万年初心者のための世界史ブックガイド

2009年10月30日

石川晶康 『NEW石川日本史B講義の実況中継 1』 (語学春秋社)

Filed under: 教科書・年表・事典 — 万年初心者 @ 06:00

自分の日本史知識の薄さを痛感しているので、どこかの全集を一つ通読しなければなあと思っているのですが、近代の政治外交史を除く現在の知識は悲しいかな高校教科書のチョイ下レベルに過ぎないので、より基礎的な所から始めるべきではないかと考え、これを手に取りました。

ちなみにこういう学習参考書は当然図書館では置いていないので、わざわざ自分で買いました。

余談ですが、図書館ではこの種の本を所蔵しないのは当たり前だと言われれば何も言えないんですが、絶版になった参考書というのは再度手に入れるのが非常に難しいんですよねえ・・・・・。

ある種の資料性を考慮して蔵書に入れてもらえると有り難いと思うのですが。

この巻は原始から古代末期まで。

有名講師の著作だけあって、ポイントが明確に強調されていて、読んでいて面白い。

曖昧な理解に終わりがちの、氏姓制度や荘園制に関する説明は非常にわかりやすい。

なお、本書を読んでいて改めて思ったことなんですが、「世界史は日本史に比べて覚えることが多過ぎて嫌だ」とよく言われますが、私はこの意見が全く理解できない。

『詳説日本史』の記事での引用文でも触れたんですが、内容的には日本史の方がはるかに高度で細かいはず。

世界史は範囲こそ広いものの、言ってみれば中学の(場合によっては小学校の)日本史のレベルを世界の各国に関して浅く学ぶだけなんじゃないでしょうか。

本書で取り上げられている事項を例に取ると、天武天皇の「八色(やくさ)の姓(かばね)」を「真人(まひと)・朝臣(あそみ)・宿禰(すくね)・忌寸(いみき)・道師(みちのし)・臣(おみ)・連(むらじ)・稲置(いなぎ)」と順番も読み方も共に覚えよとか、律令の統治機構として「二官・八省・一台・五衛府」を押さえて、八省は左弁官管轄が「中務・式部・治部・民部」で、右弁官管轄が「兵部・刑部・大蔵・宮内」だとか、645年乙巳の変と646年改新の詔とセットで東北経営のための軍事拠点として647年渟足柵(ぬたりのさく)、648年磐舟柵(いわふねのさく)が現在の新潟県に置かれたことも暗記せよとか、その他いろいろやたら細かいことが書かれてある。

古代だと欽明から後白河までの天皇はほとんど覚えないといけないだろうし、こういうことを考えていくと、なぜこれで世界史の方が暗記の量が多いと言えるのかと不思議に思えてしょうがない。

一般常識としての歴史を学ぶ目的に照らせば、むしろ高校日本史の方が余分な細部が多過ぎる。

それに引き換え、もし高校で世界史を履修しなかった場合、義務教育までの歴史の授業だと世界史関連の知識が貧弱過ぎる。

そのままだと新聞・テレビの国際ニュースすらよく理解できないでしょう。

以前も同じことを書きましたが、やはり高校での世界史必修は続けるべきではないでしょうか。

途中から大幅に話が逸れましたが、本書は受験生だけでなく、社会人が日本史を学び直すために読んでもなかなか面白い内容を含んでいる。

気が向いたら書店で買ってみるのもよいでしょう。

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2009年10月28日

坂本勉 鈴木薫 編 『イスラーム復興はなるか (新書イスラームの世界史3)』 (講談社現代新書)

Filed under: イスラム・中東 — 万年初心者 @ 06:00

1巻2巻であれこれ文句を付けた本だが、結局シリーズ全巻読むことになってしまった。

叙述範囲は、中東・イスラム圏の近代の開始を画した1798年ナポレオンのエジプト遠征から始まるのは定番だが、終わりは本書が出た1990年代前半まで行かずに、実質1920年代まで。

