万延2年・文久元年) 和宮降嫁。

長州藩士長井雅楽(うた)、「航海遠略策」を朝廷に提出。

この時期の長州の藩論は開国志向・公武合体論だったのが、翌年には攘夷派優勢に一変したと著者は書いている。

なお、この年1861年は世界史上極めて重要。

アメリカ南北戦争、イタリア統一、ロシア農奴解放令と最重要事項ばかり。

プロイセンではヴィルヘルム1世が即位しているが、これは翌62年ビスマルク首相就任を憶えた方がいいか。

他にはナポレオン3世のメキシコ出兵、清の同治帝即位。

1862年(文久2年) 坂下門外の変。

独自の公武合体論を取る島津久光が率兵上洛、寺田屋事件で薩摩藩内の尊攘派粛清、薩摩藩の勢力下に入った京都では一時尊攘派運動下火になる。

続けて江戸に下向、幕政改革を要求し、その結果、松平慶永が政事総裁職、徳川慶喜が将軍後見職、会津藩主松平容保が京都守護職に就任、西洋式軍制採用・参勤交代緩和などの文久の改革が行われる。

久光の江戸からの帰りに生麦事件。

尊王攘夷論に藩論を転換させていた長州藩が京都で薩摩に対抗して勢力挽回、尊攘派による暗殺が多発。

ビスマルク首相就任、サイゴン条約で仏がコーチシナ東部獲得。

1863年(文久3年) 下関外国船砲撃、薩英戦争、八月十八日の政変。

将軍家茂上洛、長州藩の影響下にある朝廷から攘夷決行を迫られ5月に決定。

同月長州、下関で外国船砲撃。

7月薩英戦争。

8月薩摩・会津藩が長州藩勢力と急進派公家三条実美らを京都から追放。

黒船来航からちょうど十年のこの年は国内政局転換の始まりとして重要。

ただし、この時点ではまだ薩摩が公武合体論で倒幕論ではなく、長州と激しく対立していることにご注意。

奴隷解放宣言、ゲティスバーグの戦い、ポーランド反乱、李朝の高宗即位。

まだ最初の十年やっただけですが、疲れた・・・・・・。

続きます。

(追記:続きは以下

幕末史についてのメモ

2010年5月8日

内田日出海 『物語ストラスブールの歴史  国家の辺境、ヨーロッパの中核』 (中公新書)

