万年初心者のための世界史ブックガイド

2010年2月20日

福田和也 『昭和天皇  第二部 英国王室と関東大震災』 (文芸春秋)

Filed under: 近代日本 — 万年初心者 @ 06:00

第一部に続けて読了。

皇太子時代のヨーロッパ歴訪から大正天皇崩御まで。

本巻では、1921年に行われた欧州外遊に非常に多くの紙数が割かれ、およそ半分のページが占められているのが特徴。

(第一次大戦後の西欧情勢が併せて語られるので、間延びした感じはしない。)

同年帰国後、大正天皇の健康状態が悪化したので、先帝が摂政に就任することになる。

叙述スタイルは前巻と変らず。

次々と場面を変換させ、特徴的なエピソードを積み重ねていくので、全く退屈しない。

1921年先帝を送り出したのは原敬首相だが、先帝帰国直後の、この年11月東京駅で壮士気取りの青年に原は刺殺されることになる。

その直前、9月には安田財閥創始者安田善次郎が斬殺。

東大・安田講堂のようにしかるべき寄付はしていたにも関わらず、「世論を形成する、卑しいけれど執拗な人びとを相手にしなかったため」、金を公のために投じない吝嗇金満家と憎まれていた。

『総理の値打ち』でも見られるように、著者は原敬を極めて高く評価している。

もし原が暗殺されず、昭和初期に元老として存在していれば、日本の運命は全く変っていただろうと述べている。

実際には原は亡く、いろいろな問題点はあってもやはり有能な政治家であった加藤高明は首相在任中の26年に病死、山県有朋は22年に、大隈重信も同年、松方正義は24年にそれぞれ死去、昭和に入る頃には西園寺公望だけが独り残された状態になってしまう。

日本にとっても先帝にとっても、本当に不運としか言い様がない。

なお、原は「平民宰相」と呼ばれながら普通選挙導入には消極的だったが、昭和の歴史を顧みると、やはり普選は時期尚早だったのではないかと著者は見ているし、そう言われると私も同じ感想を持つ。

1923年の関東大震災、大杉栄惨殺、亀戸事件、虎の門事件についての記述には粛然とさせられる。

元号が変っているのでかなり間が空いているように思うが、日露戦争からここまで20年も経ってないんですよね。

アナキスト・コミュニストのテロリズムとそれに対する国家の峻烈な弾圧の記述を読んでいくと、挙国一致のナショナリズムから短期間での社会風潮の変化に驚いてしまう。

現代から見ると極めて硬直的に思える国家主義的教育にも関わらずそうなったのだから、個人主義なり価値相対主義なり平等主義なりといった傾向は、近代においては浸透を遅らせることはできるが、結局いかなる手段を用いても阻止することはできないということなのかと思った。

それを楽観視できる要素と見るか、嘆かわしく危険なことと見るかは、人によって意見が分かれるでしょうが。

この第二部も非常に良い。

スラスラ読めて、かなりのスピードで通読できる。

平易な叙述でありながら、多くの知識と有益な見方を得ることができる。

初心者にとってはかなり得でしょう。

しかし、全5巻予定と広告に書いてありましたが、2巻末で即位直前なんだから、絶対終わらないでしょう。

昭和64年まではもちろん、昭和20年終戦まで行くかどうかもあやしいんじゃないでしょうか。

それがちょっと気になります。

日本郵船の奉安丸は、サイパンから北上する途中で、関東大震災の報を聞いた。同船には、南方視察を終えた元帥上原勇作と、その幕僚たちが乗りこんでいた。

三日の昼、船の事務長が、上原の副官今村均少佐の許を訪れた。

さきほど、震災後、不逞鮮人が各所を襲撃しているという電文を傍受したという。

三等船室に二人の朝鮮人がいる。みなで監視しているので、大丈夫だと思うが是非、元帥の身の上にくれぐれも気をつけていただきたい、と真剣な面持ちで云うのだ。

今村は呆れ、情けなくなった。

船には、百人からの日本人が乗りこんでいる。一体、二人で何ができるというのか。心細く、不安なのは、むしろ朝鮮人のほうだろう、と諄々と諭すと、納得したのか、しなかったのかとにかく引き下がった。

今村も、乗客や船員たちが、家族のことなどが不安で精神が不安定になっていることは認識していた。

[中略 横浜入港後]

船に戻ると、翌日の朝食に赤飯がつけられていた。

こんな時にと、今村が憤慨していると、事務長が満面の笑みであらわれた。

日本郵船本社の命令で避難民数百人を船内に収容した。そのなかの若妻が産気づき、無事男児を出産したという。

「日本の船では、船中の出産をもっとも目出度いことにしております」と、事務長はつい数日前に二人の朝鮮人に怯えたとは思えない顔で、避難民たちがいかにこの慶事に勇気づけられたかを述べた。

善良で、臆病で、残忍で、優しい日本人の顔だった。

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