万年初心者のための世界史ブックガイド

2009年12月27日

ウィリアム・シェイクスピア 『リチャード二世』 (白水社uブックス)

Filed under: イギリス, 文学 — 万年初心者 @ 06:00

シェイクスピアの作品で読んだものと言えば、大分前に記事にした『ジュリアス・シーザー』『アントニーとクレオパトラ』の他には『ハムレット』だけです。

文学的素養ゼロの私としては、正直どれも面白さがわからなかったので、他の作品を読もうという気はこれまで全然起きなかったのですが、高坂正堯氏が『大国日本の世渡り学』『世界史の中から考える』で、イギリス議会政治の背景を知るためにシェイクスピアの史劇を読むことを薦めていたので、ひとまず本書を手に取ってみた。

訳者は小田島雄志氏。

巻末にある全集の広告を見ると、シェイクスピアのイギリス史劇では、『ジョン王』を除けば、これが一番古い国王を扱ったもののようだ。

歴代のイギリス国王は他の国の君主に比べれば、高校教科書でもかなり名前が出てくる。

プランタジネット朝以降ではヘンリ2世・リチャード1世・ジョン王・ヘンリ3世ときて、以後エドワードという名前の国王が三代続き、エドワード1世・エドワード2世・エドワード3世。

このうちエドワード2世のみが教科書範囲外だが、他の国王は全て重要で高校レベルでも暗記すべき事項と言えるでしょう(ついでだし、エドワード2世も覚えるに越したことはない)。

以上、リチャード1世→ジョン王が兄・弟間の継承だった以外は、すべて父子継承。

本作品の主人公リチャード2世は、高校世界史で出て来る国王ではない(ただし2002年版『詳説世界史』では本文中にはもちろん記されていないが、欄外の系図で後継のランカスター朝・ヨーク朝の王と共に名前が出ている)。

系図を確認すると、百年戦争を始めたのがエドワード3世、その子が勇武で知られたエドワード黒太子。

このエドワード黒太子は父親より先に死去し国王には即位せず(即位してたらそもそも黒太子ではなく、「エドワード4世」と呼ばれていたはずだから当たり前ですが)。

リチャード2世はこの黒太子の子で、祖父のエドワード3世を継いで1377年即位。

百年戦争ではシャルル5世(1364~1380年)時代にフランスがやや形勢を挽回し、シャルル6世の幼い娘イザベラとリチャード2世が婚約し、英仏間は休戦状態に入る。

黒太子の弟にランカスター公ジョン・オヴ・ゴーントという人物がおり、その息子でリチャード2世のいとこに当たるヘンリ・ボリングブルックが反旗を翻し1399年リチャードを廃位、自ら王位に就きヘンリ4世となる。

(リチャードは翌年死亡。本作品ではヘンリの意を読み取った部下による暗殺、福田恆存『私の英国史』では餓死。)

リチャード2世にてプランタジネット朝は終わり、ヘンリ4世からランカスター朝が始まる。

なお、ジョン・オヴ・ゴーントと同じく黒太子の弟で、ヨーク公エドマンド・オヴ・ラングリーという人物がおり、この人が後のヨーク王家の祖となる。

結局、リチャードは阿諛追従の徒に囲まれ賢臣を遠ざけ、重税を課して国民各層に見放され、王位を簒奪された愚かな暗君というのが本書での描写を含めた一般的イメージのようですが、私はこの人にあまり悪い印象がない。

それはおそらく、アンドレ・モロワ『英国史』で読んだ、以下のエピソードからあまりに強烈な印象を受けたからだろうと思う。

リチャードが即位して間もなく、1381年に史上有名なワット・タイラーの乱が起こっている。

王が塔から出ていた間に、叛徒はそこへ押入った。カンタベリー大司教の首と大蔵長官の首が、ロンドン橋の袂に晒された。血に狂い、我を忘れたこの群集を、なんとでもして遠ざけることが必要だった。

農民の多くは自分たちの憲章に満足して、既にその日のうちに市から去った。まだ数千人が残っていたが、これらは疑いもなく最も悪質の連中で、掠奪を続けようと思っていたのである。しかし各処から、騎士や都邑の公民が王に荷担すべく到着した。

翌日の新しい会見の場所としてスミスフィールドの馬市場が叛徒に通達された。少年の王はその広場へ騎馬で、ロンドン市長その他の護衛の一隊を引連れて乗込んだ。広場の向うの端には『百姓兵』どもが弓を武器に控えていた。彼等の首領ワット・タイラーは、乗馬のまま王の一行を出迎えた。

そこで何が起ったか?年代記作家たちは各々違ったことを書いている。確かにこのタイラーは傲慢な態度を示したに相違なく、ロンドン市長は突然怒りだし、隠し持った武器の一撃で、彼を打ち倒した。彼が倒れるや否や、王の供奉者は彼を取巻いて、広場の向う側にいる一味の者から見えないようにした。しかしこれを見てとった彼等は早くも戦闘隊形を作って、弓を引絞った。

その時、この若い王は、思いがけない英雄的な、行動に出た、それが事態を救ったのである。彼は供奉の人々に、『ここに居れ、誰もついて来るな』と言いおいて、たった一人で彼等を離れた。そして叛徒の方に向って行きながら言った、『お前たちの隊長は余以外にない。余はお前たちの王だ。静かにせよ』。落着き払った態度で何の不安も見せず自分たちの方へやって来る美少年を見て、首領も計画もない叛徒は武器を棄てた。リチャードは彼等の先頭に立って、彼等を市の外に導いた。ともかく、フロアサールの語るところは上述の如くである。

ちなみに、この文章の後、以下の記述が続く。

殺人者と掠奪犯人は、憐憫に値しない。しかし1381年の農民の中には、正義を擁護するのだと思っていた正直な人間が多かった。この連中が、感動し信頼し切って、やがては処刑の目に遭わされるとは露知らず、この美少年王の後からついて行ったのだと思うと、誰かよく感慨なきを得よう。けだし、その弾圧たるや、この暴動に劣らず残酷なものとなったからである。

想像していたよりもはるかに面白かった。

人物造形の巧みさと台詞まわしの深みは、私のような人間でも十分感じ取れた。

前半部、傲慢で無思慮な王であるリチャードが、廃位され悲劇的境遇に落ちてから尊厳の兆しを見せる後半部とのコントラストが見事。

短いので楽に読めるし、高坂先生のおっしゃる通り中世から近世のイギリス史の雰囲気を知るには、シェイクスピアの史劇は非常に適切だと思います。

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