Filed under: ドイツ, フランス — 万年初心者 @ 06:00

ライン河左岸、独仏国境沿いにあり、長年両国の争覇の舞台となったフランス・アルザス地方の中心都市ストラスブール(独名シュトラスブルク)の歴史を概観した本。

その起源は、ヨーロッパの多くの都市がそうであるように、ローマ帝国に遡る。

ローマ時代の名称はアルゲントラートゥム。

これは高校世界史レベルでは一切出てこない名前だが、「背教者」ユリアヌスが副帝時代に侵入してきたゲルマン人に決定的勝利を収めた場所として以前から知っていた。

以後、ゲルマン系アレマンニ族の定住、アッティラ率いるフン族の侵入と破壊を経て、496年クローヴィスの支配下に入り、フランク王国領へ。

カール大帝の子ルートヴィヒ1世死後、843年ヴェルダン条約で長子ロタール領(ロタリンギア王国・ロレーヌの語源)に。

870年メルセン条約で東フランク領となり、長いドイツ時代が始まる。

982年神聖ローマ皇帝より裁判権と司教領の完全承認を受けて、司教都市として自立。

1263年司教権力から独立、帝国直属の自由都市・都市共和国となり、さらにツンフト闘争を経て貴族・上層市民の権力独占が崩れる。

1514年訪問したエラスムスは「専制政治なき王国、党派争いなき貴族政、騒乱なき民主政、奢侈なき富、厚顔なき繁栄」を見たと、この都市を讃えている。

宗教改革時代にはルター派が優勢になる。

この時期、アルザス南部はほぼハプスブルク家領で、シュトラスブルクが属する北部は諸侯・司教領・自由都市・帝国騎士領がモザイク状に入り組む複雑な情勢。

地理を確認すると、アルザス南東にはスイスのバーゼルがあり、南西はフランシュ・コンテ。

北にファルツ、西(北西)にロレーヌ(ロートリンゲン)があり、ロレーヌを越えてさらに北西に行くとルクセンブルク・ベルギーに達する。

これらフランス国境東部地域の少なからぬ部分がルイ14世時代に仏領となっていく(チャールズ・ウィルスン『オランダ共和国』参照)。

まず1648年ウェストファリア条約で南部を中心とするアルザスの大部分と、ロレーヌのうちヴェルダン・メッツ(メス)・トゥールの三司教領を併合。

以上のうちトゥール(Toul)は、カール・マルテルがイスラム教徒を撃退したトゥール・ポワティエ間の戦いのトゥール(Tours)とは場所が全然違いますのでご注意。

次に1659年ピレネー条約でスペインからアルトワとルシヨンを獲得。

アルトワは北東部ベルギー近くの土地、ルシヨンは南西部スペイン国境沿い。

地図を見たらルシヨンとミニ国家のアンドラが接しているようだ。

さて、ここからがややこしい四つの「ルイ14世の侵略戦争」です。

1667~68年 南ネーデルラント継承戦争 (アーヘン条約)

1672~78年 オランダ戦争 (ナイメーヘン条約)

1688~97年 ファルツ継承戦争 (ライスワイク条約)

1701~13年 スペイン継承戦争 (ユトレヒト条約・ラシュタット条約[14年])

それぞれの名称と順番を憶えるのはさほど困難を感じないが最初三つの年号と和平条約名がね・・・・・。

それとクロムウェル時代の第1次英蘭戦争(1652~54年)に続く、1665~67年第2次英蘭戦争、1672~74年第3次英蘭戦争が重なっていることにも注意を払わなければいけない。

今回気付いたが、講和条約については最も著名なユトレヒト条約を外して考えると、「ア」ーヘン、「ナ」イメーヘン、「ライ」スワイク、「ラシ」ュタットだから、バルト三国の位置記憶法と同じく、五十音順だという語呂合わせが使えますね。

アーヘン条約でリール併合、ナイメーヘン条約でフランシュ・コンテとカンブレーなど併合。

(リールとカンブレーは北東部の土地でアルトワに接する。)

1679年にはシュトラスブルク以外の十都市同盟が併合されたと書いてあり、これもナイメーヘン条約の結果のようだが、フランスと神聖ローマ帝国間の帰属について曖昧な条項だったといったことが書かれていたと思う。

またこの条約ではライン右岸にあるフライブルクも一時フランス領になっている。

1681年には遂にシュトラスブルクもフランスの軍門に下り、旧来の自由と特権を維持するという条件でフランス領ストラスブールに。

ライスワイク条約ではストラスブールおよび上記アルザス残部のフランス領有を確認。

ただしフライブルクは返還され、この地域ではライン河が独仏間の国境となる(より下流ではもちろん違う)。

こうやってストラスブールを含むアルザスがフランス領になった後では話が簡単になるので、やれやれという気分になる。

なお、ロレーヌの併合については『ポーランド民族の歴史』の記事の真ん中辺りを参照。

(「何でポーランド史の本が出てくるんだ?」と疑問に感じられるでしょうが、実は関係あるんですよ。)

以後、普仏戦争の結果1871年独領に、第一次世界大戦の結果1918年仏領に、第二次世界大戦中1940年ドイツに占領され、1945年ドイツ敗戦の結果再度仏領に、とオセロゲームのように統治国が変わったのはご承知の通り。

