万年初心者のための世界史ブックガイド

2009年12月12日

引用文(タルド1)

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ガブリエル・タルド『世論と群集』(未来社)より。

・・・・・パリ・コミューンの際にも、おなじような例が見られた。最後の週に、囚人たちはヴェルサイユ宮につれてゆかれ、群集にとりかこまれた。リュドヴィク・アレヴィによると囚人のあいだには「かなり美しい娘がいて、後手にしばられ、赤いラシャを二重にした将校用の頭布つき合羽にくるまれていた。髪毛は乱れていた。群集は、『大佐夫人、大佐夫人!』と叫んだ。この騒ぎに、娘は頭をもたげ、嘲笑をもってこたえた。するとそこらじゅうから『死刑!死刑!』という大きな叫び声があがった。すると一人の老人が『むごいことはいけない。なんといっても相手は婦人じゃないか』と叫んだ。一瞬のうちに、群集の怒りはこの老人に集中した。みんなが彼をめがけて押しかけた。この群集こそ、火つけもいとわぬコミューン派の暴徒だ。老人は生きた心地もなかった。ところが、突然、甲高い声がひびいた。パリ野郎の陽気な、人を食った声である『お年寄りをいじめちゃなんねえぞ。あの娘っ子はこのおっさんのスケなのさ。』とたんに、老人のまわりは笑いの渦だった。彼は助かった。・・・・・群集はこのうえなくはげしい憤怒からさえ、あけっぴろげの陽気さへ、それもまさに一瞬のうちにとび移った」。

この事件の観察記録は、はじめから終りまで全部を引用する値うちがある。自分を殺害しようとする人びとをさえ物ともしないこの美しい女丈夫を、群集のなかの人びとがもしも一人きりで見たのだったら、その人がフランス人であるかぎり、彼女への讃美の念しか示さなかったろうことは確かだ。ところが集合していると、彼女への怒りしか感じなかった。彼らは、彼らの集団的なうぬぼれ――きわめて高い程度にまで高められ、過大になっていた彼らの異常なうぬぼれ――へ冷水をかけたこの勇敢な嘲りしか気にとめなかったようだ。ド・スタール夫人はその著『フランス大革命考』のなかで、「民衆のあいだにある傷ついたうぬぼれは、われわれのうぬぼれがもつ移ろいやすいニュアンスとは似ても似つかない。それは、人を死刑に処そうとする欲求である」と述べている。至言である。しかし実際には、うぬぼれへの強度の、あるいは軽度の打撃のために、殺人をのぞむまでに激化し、尖鋭になるのは、人びとが集団をつくっているばあいで、彼らが個人でいるときではない。しかも、単に集団一般のばあいというだけでなく、学識経験を積んだ上流人の集団でさえ、すべて例外ではない。集会は――たとえばすぐれた議会主義のたてまえをとる集会でさえ、弁士に侮辱されると、激しやすい性質のとりこになって、怒りゆえの殺人という光景をときとして演じてしまう。

どんな点からみても群集は、そしてもっと一般的にいうなら組織と訓練を欠いた集合体は、その構成員の大部分よりも移り気で、忘れっぽく、だまされやすく、残忍である。そういう状態にいる自分を想像するのはいつでもつらいものだが、証拠のほうはどんどんふえている。しかし、人びとはその事実を注視しようとさえも考えなかったようだ。

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