万年初心者のための世界史ブックガイド

2010年4月27日

引用文(ポラニー1)

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カール・ポラニー『大転換』(東洋経済新報社)より。

労働を、人間生活においてなされるそれ以外の活動から切り離して市場の諸法則に従わせるということは、人間のありとあらゆる有機的な存在形態を壊滅させ、それをタイプの異なる、個別・細分化された、個人主義的組織に置き換えることであった。

こうした破壊的企てには、契約の自由の原理を適用することがもっとも有効であった。実際のところ、この原理を適用するということは、血縁、隣人、同業者仲間、信仰集団という非契約的な組織を解体しなければならないということであった。これらの組織は、個人の忠誠を要求し、したがって個人の自由を制限していたからである。経済的自由主義者は、契約自由の原理を非干渉的な原理であると説明するのを常としていたが、実はそれは、ある特定の干渉、すなわち個人間の非契約的関係を破壊し、そうした関係の自生的な再形成を妨げるような干渉を好ましいとする根深い偏見の表明にほかならなかった。

盲目的「進歩」の一世紀ののち、人間はみずからの「住処」を回復しつつある。もしも産業主義が人類を絶滅させるものでないとすれば、それは人間の本来的な要求に従うものでなければならない。市場社会に対する正当な批判は、それが経済に基づいていたということにあるのではない。ある意味では、いかなる社会も経済に基づかざるをえないだろう。そうではなくて、批判の要諦は、市場社会の経済が利己心に基礎をおいていたということである。経済をそのように組織することは、どう考えても不自然であり、また厳密に経験的な意味で例外的であった。

19世紀の思想家は、次のように想定した。人間はその経済活動において利潤を得ようと努め、その物質主義的な傾向によって、最大の努力ではなく最小の努力を選択し、自己の労働に対する報酬を期待するだろう。要するに人間は経済活動において、19世紀の思想家が経済合理性と名づけたものに従う傾向があり、それに反するあらゆる行動は外的な干渉の結果であるにすぎないのだ、と。このことからすると、人間にとって市場は本来的な制度であり、人間を自由にさせておけば市場は自然発生的に生ずることになろう。かくして、諸市場によって成立し、市場価格の支配のみに従う経済システムよりも正常なシステムは存在せず、こうした市場に基づく人間社会があらゆる進歩の到達点と見えたのである。そして、道徳的見地から見てこのような社会が望ましかろうがそうでなかろうが、公理であると想定されたその実現可能性は、人類不変の特性に基づいているとされたのであった。

しかし実際には、すでにわれわれが知っているように、人間の行動は、その未開の状態にあってもあるいはその歴史のあらゆる過程を通じてみても、右に述べたような見解が意味するところとはほとんど正反対であった。フランク・H・ナイトの「人間に特有な動機には、経済的なものなどない」という命題は、広く社会生活一般だけでなく、経済生活そのものにも当てはまる。アダム・スミスがみずからの著作で未開人を描写する際にあれほど自信をもって拠り所とした取引性向は、人間が経済活動に従事するときの普遍的な特質であるどころか、きわめてまれな性向なのであった。

近代人類学の示す証拠がこうした合理主義的なモデルの誤りを立証しているばかりでなく、交易と市場の歴史もまた19世紀の社会学者が説く調和に満ちた教説が想定するものとはまったく異なっていた。経済史によれば、全国的市場の出現は、けっして経済領域が政府の統制からゆっくりとひとりでに解放されていった結果ではなかったことが明らかとなっている。それどころか市場は、政府による意識的でしばしば暴力をともなう介入の結果であった。政府は、非経済的な目的のために社会に対して市場組織を推しつけたのである。そして19世紀の自己調整的市場は、仔細に検討してみれば、その調整を経済的利己心に依存しているという点で、その直近の経済システムとも根本的に異なるものであることがわかる。19世紀社会の先天的な弱点は、それが産業社会であったということではなくて、それが市場社会であったということであった。産業文明は、自己調整的市場のユートピア的な実験がもはや過去のエピソードにすぎなくなったときにおいても存在しつづけるであろう。

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