トルコ、アラブ、イラン、中央アジア、と地域別の章が四つ続いた後はメッカ巡礼とネオ・スーフィズムというテーマ的な章が挟まって、最後に全巻の結言が入るという構成。

第1章オスマン帝国。

50ページほどで、衰退期のオスマン朝史を手堅くまとめてあるが、特筆すべき点は無く、ごく普通の記述。

しかし相変わらず在位したスルタン名と主要史実を結びつけて憶えていないことにショックを受ける。

高校時代からこの辺苦手なんですよ・・・・・。

今更だが、復習すると1789年フランス革命勃発と同年即位したセリム3世が、西洋式新軍隊ニザーム・ジェディットを創設、ナポレオンのエジプト侵攻、1803年ワッハーブ王国のメッカ占拠、ムハンマド・アリー自立など国難が続く中、守旧派によって廃位。

マフムト2世(在位1808~39年)、1821~29年ギリシア独立戦争、1826年イェニチェリ全廃、エジプト・トルコ戦争(第1回・1831~33、第2回・1839~40年)。

アブデュル・メジト1世(1839~61年)、タンジマート開始(ムスタファ・レシト・パシャ)、1853~56年クリミア戦争。

アブデュル・ハミト2世(1876~1909年)、この人が実質最後のスルタン、ミドハト憲法、露土戦争、パン・イスラム主義、青年トルコ革命。

以上四人のスルタンは憶えましょうか。

本書ではタンジマート改革は、中国の洋務運動、日本の明治維新、タイのチャクリー改革に先立つ非西洋世界の近代化運動として評価されており、ムハンマド・アリー治下のエジプト、フランスに植民地化されたアルジェリア、独立運動が続くバルカンを除く、帝国本拠のアナトリア、シリア・イラク・ヒジャーズ・イエメン・ペルシア湾岸・リビアにおいて再集権化に成功したと述べられている。

ただし、この時代のオスマン帝国の政治家たちは、外交面ではヨーロッパ列強と互角に渡り合う能力を持っていたが、明治日本の指導者に比べて経済への関心が薄く、「タンズィマート改革は殖産興業策とそれによる富国策を欠く強兵策であり」、改革の財源を安易に外債へ依存したことが、財政破綻と列強への経済的従属に繋がったとも書かれている。

第2章アラブ世界。

近現代のアラブの政治運動における理念として、イスラム主義・アラブ主義・国民主義の三つを挙げ、それぞれがどの地域・時代で有力だったかを述べている。

例えば、ムハンマド・アリー朝治下のエジプトは国民主義に基づく国家建設とされ、1952年のエジプト革命はそれをアラブ主義に切り替えたことを意味すると解釈される。

その他、シリアやイラクがアラブ主義に向かったのに対し、帝国辺境部のアラビア半島・スーダン・マグリブではイスラム主義が有力(ワッハーブ派・マフディー運動など)。

第3章イラン。

ここも特に無し。普通。

カージャール朝がこの時代の主要舞台になるが、この王朝は建国が1796年。

まさに西洋列強の本格的進出が始まろうかという時点で建国された王朝としては、他にタイのチャクリー朝(1782年~)、ヴェトナムの阮朝(1802~1945年)がある。

カージャール朝は1828年トルコマンチャーイ条約でロシアに治外法権を認め、アルメニアの大半を割譲しているから、盛期というほどの時期もなく、建国後すぐに衰退期に入っている観がある。

第4章中央アジア。

18世紀前半、カザフの遊牧民は西から小オルダ、中オルダ、大オルダの三つの部族連合に分かれており、東から仏教徒でモンゴル系のジュンガルの攻撃に脅かされて小・中オルダがロシアへの帰属を誓約したのが、ロシア支配の始まり。

