万年初心者のための世界史ブックガイド

2010年2月17日

福田和也 『昭和天皇  第一部 日露戦争と乃木希典の死』 (文芸春秋)

Filed under: 近代日本 — 万年初心者 @ 06:00

先帝陛下の伝記。

この第1巻は1901(明治34)年の生誕から1921(大正10)年の欧州外遊直前まで。

月刊「文芸春秋」で連載中だが、雑誌で見たときはやや面倒に感じて飛ばし読みしたところもあったのが、単行本を手に取ると非常に面白く、読み出したら止まらなくなった。

伝記的記述に併せて、時代背景を成す出来事を一見無造作に描き出しながら、歴史の流れをパノラマのように読者の眼前に見せる。

著者のこういうスタイルを嫌う人もいるかもしれないが、私は非常に好きです。

宮中に関する史実には知らないことが多く、大変興味深い。

また、意外なところで著名人物が登場したり、登場人物の係累と交際関係がややくどいほど細かく語られているのも、なかなか読ませる。

先帝の生涯を辿りながら、日本と世界の重要史実もきちんと押さえられているので、通史的な知識も十分得られる。

史実に対する著者の評価や批評も独創的で興味深いものが多い。

はっきりとした価値観が表明されていない場合でも、さりげなく記される事実によって読者を固定観念から解き放ち、考えさせるところがしばしばある。

全般的に見た、私的感想を記すと、本書に描かれた明治・大正の国家を眺めると、人々が同質的でない、それぞれの立場を持ち、個々の役目を慎ましく果たしていたことに強い印象を受ける。

もちろん時代の流れによる変容も避けられなかっただろうが、こういう国家を敗戦による屈折も欠落も無しに、後世に伝えられていればより好ましかったのではないかと思った。

本書で描かれる日本国家の中にはもちろん、アナキスト・社会主義者などの反体制派も含まれる。

彼らを描く著者の筆致は、確かに、邪悪な国家体制に対して勇敢に戦った英雄という感じでは無いが、かといってひたすら悪罵を以て貶めるというものでもない。

そうした人々が生れるだけの矛盾と腐敗が当時の国家と社会にあったことを十分認めながら、硬直した正義感と個人的不平不満が入り混じった、ある種奇妙な存在としても描かれている。

以下、大逆事件の記述。

天皇に爆弾を投げる計画に加わり、実際に準備したのは宮下、管野、新村、古河の四人であり、幸徳秋水は宮下らに迫られても、気乗りせずはぐらかしてばかりいた。とはいえ天皇に対する直接行動に管野らが及んだことについて、幸徳をまったく無関係であるとするわけにはいかないだろう。このことは、彼らを即決裁判で死刑に処したことの当否とはまったく別のことであるが。

・・・・・政府当局が過敏になってもしかたがない状況ではあったけれども、ほとんど事件と無縁といっていい人間に、証人尋問もない裁判で、死刑判決を下したということは、明治史の一大汚点という以外ないだろう。

幸徳秋水や、管野らが天皇を敵視した経緯を見てみると、政府からのたびかさなる弾圧が主要な動因となっていた。

怜悧な論争家であり、類い稀な文章家であった幸徳秋水が、爆弾テロを構想――というほどの具体性もなかったが――するに至るのは、彼自身の、女性関係を主とする生活上のだらしなさもあずかっていたものの、容赦のない発禁や罰金、逮捕、収監などのたび重なる弾圧によって追い詰められ、救いがたい絶望感に突き動かされた側面があった。

一件を裏で指導したとされる山縣有朋とその配下の平田東助内務大臣や平沼騏一郎検事ら官僚の強圧策が賢明だったかどうか、結論づけるのはさほど難しくあるまい。強権策は、大きな反発を批判勢力に生み、それを抑えるためにさらなる強圧を政府が発動し、より強い反発を生む。不毛な連鎖が、どれほど大正の世を、そして昭和を暗くやりきれないものにしたか。

具体的記述についてあと一点。

加藤高明とアメリカとの関係。

加藤は親英派・知英派だったが、アメリカとは感覚的に距離を置いていた。

義和団事件直後、外相だった加藤は(第4次伊藤内閣か?)、台湾の対岸にあり、当時日本の勢力圏下だった福建省に租借地と貯炭基地を設けたいという米国の要請を拒否した。

義和団事件と同時期にアメリカではジョン・ヘイ国務長官が中国の「門戸開放」「機会均等」「領土保全」を唱道しているが、その直後自らがそれに矛盾する政策を取ろうとしたわけである。

この事実はジョージ・ケナン『アメリカ外交50年』でも触れられており、ケナンによればそもそも門戸開放宣言自体が当時の中国の状況に全く不適合であり、国内選挙目当ての非現実的政策であったと評している。

著者はこれを加藤の失敗とし、この時点で米国にも中国分割に参加させておけば、以後日本の中国政策を批判・妨害することはできなかったのではないかと記している。

どの本か忘れたが、あるアメリカ政府高官が「アジアに支配的な覇権国が台頭するのを防ぐことがアメリカの一貫した政策だ」と言ったことに対して、岡崎久彦氏が、「アメリカがそのような政策を一貫して取っていた事実は無い、1930年代以降の日本の軍事行動をアメリカが承認しなかったのは事実だが、20世紀初頭ロシアが東アジアを制覇する動きを見せたときに、協同してロシアを抑止しようという日本の提案をアメリカは拒否した、結局ロシアの覇権を阻止するには日本が日英同盟の助けを借りて、国運を賭けて戦わなければならなかった」という意味の反論を書いていたのを思い出す。

(岡崎氏は現在の問題では閉口するほど硬直した親米派なんですが、歴史的問題については時々こういうことを書いているのが面白い。)

以上の経緯をすべて勘案すると、1930年代に米国が執拗かつ居丈高に日本を非難し、ついに開戦にまで追い込んだことは、(日本も中国大陸での軍事行動を拡大させた責任はあるにせよ)非常に腹立たしく思えてくる。

かなり面白い。

多面的な切り口を持った視野の広い本。

先帝の個人的生涯を知る以外にも、幅広く使える。

「こんな右寄りの著者が書いた昭和天皇伝なんて読みたくないよ!!!」という方にこそ、是非読んで頂きたい本。

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