万年初心者のための世界史ブックガイド

2009年12月1日

根本敬 『アウン・サン 封印された独立ビルマの夢 (現代アジアの肖像13)』 (岩波書店)

Filed under: 東南アジア — 万年初心者 @ 06:00

「ビルマ独立の父」の生涯を中心にしたビルマ現代史。

まず冒頭でビルマとミャンマーという国名の問題について触れており、『謎の仏教王国パガン』での記述と同じく、改名を行なった軍事政権への態度とは関係なく、ミャンマーよりビルマが適当としています。

本題に入ると、独立運動の起源として、まず仏教青年会(YMBA)という組織が出来て、これを母体に1920年漸進的な穏健派団体としてビルマ人団体総評議会(GCBA)が結成される。

これに対して1930年、より若い世代の急進的ナショナリストたちが結成したのが、「我らのビルマ協会」、通称タキン党。

タキンというのは「主人」の意味で、党員同士が名前の前に付けて呼び合ったことから通称となった。

共産党の「~同志」みたいなもんでしょうか?

前者のGCBA系統の指導者は、1937年ビルマ統治法によりビルマがインドから分離した時にイギリス当局の下でつくられた政府首相となったバ・モオや、後に同じく首相となったウー・ソオなど。

後者のタキン党系統が、本書の主人公アウン・サンと、ウ・ヌー、バ・セイン、ネ・ウィンなど。

ただし、アウン・サンは党創始者ではなく、入党したのは38年。

ウ・ヌーと共にラングーン大学の学生運動で活動し、入党時若くしていきなり党ナンバー2の地位に就く。

39年タキン党内の党中党の形で共産党と人民革命党(後の社会党)ができる。

日米開戦前夜、アウン・サンは日本陸軍大佐鈴木敬司と接触、41年「南機関」と名付けられた組織で軍事訓練を受け、真珠湾攻撃後ビルマに進攻する日本軍と共に帰国。

1943年日本はビルマに独立付与、王制を主張するバ・セインを無視して、権限が集中した国家元首の地位にバ・モオを就ける。

アウン・サンも国防相として加わるが、強圧的な占領政策への反発や、敗戦直前の日本と「心中」して独立が無効になることを恐れ、1944年インパール作戦失敗後、「反ファシスト人民自由連盟」(AFPFL・ビルマ語略名パサパラ)を結成、抗日に転ずる。

それにより戦後もイギリスに独立勢力内の主導権を認めさせることに成功したアウン・サンだが、独立を目前にした1947年、ウー・ソオが放ったと見られる刺客により暗殺される。

暗殺された時、若干32歳というのに驚く(娘のアウン・サン・スー・チーは当時2歳)。

以後の歴史については、48年独立、短期間を除くウ・ヌー政権、経済不振・共産党武装闘争・少数民族反乱による国政混乱、62年軍事クーデタとネ・ウィン政権成立、社会主義計画党一党支配下のビルマ式社会主義と閉鎖的孤立的中立路線、88年アウン・サン・スー・チーらを指導者にした民主化運動とその弾圧、ソオ・マウン軍事政権成立、90年総選挙とスー・チー派の国民民主連盟(NLD)勝利、軍政の居座り、92年ソオ・マウン引退、タン・シュエ政権成立などを押さえておけばいいでしょう。

本書の刊行は1996年ですが、当時の状況からほとんど変化せず、現在に至るまで軍政が継続してしまっている。

類書が少ないビルマ史という分野で、手頃な内容と量なのは助かる。

結局この「現代アジアの肖像」シリーズは中国関係を除いて、刊行されたもの全てを読んだことになりますね(『李承晩と朴正熙』および『マルコス』は未刊)。

こういう現代アジア史の本で岩波刊となると身構える人がいるかもしれませんし、実は本書が一番その種の「岩波臭」を感じさせるのですが、本書を含め読むに耐えないほどの偏りを感じる、というものは一つもありませんでした。

東南アジアを中心にマイナー分野にも一冊を割り当てながら、長さは200ページほどとコンパクトにまとめられているのが非常に良い。

気の向いたものはどんどん手に取って通読されることをお勧めします。

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