1871年アルザス・ロレーヌが割譲され、エルザス・ロートリンゲンとなったわけですが、本書ではロレーヌのうち割譲されたのは北東部ドイツ語圏のみと書かれていて、教科書などの地図を見ると確かにロレーヌがアルザスの真西じゃなくて北西に偏っているようにも見えるから、その通りに思えるのですが、正確には未確認です。

なお、それ以後のドイツ帝国時代には、意外にも第三共和政のフランス時代よりも、地方自治が広く認められていたと書いてある。

ただし、それなりの軋轢はやはりあったようで、第一次大戦前夜の1913年には駐留軍の一部がアルザス住民を侮辱したことから中央政府や議会を巻き込むまでの対立に発展したサヴェルヌ(ツァーバン)事件が起こっている。

フランス領となった現在では、欧州議会の所在地として有名。

長年独仏間の係争地でありながら、同時に国際交流の中心でもあったこの都市を象徴している。

いつもの通り、政治史だけのメモですが、本書では経済・文化にも十分触れられている。

経済では前近代・近代を通じて、工業ではなく商業が繁栄の中心であったとか。

文化史もいろいろ書いてあるが、マインツ人のグーテンベルクが1434年から十年間この都市に滞在しており、その間に印刷術を発明したという説が一部にあるとか、19世紀以降の大学人に仏側ではフュステル・ド・クーランジュ、パストゥール、マルク・ブロック、リュシアン・フェーヴル、独側ではシュモラー、ブレンターノなどの著名人がいることくらいが記憶に残った。

割と良い。

一地方都市の歴史ながら、ヨーロッパ史の大きな流れと関連付けて語られており、中々参考になる。

読んでも損はしません。

2010年5月6日

落合淳思 『古代中国の虚像と実像』 (講談社現代新書)

Filed under: 中国 — 万年初心者 @ 06:00

新石器時代から後漢までの中国史で一般化している常識・説話・見解を再検討する本。

全体が200ページ未満で全16章。

当然、一章が非常に短く、3・4節読んだらそれで終わり。

一日足らずで、余裕で読める。

しかし物足りなさはあまり感じず、話が次々進んで冗長さが一切無く、気分がよい。

山川出版社の『世界史用語集』の記述を俎上に乗せて、その不正確な点を指摘し、「受験英語」ならぬ「受験歴史」の欠陥を批判している。

いつもの調子で内容をメモすると、この本の場合、ネタバレが甚だしくなっていくらなんでも興醒めなので、以下一点だけ挙げると、「夏王朝は無かった、殷に先行する王朝・文明は確かに存在したが、それを誇張や創作を含む文献史料上の名称である『夏』で呼ぶのは不適切であり、あえて名付けるのなら発掘地の名称をとって『二里頭王朝』とでも呼ぶしかない。」といった意味の記述からも、本書の面白さの一端は感じられるのではないでしょうか。

かなり良い。

後半はやや面白みが薄れるような感じがするが、あっという間に読める割には効用は高い。

一度手にとってみれば如何でしょうか。

2010年5月4日

引用文(佐伯啓思1)

Filed under: 引用文 — 万年初心者 @ 06:00

佐伯啓思 三浦雅士 『資本主義はニヒリズムか』(新書館)より。

・・・・「科学」は、本来、合理的な推論と事実のみにかかわる。価値判断は行わない。合理主義と科学主義の制覇した現代社会では、「価値」は表立っては語られない。それは個人の主観の領域への体よく追いやられ、社会から価値ははく奪(deprived)され私事化(privatize)された。この価値はく奪と私事化を促進したものが近代の「自由」の観念であり、今日、いわゆるリベラリズムと称される思想的立場なのであった。今日のリベラリズムの最大の特徴は、「何が善いか」「どのように生きるか」といったことは、個人の価値の選択にすぎず、問題にすべきではない、という点にある。