1820年代に入ると小・中オルダのハーン権力に替え、ロシア統治導入、大オルダも南からのコーカンド・ハン国の脅威を受け、ロシアに服従。

以上のみメモ。

第5章メッカ巡礼と周辺地域。

聖者・聖地崇拝をイスラムが禁じたはずの偶像崇拝として激しく排斥するワッハーブ派の攻撃を受けたスーフィズム(イスラム神秘主義)教団が自己変革を遂げて、メッカのイドリース教団、中央アジアのナクシュバンディー教団などが生まれ、それらがヨーロッパの進出への抵抗運動を組織する様を描写している。

最後に全巻の結語。

特に感想無し。

全巻読んでもやはり、あんまり良いとは思えない。

中公新版全集の『イスラーム世界の興隆』を読んだ時のような爽快感と充実感が無い。

大きな欠点も無いとは思うが・・・・・。

紙数が少なくて、興味を持たせるエピソードや挿話の類いに乏しい。

手堅い教科書的著作という感じで、あまり記憶に残らない。

類書の少ないイスラム史入門書としては、まだしも貴重で有益としておくべきなんでしょうが。

積極的にお勧めする気はあまり起こりません。

2009年10月26日

猪木正道 『軍国日本の興亡 日清戦争から日中戦争へ』 (中公新書)

Filed under: 近代日本 — 万年初心者 @ 06:00

著者の猪木氏は、大学時代から熟読していた高坂正堯氏の師として名前を知っており、文春大世界史講談社旧版世界史全集の戦後国際政治史の巻や、著作集を買って通読していた。

1914年生まれで未だご存命のはず。

著作集の近代日本政治史の部分は凡庸な教科書的通史ではなく、為政者の決断のポイントを明示し、それに対する明解な評価を下していく躍動感のある叙述で、強い印象を受けてはいたが、終戦後50周年に当たる1995年に出た本書は手に取ることがなかった。

その時期は、自分の考えが猪木氏の著作集を読んだ頃より相当「右傾化」していると自覚していたので、読んでも不快になるだけだろうと思ったので読まなかった。

それをなぜ今ごろ読む気になったのかというと、自分の考えがやや変わったというのもあるが、直接的には以下のブログの記事を読んだため。

先哲有言  猪木正道『軍国日本の興亡』中公新書、1995年

(↑こちらは、うちとは比べものにならない程、知的で高級なブログですが、残念ながら現在更新停止状態。)

近代日本の政治・外交史をざっと概観する本で、叙述範囲は、サブタイトル通り、主に日清戦争から始まり、最後は1945年の終戦までではなく日中戦争の勃発と泥沼化まで。

漫然と史実を並べただけの本ではなく、教科書では出てこない固有名詞や事実をピックアップして説明したり、著者独自の見解を交えながら話を進めていくので、飽きさせず記憶しやすい。

第一次世界大戦後の戦争観と国際世論の変化を重視し、自ら調印した九ヵ国条約とパリ不戦条約を破った日本の軍事行動とそれ以前の植民地大国の行為を区別し、前者を批判し自省する立場の本。

こうした価値観には、(現在では特に)大いに異論はあるでしょうが(私もあります)、これはこれで一つの見識であろうとも思います。

林健太郎氏も同じような立場でしたね。)

私自身、通読したところ、思った以上に反発を感じることが少なかった。

というより、そうした点がほとんど無かったことに我ながら驚いた。

「嘘つけ!!このチンケなネット右翼が!!!」と思われるかもしれませんが、本当です。

結局自分は「自虐史観」よりも民主主義の方が嫌いなんだなと、ここ数年つくづく思い知らされたので。

「右の左翼」とでもいうべき無思慮な過激派が世論の多数の支持を受け、下克上で国家を乗っ取り、帝国を破滅させた歴史を読んでいくと、先の大戦への評価はどうあれ、右とか左とか関係無しに反省すべきではないかと思えてくる。

