万年初心者のための世界史ブックガイド

2009年12月4日

臼井勝美 『満州事変 戦争と外交と』 (中公新書)

Filed under: 近代日本 — 万年初心者 @ 06:00

同じ著者の『日中戦争』(中公新書)がなかなか良かったので、これも手に取る。

北伐完了後も続く中国の混乱、満鉄(南満州鉄道)などの日本利権に対する圧迫、事変の先触れとして起きた1931年7月の万宝山事件と8月中村(震太郎)大尉事件、9月18日の柳条湖事件と満州事変勃発、奉天占領、11月チチハル占領、12月若槻礼次郎民政党内閣崩壊と幣原外交終焉、犬養毅政友会内閣成立、1932年1月第一次上海事変、錦州占領、2月ハルビン占領、リットン調査団来訪、3月満州国成立までが叙述範囲。

以下、気付いたことといい加減な感想の箇条書き。

本書は1974年刊なのだが、柳条湖事件が本文では「柳条溝」と書かれており、この時期にはまだそういう表記だったのかと意外に思った。

遼東半島先端の旅順・大連から瀋陽(奉天)を経て長春までが満鉄の路線。長春から北へ東清鉄道がハルビンまで延びハルビンを通ってさらに東西に敷かれている(この東清鉄道はロシアを継承したソ連が当時利権を持っていたはず)。チチハルはハルビンの北西。満州と中国本土・山海関の中間にある重要拠点が錦州。

事変を受けた列強の態度はしばしば揺れ動き、時には日本にかなり融和的。中国ナショナリズムが既存条約を無視した過激な利権回復運動を行なうことに欧米諸国も手を焼いており、それが上記のような態度に繋がったものと見られるが(マクマリー『平和はいかに失われたか』(原書房)など参照)、日本の軍事行動の拡大によって、そうした態度も変化してしまう。

関東軍などの、軍の不統制をありありと示す記述は読んでいて重苦しい気分になる。国際連盟での議論で日本側が中国は秩序ある近代国家ではなく、外国人の生命・財産を適切に保護することができず、それが今回の事態に繋がったと批判したのに対し、中国側が日本こそ自国の軍隊を統制できず、秩序ある国家の体を成していないと反論している(この話は他の本でも読んだ記憶がある)。後の日中戦争の泥沼化と無謀な日米開戦を考えると、もし仮に「大東亜戦争肯定論」のような立場に立つ場合でも、この点に関しては重々反省すべきではないかと思ってしまう。

しかもこういう軍の暴走は決して孤立した事象ではない。民衆世論の圧倒的支持を受けており、その意味では穏健な政党政治家や宮中側近グループよりも専横を極める軍の方が言ってみれば「民主的」である。以後も粗暴・矯激な多数派が穏健・中正な少数派を押し潰し続け遂に敗戦に至る。すると今度は世論の少なからぬ部分が、左寄りの、全く逆の教条に囚われ下から国家を揺さぶることになる。(数年ほど前にそれがやっと終わったかと思うと現在また方向だけを変えた、一昔前なら間違いなく左翼に行っていたような、頭のおかしな人達が暴れ回ることになっている。以前も書きましたが、全くバークは本当にうまいこと言ったもんです。)

半年以上前の朝日新聞の昭和報道特集紙面で、軍部・政治家・天皇・マスコミ・民衆のそれぞれに戦争責任がどれほどあると思うかというアンケートが載せられており、「民衆」に「大いに責任がある」という意見が確か3%くらいしかなかったのを見て、「ああ、また穢いもん見たな」と思いました。

日本だけでなくドイツもそうだと思いますが(村瀬興雄『ナチズム』ニッパーダイ『ドイツ史を考える』ドラッカー『傍観者の時代』等参照)、戦前の体制を危険なものとした要因と、それを抑制した要因が、一般的世論の中では全く逆に取り違えられているんではないかと感じられてならない。

(そんなこと偉そうに書くお前はどうなんだと言われれば、自分も似たような考えの偏りを経てきたし、これからもそうなんだろうなあと白状せざるを得ませんが。)

冒頭、1930年の中共紅軍による長沙占領と国民党の反撃、日本の国民党軍への好意的中立態度について記述されているが、これを読むと日中双方が民族感情を抑えて真の共通の敵たる共産勢力を撲滅するために協力するという展開になぜならなかったんだろうと慨嘆してしまう。

本書もかなり良い。

初級から中級レベルまでの史実を洩れなく取り上げ、極めてオーソドックスな形式で無難にまとめている。

同じ中公新書の、高橋正衛『二・二六事件』『昭和の軍閥』がやや程度が高く、取っ付きにくい本だったのとは違い、かなり読みやすい。

時代的に叙述範囲をもう少し前後に広げてくれれば、より良かったかとも思うが、このようにコンパクトな分量の方がいいのかもしれない。

初心者向けの良質な入門書です。

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