万年初心者のための世界史ブックガイド

2010年1月19日

引用文(高坂正堯4)

Filed under: 引用文 — 万年初心者 @ 06:00

高坂正堯『世界史の中から考える』(新潮選書)より。

今日では王権神授説というと、ひどく古めかしく、非合理に聞こえるだろうが、当時のヨーロッパでは支配的であった。また世襲という原理は単純明快で、それが王位をめぐる権力闘争を無くし、ヨーロッパ諸国の政治を安定させたことは多くの学者が認めている。イギリスにしても、名誉革命からしばらくしてハノーヴァー家に相続権が与えられてから今日まで、世襲がおこなわれてきているのである。

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近代的国家になる少し前のイギリスは他のヨーロッパ諸国よりも激しい権力闘争によって特徴づけられる。ファーテスキューが上述の書物を著したのはヘンリー六世の時代であったが、それはその前のヘンリー五世の時代とちがって、ひどい時代だった。王は精神薄弱であり、それもあって中央政府の権威は低下し、やがて内紛が激化して、1455年から三十年続いたバラ戦争のときは完全な無政府状態になった。

その状況はシェークスピアの史劇に如実に描かれており、闘争のすさまじさを教えてくれている。議会主義を生み出したイギリスがこのように野蛮な過去を持っているのかとわれわれを驚かせる意味で、イギリスの政治史を理解するためにはシェークスピアが不可欠だと言われるのは故なしとしない。

私自身の受けた感銘から言えば、たとえば「リチャード三世」がその典型である。彼は王位を狙う。しかも異常に狙う。それは、かれの右半身が奇妙に大きく、したがって不具と言わなくてはならない姿、形に象徴されている。彼の身体は決して強くなかった。しかし、喰うか喰われるかという闘争に生き残る。

勝利をおさめるためには、剣を使うことができなくてはならなかった。それがリチャード三世の姿、形となった、と言うことができるだろう。その教訓からイギリスは妥協を重んずるようになったという次第で、投票による政治は“頭をぶち割るかわりに頭数を数えるものだ”という皮肉にはかなりの真実がある。

日本では、「ハムレット」や「マクベス」など、悲劇がシェークスピアについてはよく知られている。しかし、彼は実に多くの史劇を書いたのだった。そして、時折、「お気の召すままに」や「ヴェニスの商人」といった喜劇をものにした。チューダー朝という、イギリス国内の血なまぐさい権力闘争がまだ記憶に新しい時期において、彼はその歴史を描かずにはおれなかったのだろう。そこに彼は人間の原罪を認識し、いかにあがこうが必ず訪れてくる悲劇を書いた。そして、それだけではやり切れないから、時折喜劇を作って楽しんだ。勝手な推測だが、私はそう思っている。

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