万年初心者のための世界史ブックガイド

2009年10月18日

水谷三公 『王室・貴族・大衆 ロイド・ジョージとハイ・ポリティックス』(中公新書)

Filed under: イギリス — 万年初心者 @ 06:00

著者の水谷氏については、以前『丸山真男 ある時代の肖像』(ちくま新書)を飛ばし読みしたことがあった。

本書の書名だけ見ると何の本だかわからないし、サブタイトルを見てもはっきりしないでしょう。

中身は19世紀末から20世紀の第一四半期における、イギリスの政治・社会史。

「はしがき」に以下のような文章がある。

現在世界には三十足らずの王制国家があるという。意外に残っているともいえるし、戦後だけで二十以上が姿を消したと聞けば、王政消滅は世界史の大勢といった、平凡な議論に説得力が感じられもする。

それはともかく、王政廃止が、政治や暮らし向きを向上させるのに不可欠だったか、あるいは現実に廃止してみて、政治や生活がよくなったといえるか、疑いは残る。王政を廃止し、人類進歩の先頭に立ったと宣言したのはフランス革命だが、その後に訪れたナポレオン独裁を支えた治安警察の長官フーシェは、貧弱な警察体制が王政崩壊の原因だったと言っている。政治的抑圧は、王政廃止後に徹底したことを教える。・・・・・西ヨーロッパでも、王政を続ける国々が、共和制国家とくらべて、政治的・経済的パフォーマンスで見劣りするとも思えない。

もっとも、どちらでもたいして変わらないなら、わざわざ王政を残さなくとも、という意見も出る。ヴィクトリア朝イギリスについて、このあたりの事情を説明したのがバジョットである。バジョットによれば、パフォーマンスの意味が狭すぎるのである。政治の実質に興味もなければ、理解能力にも恵まれない大衆にとって、「女王様が支配されている」という説明は、わかりやすく人間味に溢れている。女王が現実にやれることといえば、政府に報告を求め、助言と警告を与えるくらいで、女王統治は神話に過ぎない。ところがこの点が長所で、大衆の思いちがいのおかげで、政治家は安心して政界の実務、つまりはハイ・ポリティックスに専念できる。一八六七年の『英国憲政論』は、大統領を戴く共和制にくらべた、王政パフォーマンスの優越をこう説明している。

・・・・・本の出版と同時に第二次選挙法改正が実施され、翌年の労働組合全国組織の結成もあって、「大衆」の交渉力は底上げされた。公的初等教育も浸透し、識字率は上がり、それまでほとんど名も知られなかったマルクスが読まれる素地もできた。そのマルクスは、労働者に祖国はない、と叱咤したが、識字率や生活水準の向上は、予期に反してナショナリズムを強める方向に働き、社会主義と並んで、近代王政の脅威となる。ヴィクトリア女王も、自分の後は「大洪水」というつぶやきを残して世を去った。

民衆の大義を掲げて、国王の政治介入と貴族支配体制の打破を謳いあげ、大筋それに成功するのは、イギリスの場合、マルキストではなく、自由党急進派であり、とりわけロイド・ジョージである。ところが意外なことに、この過程で攻撃に回った自由党は潰滅状態におちいり、ロイド・ジョージは失脚する。受け太刀に回った貴族は、政治的実権を大幅に手放すという犠牲は払うが、いまもって年代物の魅力を振りまいて人を魅惑する。ヴィクトリア女王の近代王政は、ジョージ五世の下で大衆王政に脱皮を遂げて安定した。バジョットは一八六七年の王政については正確ではなかったとしても、二十世紀の大衆王政には、なかなか有益な教訓を残したことになる。

・・・・・イギリス大衆社会は、貴族に引退勧告をつきつけたが、スノッブは王室とともに健在である。「神より偉大な」貴族から御成婚番組に感動する庶民まで、スノッビズムにどっぷりつかった国民性。もしそれが「暴民(モッブ)」横行と「革命エリート」による大衆抑圧に代わる災いなら、甘受するに足るという判断も出てくる。そんなところが、この小著の底流にある気分である。

これを読んだ瞬間、この本は「当たり」だと思いました。

大衆民主主義の渦に押し流されて破局を迎えた日独伊などに対して、見事な退却戦を演じたイギリス王室と貴族を描いた本。

語られる出来事は、経済成長による大衆社会とマス・インテリの誕生、1909年「民衆予算」、1911年議会法、1917年ハノーヴァー(ザックス・コーブルク・ゴータ)からウィンザーへの王朝名改名、貴族の土地離れと新興富裕層との融合、大戦後の叙爵スキャンダルと自由党の没落など。

登場人物は、ヴィクトリア女王の子エドワード7世と孫のジョージ5世、自由党のアスキス、ロイド・ジョージ、チャーチル(当時は自由党所属)、保守党のバルフォア、ランズダウン、カーズンなど。

なかなか面白い。

著者の皮肉とユーモアに満ちた文体が興味を持たせる。

一部ダレ気味になるところもありますが、ごくわずかです。

熟読する価値のある良書と言えるでしょう。

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