万年初心者のための世界史ブックガイド

2010年4月8日

金七紀男 『ブラジル史』 (東洋書店)

Filed under: ラテン・アメリカ — 万年初心者 @ 06:00

09年7月刊。

この国でまず押さえておくべきことは、中南米諸国のほとんどがスペイン語圏なのに対し、最大の国家ブラジルがポルトガル語圏であるということ。

(著者には『ポルトガル史』も有り。)

ハンチントン『文明の衝突』で、ブラジルの言語的な孤立がラテン・アメリカの地域大国の座を阻むと書いてあった。

本書ではまず地理的知識の確認をしてくれている。

南米大陸の約半分の面積を占めると書いてあって、そんなにもなるのかと思った。

隣国は北の方から、ギアナ三国(という言い方はしないのか)、西からガイアナ、スリナム、仏領ギアナ。

続いてベネズエラ、コロンビア、ペルー、ボリビア、パラグアイ、アルゼンチン、ウルグアイ。

南米諸国で国境を接していないのはエクアドルとチリのみ。

自然環境では、北からアマゾン川、サンフランシスコ川、ラプラタ川の三水系があることを確認。

地理的区分として、北部、北東部、南東部、南部、中西部。

それぞれの州名は憶えなくてもいいでしょう。

ただ最重要都市のリオデジャネイロとサンパウロおよびその北にあるミナスジェライス州が南東部に属することと、1960年に現首都ブラジリアが中西部に建設されたことだけは暗記。

あと暗記の必要は無くとも、本文中に州名が出てきた時は、面倒臭がらずその都度巻頭地図で位置を確認した方が良い。

歴史部分に入って、まず1493年アレクサンドル6世の教皇子午線でスペイン・ポルトガルの新世界分割。

翌1494年トルデシリャス条約で境界が西方に移動、これで南米大陸の出っ張った部分がポルトガル領に。

この変更が、ポルトガル国王ジョアン2世がブラジルの存在に気付いていたが故の意図的行為なのか、それとも単なる偶然なのかは現在も不明。

1498年ヴァスコ・ダ・ガマのカリカット到着に続いて、1500年ちょうど、カブラルのブラジル「発見」。

カ「ブラ」ルから「ブラ」ジルを連想するのは、高校世界史で定番の語呂合わせ。

以後のポルトガル植民地時代は主要産品で時代区分。

1500~50年代  パウ・ブラジルの時代(国名の由来にもなった赤色の染料剤に利用する樹木)

1570~1670年  砂糖の時代

1690~1760年  金の時代

(独立後)1830~1930年  コーヒーの時代

ここで最初の目次に戻ると、大きく分けて第1部が植民地ブラジル、第2部が独立以後の近代ブラジル、そして第3部現代ブラジルの最初は帝政から共和政への移行ではなく、1930年後述のヴァルガス政権成立に置かれているのが特徴。

植民地時代の経済・社会史は軽く流します。

独立の前段階として、ナポレオンの圧迫を受けたポルトガル王室が英海軍に護衛されながらブラジルへ1807年に避難(本書で評されている通り、独立のいきさつもそうですが、このこと自体前代未聞で非常に特異な経緯を辿っています)。

ナポレオン没落後も王室はヨーロッパに帰らず、ブラジルを植民地から昇格させ、ポルトガル・ブラジル連合王国を形成。

1820年本国ポルトガルで自由主義革命が勃発、国王は新政府の要請を受け帰国。

自由主義新政府がブラジルを再び実質植民地の境遇に落とすことを通達すると、ブラジル社会各層が反発。

残留していた国王の長子ドン・ペドロを担ぎ、1822年ブラジル帝国として独立。

初代皇帝ペドロ1世、首都はリオデジャネイロ。

人口は400万近く、この時点ですでに宗主国のポルトガルを上回っていたという。

あるところで、ポルトガルとブラジルの関係について、旧植民地の方が旧宗主国よりもはるかに重要になってしまった珍しい例だと書かれていて、そう言えばそうかと思ったが、独立当初からかなりの程度当てはまることだったのかもしれない。

また長くなりそうなので、独立後は後日。

(追記:続きは以下

ブラジル史についてのメモ その1

ブラジル史についてのメモ その2

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