万年初心者のための世界史ブックガイド

2009年12月14日

石川晶康 『NEW石川日本史B講義の実況中継 4』 (語学春秋社)

Filed under: 教科書・年表・事典 — 万年初心者 @ 06:00

3巻の続き。

範囲は大正から平成までの近現代史。

この巻でも引き続き内閣在任順のチェックを行うが、昭和に入ってからの内閣は他の本でかなり読んでいるので、とりあえず大正期のみを以下にメモ。([  ]←は与党・出身など。)

まず1912年が明治45年で、この年明治天皇崩御、大正天皇即位で大正元年、よって1911年を起点に何年経ったかで西暦を大正○○年に換算(あるいは西暦から11を引く)。

大正は15年間で、1926年まで。

大正天皇崩御が12月末なので昭和元年は一週間ほど。

昭和最後の64年(西暦1989年)も一週間でしたね。

寝坊して居間に下りて行ったら、家族が特別番組を見ていて、「ああ、とうとう亡くなったのか」と思ったのを思い出します。

閑話休題。

1911年  西園寺公望(第2次)[政友会?]  陸軍2個師団増設問題

1912年  桂太郎(第3次)[立憲同志会]  第1次護憲運動・大正政変

1913年  山本権兵衛(第1次)[政友会]  軍部大臣現役武官制廃止 シーメンス事件

1914年  大隈重信(第2次)[立憲同志会]  第一次大戦参戦・21カ条要求

1916年  寺内正毅[陸軍・超然内閣]  シベリア出兵・米騒動

1918年  原敬[政友会]  平民宰相・パリ講和会議

1921年  高橋是清[政友会]  ワシントン会議

1922年  加藤友三郎[海軍・政友会]  山梨軍縮

1923年  山本権兵衛(第2次)[海軍]  関東大震災・虎の門事件

1924年  清浦奎吾[貴族院]  第2次護憲運動

同年   加藤高明(第1次)[憲政会・政友会・革新倶楽部]  普通選挙法・治安維持法 幣原外交・宇垣軍縮

1925年  加藤高明(第2次)[憲政会]  政友会総裁田中義一、革新倶楽部合併

1926年  若槻礼次郎(第1次)[憲政会]  昭和改元

以上、期間が短いので覚えやすい。

年代と任期中の大まかな出来事を頭に入れる。

存続期間一年ほどの短命の内閣が多いが、大隈内閣・原内閣・加藤(高明)内閣がやはり重要。

これを機に政党史を整理。

板垣退助の自由党と大隈重信の立憲改進党という二つの系譜が1955年保守合同と自由民主党結成まで、ずーっと繋がっている。

1881年自由党・82年立憲改進党結成。

細かな経緯は省いて、1896年立憲改進党が進歩党と改称。

1898年自由・進歩両党が合併して憲政党結成(同年隈板内閣)。

すぐに解党して自由党系の憲政党・進歩党系の憲政本党に分裂。

憲政党が伊藤博文に接近、伊藤を総裁に1900年立憲政友会結成、この政友会は敗戦まで続く(指導者は伊藤→西園寺公望→原敬→高橋是清→田中義一→犬養毅[五・一五事件時]→以後省略[覚えなくていいと思う。ただしこれ以前の六人は要記憶。])。

ここまでで一区切り。

1910年憲政本党は立憲国民党に改称、1913年桂太郎を支持して立憲同志会を結成するが、犬養毅らはこれに反対して立憲国民党に留まる。

桂死後、同志会は加藤高明が指導、1916年憲政会と改称。

1922年犬養が革新倶楽部結成、清浦を支持して分離した政友本党を除く、憲政会・政友会・革新倶楽部の護憲三派が24年加藤高明内閣を成立させる。

25年政友会総裁に田中義一、革新倶楽部併合。

第1次若槻憲政会内閣が倒れた後、田中政友会内閣時代の1927年憲政会と政友本党が合併して立憲民政党結成。

これでやっと政友会・民政党の二大政党が揃うが、1932年の五・一五事件までの5年(加藤内閣から数えて8年)しか政党内閣の時代は続かない。

昭和の内閣についてはまたの機会に。

この巻も、まあいいんじゃないでしょうか。

後半になるにつれ、他の本で読んだ部分が多くなり、内容が粗く退屈に感じるが、これは個人的感想に過ぎないでしょう。

受験生だけでなく、社会人が日本史を復習するために十分使える本だと思います。

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