だが、本当にそんなことは可能なのだろうか。実際、人は、いっさいの価値も価値判断もなく生活することはできない。そこでどうなるか。われわれの時代は、「科学」を至高の「価値」にしたのである。思想的には「リベラリズム」を至高の価値とみなしたのである。

「科学」が「哲学」をのっとり、合理性そのものを、事実上、価値とみなした。ここに現代の「科学主義」「技術主義」という似非価値が出現する。古典的な(アリストテレス的な意味での)政治哲学が崩壊した後に、科学や実証主義と手を結んだリベラリズムが政治哲学を自称するようになる。

いうまでもなく、これらは本質的な意味では「価値」ではない。本質的な意味とは、この場合、人間の生の意義や、人格や倫理、社会の「善」にかかわる、という意味である。「善」とは何かを明示的には定義できないにせよ、「善」とは何かという問いを内に秘めている、ということである。

しかし、「科学主義」も「技術主義」も「リベラリズム」も、その意味ではもはや価値にはかかわらない。「善」とは何か、と問いかけることを排除したわけである。もともとは科学も技術も自由も、人々が幸福をえるための条件にほかならない。「条件」は「目的」を必要とする。「幸福とは何か」という問いかけがあり、判断がなければならない。この判断を放棄もしくは喪失したとき、「条件」そのものが価値を僭称することになる。かくて、現代文明の核には、ある虚偽が埋め込まれたことになるだろう。いってみれば、「神」を殺しておいて殺したものが「神」の振りをして鎮座するという虚偽である。高度な価値を崩落させた後に、その価値に仕えたはずの実証主義者や科学者が自らを価値として特権化したからだ。・・・・・

今日の自由社会の政治は、社会に「意味」を与えることが大変難しくなっている。「自由な社会」とは、特定の価値を与えることのできない社会とみなされているからだ。全体社会というものに「意味」を与えることはできない。「意味」とは、繰り返すが、あるパースペクティブを選び取ること、価値選択の決断だからである。しかし、各個人の自由な価値選択を基底にすえる自由社会の政治は、特定の価値選択をほとんど放棄することになる。

このような自由社会では、シュトラウスのいうように、「哲学」と「科学」が分離し、事実上、哲学者は追放され、科学者(専門家)のみが生き残るからである。ここでは「いかに生きるべきか」「いかなる社会が望ましいか」という「善」にかかわる「哲学の問い」は放棄され、いかに効率的・合理的に物事を達成するかという「科学的・技術的な回答」だけが要求されるのだ。「哲学の問い」を放棄したとき、政治は価値選択の決断が不可能になる。政治は自らの役割を放棄する。こうして、社会の向う方向を決める舵手の役割を、政治は、市場に委ねたのであった。そしてそれを「小さな政府」とか「官から民へ」とか「国家の退場」などと称したのであった。

これはニヒリズムの典型というほかない。まさに、われわれの眼前で展開された金融市場の大混乱に始まった経済危機は、現代社会のニヒリズムの様相を浮かびかがらせた。しかし、そうだとすれば、これはまた金融市場の一時的失調などというものではない。政治・経済・社会の全般を覆う「無・意味化」であり、景気が回復しようがしまいが、そのこととは関係なく「現代社会の全般的危機」というべき事態というほかないであろう。

2010年5月1日

ジョセフ・S・ナイ・ジュニア 『国際紛争 理論と歴史 [原書第7版]』 (有斐閣)