最後の方がやや駆け足になるのが残念だが、悪い本ではない。

初心者は(自分含む)本書の見方にあれこれ反発する前に、事実関係の記述を学んで、昭和に入ってからの内閣順と在任年度とその時起こった主要事件くらいは頭に入れるべき。

ごく初歩的な段階での基本テキストとして十分推奨できます。

(ついでですが・・・・・。上記ブログで以下のように書かれてます。

余談だが、先日の「朝生」では、司会者から左の席の姜尚中氏や辻元清美氏が相手の意見を聞きつつも説得にまわる大人の対応する「体制側」に見え、右の席の西尾幹二氏が相手の意見を聞き入れず言いたいことだけを言う体制に反逆する革命家のようだった。

辻元氏は知りませんが、姜氏については『日本 根拠地からの問い』(毎日新聞社)や『憲法ってこういうものだったのか』(ユビキタスタジオ)などの対談集を斜め読みした限りでは、ブログ執筆者様と同じ感想を持ちました。)

2009年10月25日

引用文(バジョット2)

Filed under: 引用文 — 万年初心者 @ 06:00

『世界の名著72 バジョット ラスキ マッキーヴァー』(中公バックス)より。

君主の権限が不明確であるということは、皮相浅薄な自由主義的制度論から見ると、たしかに欠点である。民衆政治においては、すべての権限は、認知できるものでなければならない。このような民衆政治は、政治権力をもつ国民――統治者たる国民――が、みずから適当であると判断し、その判断に従って統治するという考えに立っている。この考え方からすると、各行政部門の行為はすべて、国民の判定を受けねばならない。国民はその行為の是非について監視すべきである。またその行為がよくないと思われる場合には、種々の方法で異議申し立てをすべきである。しかるに、どのような行為をしたかを知らされないなら、判定できないし、またどのような行為をしたかわからないなら異議の申し立てもできない。したがってこの考え方によれば、隠された大権は違法である。おそらく、最大の違法になるであろう。

しかしこの秘匿性は、現在のところ、イギリスの君主制が効用を発揮するためには必要なのである。なにものにもまさって君主は、尊敬されなければならない。君主について詮索しはじめると、尊敬できなくなる。君主に関する特別委員会ができると、君主制の魅力はなくなるであろう。秘密が君主の生命である。魔法を、白日の下にさらしてはならない。君主を政治葛藤の中に引きずり込んではならない。さもないと、君主は全闘士たちから尊敬されなくなるであろう。また君主は、多くの闘士たちの仲間入りをすることになるであろう。君主に秘密の権限が存在することは、抽象的な理論によれば、わが立憲体制の欠点であるとされている。しかしそれは、イギリス程度の文明国にはありがちの欠点である。このような国では、はっきりした役に立つ権力が必要であるとともに、尊厳な、そしてそれゆえに不可知な権力もまた必要なのである。

2009年10月24日

引用文(バジョット1)

Filed under: 引用文 — 万年初心者 @ 06:00

『世界の名著72 バジョット ラスキ マッキーヴァー』(中公バックス)より。

貴族院――むしろ貴族というほうがよい――の威厳の力は、非常に大きな効用をもっている。かれらは君主ほどの尊敬を受けてはいないが、やはり相当大きな尊敬を受けているといえる。貴族階級の役割は、一般民衆の心の中になにものかを植え付けることである。植え付けるものは、必ずしも虚偽ではなく、いわんや有害なものでもない。貴族は、民衆の鈍重な想像力に、貴族であればこそといえるような、なにものかを植え付けるのである。大多数の人間の空想力は、驚くほど貧弱である。かれらの空想力からすると、目に見える象徴がなければ、なにも理解できない。また象徴を示しても、十分に理解できないものがたくさんある。・・・・・このような階級の存在は、非常な効用をもっているといえる。すなわち、これによって、粗野で愚鈍な、しかも度量の狭い大衆は、元来評価や認識ができないにもかかわらず、知能をもった、ある種の者に対し服従感覚を呼び起こすようになるのである。

