万年初心者のための世界史ブックガイド

2010年3月23日

玉木俊明 『近代ヨーロッパの誕生  オランダからイギリスへ』 (講談社選書メチエ)

Filed under: ヨーロッパ — 万年初心者 @ 06:00

大づかみ過ぎて内容がよくわからないタイトルで、副題を見てもはっきりしないでしょうが、中味は16世紀から18世紀までの近世ヨーロッパ経済史です。

読む前にまず前提として、極めて大雑把でいいから、世紀ごとに近世ヨーロッパ政治史の横の繋がりを確認。

16世紀は、スペインとオーストリアのハプスブルク家が大きな勢力を保ち、その両者とヴァロワ朝フランスが死闘を繰り返す。

イギリスはテューダー朝絶対王政下に繁栄の道を歩み始め、イタリアはルネサンスの栄光からスペイン支配下へ転落。

全体としてスペイン覇権時代と言えるが、世紀後半にはオランダが独立、次世紀の覇権を準備する。

東欧ではポーランドでヤギェウォ朝が断絶し選挙王制に移行、バルカンにはオスマン朝が進出し、ロシアがモスクワ大公国の下、統一への一歩を進める。

17世紀は、オランダの黄金時代。

スペイン、イタリアは没落、イギリスでは二度の革命、ドイツでは三十年戦争と各国で危機が続発する中、フランスはブルボン朝の下、世紀後半に覇権に手を伸ばす。

ロシアではロマノフ朝が成立するも、この時期の北欧の雄はスウェーデン。

18世紀、オランダが衰退、前世紀末に議会制的政治体制を整えたイギリスがフランスと激しい植民地争奪抗争を繰り広げる。

スペインがブルボン朝に変わるが、ルイ14世の野心は阻止される。

ドイツでオーストリア継承戦争、七年戦争を経てプロイセンが台頭、東・北欧ではピョートル大帝が北方戦争でスウェーデンを蹴落とし、同地域での覇権はロシアに。

植民地戦争で世紀半ばにイギリスが決定的勝利を得るが、アメリカ独立によってやや後退、世紀末にはフランス革命と産業革命、それを経て19世紀初頭にはイギリスの覇権が揺るぎないものとなる。

以上のような政治史を頭に入れて、本文を読み進むべき。

ざっと内容をメモすると、まず16世紀のヨーロッパ経済の中心は依然イタリア(特にヴェネツィア)で、それが同世紀後半にはブリュージュ・アントウェルペンからアムステルダムへ移行。

17世紀にはイタリアなど地中海諸国は明らかに衰退し、オランダ・イギリスの台頭が顕著となる。

著者はこれを、地中海貿易が衰微し、大航海時代からの大西洋貿易に取って代わられたからだと、単純に解釈することを戒める。

16世紀を通じてヨーロッパの人口が増大を続け、特に地中海諸国では穀物不足と食糧輸入への依存が高まる。

また森林資源も枯渇し、工業用材料・船舶用資材も不足。

地中海諸国がこれらをバルト海地方(特にポーランドの穀物)からの輸入に頼るようになり、そのバルトの商業・海運業をオランダに押さえられていたことこそ決定的であったとされている。

17世紀オランダの黄金時代には、遠距離のアジア貿易よりバルト海貿易の方が重要だったらしい。

著者は貿易収支だけに注目する従来の経済史研究を批判し、輸送料の重要性を強調する。

この時期のオランダは貿易収支の赤字を輸送料と貿易商人の利益が上回っている貿易構造。

また「中継貿易しかできない商業資本主義だったので、オランダは後に産業資本主義のイギリスに敗れた」という解釈は単純過ぎるとしている。

アムステルダムはヨーロッパの物流だけでなく、商業に関する情報・知識・ノウハウの中心となり繁栄を極める。

なお16世紀のいわゆる「価格革命」について、本書では以下のように書かれている。

かつて「価格革命」といえば、スペイン領アメリカからの貴金属流入量が大幅に増加したために生じたとする貨幣数量説の見解が主流であったが、こんにちではむしろ価格革命と呼ばれる現象自体存在しておらず、人口増のため農作物価格が工業製品の価格以上のスピードで上昇したという見方が一般的である。

これは教科書にある通説と全く異なる説明で、非常に面白いと思った。

18世紀、大西洋貿易の拡大とともにイギリスが台頭。

「分裂国家」オランダに対して、イギリスが中央集権的であったことが強調される。

日独など後発資本主義国が国家の主導・介入による経済発展を遂げ、先進国へのキャッチアップを果たしたのに対し、イギリスは自生的で国家介入のない産業発展が進行したと従来思われてきたが、現実にはイギリス自身がオランダに対して経済的には後進国であり、中央集権的「財政=軍事国家」として航海条令など重商主義政策を採用し、国家が企業の保護費用を負担したことが重要であったと述べられている。

オランダが支配していたバルト海貿易にイギリスも参入。

なお当時の北欧では、ロシアの主要貿易港は新首都サンクト・ペテルブルクの他に、はるか北の白海にあるアルハンゲリスクがある。

スウェーデンは現フィンランドの領域も有し、ノルウェーはデンマーク領になっている。

教科書で確認したら、ノルウェーはその後1814年にスウェーデン領に変わり、1905年平和的に独立と書いてあった。

この辺、武田龍夫『物語北欧の歴史』(中公新書)を読み返して確認する必要がありますね。

18世紀に入って、ヨーロッパの商業・金融の中心はアムステルダム一極集中からアムステルダム・ロンドン・ハンブルクの鼎立体制に変わる。

高校世界史では、この時期のハンブルクの繁栄は全く触れられていないはず。

英仏の植民地をめぐる争いの中、新大陸の物産を扱うボルドーが発展するが、著者は当時の三大経済都市の一つは、フランスとの関係が深かったハンブルクだとしている。

ここで、旧ハンザ同盟都市の位置関係を確認。

北ドイツ沿岸部で、ユトランド半島の東にあるのがリューベック、ハンブルクは西、そのさらに西にブレーメンがある。

ナポレオン戦争・大陸封鎖令の影響でハンブルクは衰退、19世紀初頭にはロンドンが首位を占めるようになる。

面白い。

著者の研究書を一般読者向けに語り直したものらしいが、非常に良い。

通説と最近の学説を常に比較対照するのが興味深い。

こういう経済史なら私でも読める。

高校教科書での経済史がごく大まかにでも頭に入っていれば、十分読み進められるレベル。

200ページ弱と短いのも何より。

堅実な良書であり、お勧めします。

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