Filed under: 国際関係・外交 — 万年初心者 @ 06:00

著者のジョセフ・ナイは、「ソフト・パワー」という概念の提唱者として有名な国際政治学者。

実務にも携わり、カーターおよびクリントン両民主党政権でそれぞれ国務次官代理、国防次官補を務める。

クリントン政権時代には当時険悪化していた経済紛争で日米同盟の基礎を揺るがすべきではないとするナイ報告書を作成、これが日米同盟再定義に繋がる。

オバマ現政権誕生時にも、一時駐日大使候補として確か名が挙がっていたはず。

本書はハーヴァード大学での講義のために書き上げられた国際政治のテキスト。

奥付を見ると、翻訳では2002年に初版が出た後、2003年第4版以降は2年ごとに新しい版が出ているようだ。

偶然店頭で見かけて手に取ったのだが、これが大当たり。

冒頭、著者の友人ロバート・コヘインという人の緒言で、明確・簡潔で「どの章にも無駄な文を見出すことは困難だ」という学生による評が載せられており、訳者(田中明彦・村田晃嗣両氏)あとがきでは、こういう教科書で学べる学生は幸せだと書かれているが、全く同感。

国際政治・国際関係の教科書というと、ありきたりで毒にも薬にもならない、史実羅列型の近世以降のヨーロッパ外交史がズラズラ書き連ねてあるだけだったり、あるいは逆に初心者には馴染みの薄い抽象概念を次から次へと持ち出して悦に入るようなものだったりするが、本書はそれらとは大きく異なる。

サブタイトル通り、国際政治理論と外交史を中心とする歴史叙述を常に往還しながら、読者の理解を無理なく深めてくれる。

取り上げられる概念は必要最小限かつ最重要のものだけであり、それを著名な史的事例に交えながら、実にわかりやすく解説している。

そして理論説明のための「題材」として用いられる具体的歴史叙述は、古代ギリシア・近世初頭から18世紀にかけてのヨーロッパ勢力均衡・19世紀の欧州協調体制・第一次大戦・第二次大戦・冷戦・中東紛争・冷戦後民族紛争という並びであり、読み進めると自然に「定番」の史実が押さえられるようになっている。

章が終わるごとに、本文で触れられた歴史に関する年表と「学習上の論点」という問いかけが載っているのがいかにも教科書っぽいが悪い感じはしない。

第1章では古代のペロポネソス戦争とそれを描いたトゥキュディデス『戦史』を題材に、リアリズム(現実主義)とリベラリズム(国際協調主義)という国際関係の見方の二大潮流を記している。

本書ではその二つに加えて、コンストラクティヴィズム(構成主義)という考え方が紹介され、以後の章でも度々言及される。

これは「国益」というものの認識があくまで主観的なものであることを強調し、その認識の基盤となる文化・理念・アイデンティティに注目するアプローチのことらしい。

その他、「囚人のディレンマ」の概念、国際関係における倫理に対する三つの見方として懐疑主義・国家中心的道義主義・コスモポリタンの説明。

(「国家中心的道義主義」というのは訳語のせいでわかりにくいが、要は内政不干渉の原則を基本的には尊重するという立場。)

第2章、国際システムの分析手法について、リアリストが力の分布としての「構造」にのみ関心を集中させるのに対し、リベラルやコンストラクティヴィストは国際間の相互作用のパターンとタイプとしての「プロセス」にも注意を払う、としている。

似たパワーの構造に置かれていても、プロセスが違えば、国家は全く違った行動をとる場合がある。

次に、歴史を解釈し評価するための手法としての「反実仮想」。

これは実際の事実に反する仮定を置いて、歴史の因果関係を探る思考上の実験のこと。

反実仮想が意味のあるものとなるための条件を列挙しているが、これが明解で非常に面白い。

第3章、バランス・オブ・パワーの説明と第一次世界大戦の記述。

ヨーロッパ近世の指導国の表が載っているが、16世紀スペイン→17世紀オランダ→18世紀フランス→19世紀イギリス→20世紀アメリカ→21世紀アメリカとなっており、18世紀をイギリスではなくフランスに当てている。

個人的には18世紀もイギリスにして、17世紀を前後半に分け、前半がオランダ、後半がフランスにすれば、世紀半ばの英蘭戦争・ルイ14世親政開始に合わせてちょうどいいのかもと思っていたが、オランダの経済覇権が急激に失われたわけではないという記述を何かの本で読んだ記憶もあるし、本書の並びの方が適切なんでしょう。