なお貴族階級は、服従感覚をつくり出すだけではなく、それを防止することでも大いに役立っている。貴族は、富の支配、すなわち黄金崇拝を防止している。富がアングロ・サクソンの偶像であることは、疑いないところであり、またそれは当然ともいえる。・・・・・ところがイギリスでは、貴族制度がこのようなことを防いでいる。「気の毒なことに、百万長者がイギリスほど不自由に暮らしている」国はどこにもない。金だけで、ただ単に金だけで「ロンドン社交界」をのし歩けないことは、毎日身にしみて味わわされており、また実証されてもいる。財力と違った別の優勢な権威によって、富が押さえつけられているのである。いな脅迫されている、といったほうがよい。

しかし、これは別段長所とはいえない、単にある崇拝を別の崇拝に替えるだけである、黄金崇拝も地位の崇拝も同じである、といわれるかもしれない。かりにこの理屈を認めるとしても、やはり二つの偶像をもっていることは、社会にとって非常に結構なことである。偶像崇拝の競争をすると、本物のほうが勝利を占めるからである。しかし地位の尊敬、少なくとも世襲的な地位の尊敬が、黄金崇拝と同様にいやらしいというのは当たらない。これまでの経験によると、礼儀作法は、ある身分層で半ば世襲的に受け継がれてきている。礼儀作法はすばらしい芸術の一つである。それは、社会の品格を示すものである。それが日常会話のやりとりで大切なことは、文章の綴り方がときおりの手紙の交換に大切なのと同じである。富を尊敬することによって、人間でなく人間の付属物を尊敬しているのである。世襲貴族を尊敬することによって、貴族が所有していると思われる偉大な能力――貴族のもっているなにものかを示す能力――を尊敬しているのである。・・・・・礼儀作法は、たまには個々の貴族に欠けているかもしれないが、体質的に貴族階級に付随しているものである。

2009年10月21日

辻清明 責任編集 『世界の名著72 バジョット ラスキ マッキーヴァー』 (中公バックス)

Filed under: 思想・哲学 — 万年初心者 @ 06:00

この巻はウォルター・バジョットの『イギリス憲政論』だけを読みました。

ラスキ『主権の基礎』、マッキーヴァー『権力の変容』も収録されているが、一切無視。

『イギリス憲政論』は1867年刊で、マルクス『資本論』第一巻刊行、日本の大政奉還と同年。

書名はかなり前から知っており、いつかは読まなければならない本だなと思っていたが、先日の水谷三公『王室・貴族・大衆』で引用されているのを見て、いい機会だからこの際通読するかと手に取った。

全般的な内容としては、保守的自由主義の立場から、立憲君主制・議院内閣制の、共和制・大統領制に対する優位を説き、立憲君主と貴族院、下院(衆議院)を持つ、当時のイギリスの政体を肯定する本ではあるが、その論調は世襲君主と伝統的貴族制を盲目的に崇拝するといった態度からは程遠い。

その筆致は甚だドライであり、時にはシニカルですらある。

世襲王家から有能な君主が生まれることは稀で、その大半は凡庸・愚鈍な存在であり、イギリスの貴族院は所属議員の怠惰・頑迷・偏見によって公正・中立な立場からの修正・調整という本来果たすべき役割を果たしていないとしている。

ヴィクトリア女王と夫のアルバート公はその稀な例外とされているが、基本的に「国王親政」という考えは強く批判され、それを目指したジョージ3世(アメリカ独立からフランス革命・ナポレオン戦争までの時期に長期間在位したが、晩年は精神を病んだ英国王)などは繰り返し非難されている。

ジョージ3世は生涯の大部分を通じて、一種の「神聖な障害」であった。・・・・・かれは人並みの善意をいだき政務にも精励した。・・・・・しかしかれは、狭量で、片よった教育を受けていた。・・・・・したがってかれはいつも、しなければならないことを拒否し、してはならないことにいつまでも固執した。かれはその治世中、歴代内閣の半数に対し、意地悪く、しかも神聖な大権を振りかざして攻撃した。

