万年初心者のための世界史ブックガイド

2009年11月26日

引用文(高坂正堯2)

Filed under: 引用文 — 万年初心者 @ 06:00

高坂正堯『世界史の中から考える』(新潮選書)より。

・・・・・日本は近代国家への世界的な潮流にかろうじて間に合った。1860年代というのは異常な時代で、政治上の大変化が相ついだ。1865年に南北戦争が終わり、アメリカは真実に統一された。1866年にはイタリアが教皇領を残してほぼ統一された。通史ではイタリアの統一は1861年ということになっていて、それが間違いではないが、1866年までオーストリアはヴェネツィアなどをいぜんとして保有していた。それをオーストリアが失ったのは普墺戦争の結果なのである。同じ戦争の結果、プロシアはドイツの重要な部分を統一することに成功した。さらに、南部ドイツが統一されたのは、普仏戦争後の1871年である。一方、戦争に負けたオーストリアも1867年にオーストリア・ハンガリー二重帝国へと政治体制を変更し、近代化への歩みを開始した。しかし、それは結局挫折することになる。こうしてイギリスとフランスという早くから近代国家の制度を整えていた国を別として、その他すべての国が1860年代半ばに近代国家へと本格的に歩み出したことになる。

(高坂先生はここで触れていないが、1861年ロシアの農奴解放令もその一つの例か。)

日本の明治維新は1868年だから、同じ時代である。19世紀始めに日本人のだれがそのようなことを予測しえたであろうか。日本はぎりぎり――最近流行した言葉で言えば、“ジャスト・イン・タイム”just in time ――間に合ったのであった。私は、それが明治の成功の重要な理由であった、と思う。だれもそれを言わず、明治の人々の必死の努力を言う。たしかに、明治の人々はよく頑張ったが、最初に目立っておくれるならば、取り返しのつかないことが多いものなので、ぎりぎり間に合ったことが重要なのである。

前回記事で書いたように1867年を起点に西暦を明治○○年に換算すると、1894年日清戦争は明治27年、1904年日露戦争は明治37年である。

大政奉還から日清・日露の戦いまで、たった27年とプラス10年・・・・・・。

我ながら子供っぽい言い方だと思いますが、ちょんまげ結って刀挿して多数の藩に分かれて暮らしていた時代から四十年弱で、近代国家を完成させ、国の存亡を賭けた戦いに勝利。

現在から27年前が1982年、37年前が1972年。

そこから世の中、どれくらい良くなりましたかね。

上記引用文の高坂先生のような見解があるのは承知しつつ、とりあえず今まで警察のご厄介になったことがなくて一応働いて安い税金納めてる以外何の取り柄もなく、ただ、のんべんだらりと毎日暮らしている自分からすると、「やっぱり明治の人は偉かった」という感想を持つ。

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