万年初心者のための世界史ブックガイド

2009年11月10日

引用文(坂井榮八郎2)

Filed under: 引用文 — 万年初心者 @ 06:00

同じく、坂井榮八郎『ドイツ近代史研究』(山川出版社)、「講演 啓蒙絶対主義と革命」の章、註より。

1794年ウィーン・ブダペストなどで「ジャコバン主義者」が「大逆的陰謀」の嫌疑で逮捕され、センセイショナルな「ジャコバン裁判」を経て、翌95年十人が処刑された。

ただし、オーストリアの啓蒙絶対主義の名誉のために、以下のことを付け加えておきたい。皇帝フランツは逮捕者を特別法廷で裁き、「大逆罪」で処刑しようとした。それに対して法学者たち、とりわけマルティーニ・・・・・が反対の論陣を張り、オーストリアの一般刑法では民間人に対する死刑はすでにヨーゼフの時代に(1787年の刑法改正)廃止されており、「大逆罪」は実行犯に対してのみ適用可能であり、特別法廷による裁判は法を曲げるものであることを主張、政府もこれを認めざるをえなかった。そのため、ウィーンでは軍籍にあった二名のみ(その後クライン州で逮捕された一名が追加される)処刑されるに止まった。他の七名は1793年に死刑が再導入されていたハンガリーでの処刑である。なお、ウィーンの「陰謀」首謀者リーデルは六十年(!)の重禁固刑、他も長期の禁固刑に処せられたが、リーデル以外はみな1802年に恩赦で釈放されている。・・・・・

この際、「ジャコバン独裁」下の「恐怖政治」期(93年9月~94年7月)のフランスでは、内戦もからんではいたが、「裁判」の判決によるものだけでも一年足らずの間に全国で一万六〇〇〇人の人間が死刑に処せられていること、裁判抜きの「処刑」も多数あり、「恐怖政治」の犠牲者は合わせれば四万にも上ること(柴田三千雄他編『世界歴史大系・フランス史2』山川出版社、1996年、386頁)を想起されたい。それに踵を接する時期の「ジャコバン裁判」である。啓蒙絶対主義の法意識は軽視されてはならないであろう。

クルトワ『共産主義黒書 ソ連篇』(恵雅堂出版)プティフィス『ルイ16世 下』(中央公論新社)記事の引用文など参照。

(上記の恐怖政治時代の犠牲者4万というのには、ヴァンデー地方の王党派反乱鎮圧の犠牲者はたぶん含まれていないと思われる。一説では30万人にも上ると言われているらしいその犠牲者については森山軍治郎『ヴァンデ戦争 フランス革命を問い直す』(筑摩書房)という著作があり、読もうとは思ってるんですが、未読のまま。)

全ての権力が人民の意志から発すると宣言した国民国家より、王権神授説に基づく世襲王朝国家の方が、実際は国家権力が制限されていたというのは現在の視点から見ると非常に奇妙に思えるが、一定の留保を付ければ事実だと思う。

20世紀になるとそれが一層悲惨な形で示されるが、これはテクノロジーの発達だけで説明されることではないと個人的には思う。

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