(ただ、その直後に以下のように書いてもいるが。)

そして、やがてフランス革命を迎えて世界が恐怖に駆り立てられ、民主政治が「不敬」であることが明らかになったとき、イギリス人の崇敬の念がかれに集中し、その結果、何倍もの力をかれに与えるに至ったのである。

貴族院については、衆議院に対して大幅に譲歩することを説き、有能・賢明な人材を一代貴族に任命して議員とすることを提案している。

また、新興国に対しては、大統領制を排するのは同じだが、伝統の支えを欠いた君主制を無理に創設するより、君主制抜きの議院内閣制(バジョットはそれを可能としている)を推奨している。

(今で言えば、大統領はいても儀礼的存在で、政治実権は首相にあるドイツ・イタリア・ポルトガル?・インド・イスラエルなどの政体がそうか。元首が英国王であり、女王が任命する総督が存在するが、カナダとオーストラリアも。)

イギリスの政体については、モンテスキュー以来、行政・立法・司法の三権分立がその大きな特徴だと言われてきたが、バジョットはそれはむしろ、行政府と立法部がそれぞれ独立に民衆の選挙で選ばれるアメリカ合衆国のような大統領制の特徴だとして、議院内閣制の本質は行政府が立法部と密接な繋がりを持ち、そこから選出されることだとしている(高坂正堯『世界史の中から考える』(新潮選書)に少しだけ関連記述有り)。

こうした議院内閣制が、有能な行政府の選出・国民意思の表明・国民の政治的教育・政治問題の周知・公正な立法・適切な財政について、大統領制よりも良好な成績を残せるとしてあれこれ書いている。

巻置く能わずという程でもないが、なかなか面白い。

訳文は割と良くて、読みやすい方だと思う。

読もうと思う方に一点だけご提案。

「第二版の序文」というものが、本書では末尾に付け加えられています。

版によっては(昔、清水弘文堂書房から『英国の国家構造』というタイトルで出たものがたぶんそう)、これが原書通り巻頭に載せられている本もあるかと思いますが、これは最初は飛ばしていきなり本文から入ったほうがいいです。

周辺的事項についてあれこれ書いてある内容で、本文を読んでからでないと十全に理解することができず、最悪この時点で挫折しかねませんので。

読んでも決して無駄にはならない良書だと思いますので、皆様もどうぞ。

自由政治というものは、国民が自由意志によって選択した政府に服する政治である。ばらばらの民衆が偶然に集まってつくる自由政治は、たかだか民主的な政治にしかなりえない。他人のことを知らないし、気にかけないし、尊敬もしないという場合には、すべての人間が平等であるにちがいない。その場合、だれの意見も、他の意見より有力であるということはない。しかしすでに明らかにしたように、尊敬心をもった国民は、独自の政治構造をつくっている。そこでは特定の人々が、共通の同意によって他の人々よりも賢明であると考えられている。またその意見は、同意によって計数的価値を越えた大きな価値を認められている。

不幸な国民の場合は、票の数だけを数えるが、幸福な国民の場合は、票の数を数えるほか、票の重さも量るのである。

自由国家に権威を示す制度があれば、その効果は測りしれない。・・・・・指導者たちを選ぶ興奮は、選任することのできない支配者がいることがはっきりしておれば、抑制される。

・・・・・しかし、国民の大多数が選挙する能力をもっていない場合がある。事実、まれな例外はあるが、たいていの国において国民の過半数はこれに該当している。・・・・・その場合議院内閣制は、ぎこちない表現であるが、尊敬心をもった国民の間にだけ成立する可能性がある。奇妙に思われるかもしれないが、賢明な少数者の統治を希望する愚鈍な多数者を擁した国民が、現に存在しているのである。