続いて第一次世界大戦の原因を考察している。

前章での反実仮想という手法も用いて、国際システム・国内情勢・指導者の個性という三つのレベルで分析されているが、これが大変面白い。

平易ながら明解・鋭敏な解説に目の冴えるような思いがした。

本書を通読できなくても、この部分だけでも拾い読みする価値が十分あります。

第4章、戦間期の集団安全保障の挫折と第二次世界大戦勃発の経緯。

この章でも前章と同じく非常に読ませる。

宥和政策の評価などが興味深い。

第5章、冷戦。

冷戦の原因について、簡単に言うと、ソ連の責任を自明視する伝統主義者、米国の責任を強調する修正主義者、責任問題には深入りせず勢力均衡の構造的原因から冷戦は不可避であったとするポスト修正主義者の三つのアプローチ。

ポスト修正主義者のジョン・ルイス・ギャディスが、冷戦後公開されたソ連関係の文書分析を経て伝統主義的見解に回帰してきたと書かれているが、以前記事にした『冷戦 その歴史と問題点』(彩流社)では確かにそんな感じがした。

この章での冷戦史の叙述自体は無論簡略であり、大戦終結直後の対立、封じ込め政策の展開、米国のヴェトナム介入、核兵器による「恐怖の均衡」くらいを取り上げてまとめてあるだけだが、初心者には十分有益でしょう。

第6章、冷戦後の紛争と介入の正当性について。

民族自決は曖昧な道義原則にならざるをえない。ウッドロー・ウィルソンは1919年に、それが中央ヨーロッパでの問題を解決するだろうと考えたが、解決したのと同じくらいの数の問題を生み出してしまった。アドルフ・ヒトラーは1930年代に、この原則を[民族問題をかかえる]脆弱な諸国を弱体化させるのに用いた。世界中の国々で[人種が]同質的なものは10%以下であり、民族自決を二義的ではなく一義的な道義原則として扱えば、世界の多くの地域で悲惨な結果を生みかねないことは明らかである。・・・・・・自決権の絶対的な要求は、よほど慎重に扱われないかぎりは、往々にして暴力の源泉になりがちである。

後半は中東でのアラブ・イスラエル紛争の叙述。

これも簡易ながら役に立つ。

イラク戦争後、ごく最近の出来事まで書かれているのが良い。

第7章、「グローバリゼーションと相互依存」。

ゼロ・サム的状況と非ゼロ・サム的状況。

敏感性相互依存と脆弱性相互依存の区別。

国際通貨基金(IMF)、国際復興開発銀行(世界銀行)、世界貿易機関(WTO)、経済協力開発機構(OECD)など主要国際機関の概観。

1948年発足のGATT(関税および貿易に関する一般協定)が1995年WTOに改組。

私の世代だとニュースなどで頻繁に聞いていたので、まだ「ガット」の方がしっくりくる。

「WTO」がワルシャワ条約機構の略みたいに感じてしまう。

最後に1973年以降の石油危機の記述。

第8章、「情報革命と脱国家的主体。」

特に書くこと無し。

最後の第9章、「新しい世界秩序?」

同じく、別段書くこと無し。

大変良い。

前半、特に第3章を読んでいた時は、「最高だ、本当に素晴らしい、これは久しぶりに“評価5”の本だな」と思っていたが、後半部に入るとややテンションが下がった。

とは言え、極めて有益かつ面白い本であることは間違いない。

基礎的な事実と概念を洩れなく取り上げながら、これだけ興味を持って読ませる教科書は本当に珍しい。

高校の世界史および政治・経済をそこそこ理解しているなら、十分読みこなせるレベル。

末尾に訳者が日本人読者向けに作った参考文献も役に立つ。

これを眺めて、次に取り組む本を決めても良い。

国際政治学・国際関係論の入門テキストとしては最良レベルに近い本。

是非お勧めします。

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