つまり数の上での多数者が、習慣によるか自由意志によるかは別として、特定の選ばれた少数者に指導者を選任する権限を委任するつもりでおり、またそうしたがっているのである。・・・・・多数者は、立派な政府を選ぶ資格をもち、いかなる階級からも反対されることのない、すぐれた少数者に対し一種の忠誠心をいだいているのである。このような幸福な状態にある国民は、議院内閣制をつくるに当たって利点をもっていることは明らかである。

・・・・・イギリスは類型からいうと、尊敬心をもった国民を擁している国家である。・・・・・実際にはイギリス国民の大多数は、指導者を尊敬するというよりは、むしろなにか別の人間に尊敬の念をいだいているのである。かれらは、いわゆる社会の演劇的な見せ物に敬意を払っている。・・・・・哲学者たちは承認しないかもしれないが、宮廷や貴族階級は、大衆を支配するための偉大な資格を備えている。・・・・・哲学者たちは、こんな迷信を嘲笑するかもしれない。しかしその結果は測りしれないほど大きい。

尊敬心をもった人々で構成される社会は、たとえその最下層階級が賢明でなくとも、どんな種類の民主国家よりも、議院内閣制にはるかによく適している。・・・・・尊敬心をもった貧民を擁している国は、そのような貧民をもたない国に比べて、福祉という点でははるかに劣っているかもしれない。にもかかわらず、最上の政府をつくるという点では、はるかに適しているのである。尊敬心をもった人々を擁する国では最上の階級を利用できるが、自分が他のすべての人間と同等に、ひとかどの人間であると考える国民は、最悪の階級を利用できるだけである。

・・・・・ある社会で大衆が無知ではあるが、尊敬心をもっているという場合、この無知な階級にひとたび統治権を与えると、永久に尊敬心はもどってこない。現王朝[人民]の支配は、打倒された王朝[貴族]の支配よりすぐれているということを、煽動政治家が説き、新聞が話しかける。民衆は、自分に利害関係のある問題について、その賛否両論を聞くということはほとんどない。民衆の言論機関は、民衆に迎合的な議論ばかりをする。そしてそれ以外の言論機関は、事実上その意見を民衆の耳に入れることはできない。民衆は、自分自身に対する批判を決して聞こうとはしない。民衆が追放した教養ある少数者が、民衆の統治に比べて、いちだんと立派に、また賢明に統治していたということを、だれも民衆に教えようとはしない。民主主義は、恐ろしい破滅を味わわないかぎり、民主主義の打ち負かした体制へ復帰しようとしない。なぜなら、そうすることは、みずからが劣っていることを容認することになるからである。民主主義は、ほとんど耐えがたい不幸を体験しないと、みずからが劣っていることを決して信じないのである。

2009年10月18日

水谷三公 『王室・貴族・大衆 ロイド・ジョージとハイ・ポリティックス』(中公新書)

Filed under: イギリス — 万年初心者 @ 06:00

著者の水谷氏については、以前『丸山真男 ある時代の肖像』(ちくま新書)を飛ばし読みしたことがあった。

本書の書名だけ見ると何の本だかわからないし、サブタイトルを見てもはっきりしないでしょう。

中身は19世紀末から20世紀の第一四半期における、イギリスの政治・社会史。

「はしがき」に以下のような文章がある。

現在世界には三十足らずの王制国家があるという。意外に残っているともいえるし、戦後だけで二十以上が姿を消したと聞けば、王政消滅は世界史の大勢といった、平凡な議論に説得力が感じられもする。

それはともかく、王政廃止が、政治や暮らし向きを向上させるのに不可欠だったか、あるいは現実に廃止してみて、政治や生活がよくなったといえるか、疑いは残る。王政を廃止し、人類進歩の先頭に立ったと宣言したのはフランス革命だが、その後に訪れたナポレオン独裁を支えた治安警察の長官フーシェは、貧弱な警察体制が王政崩壊の原因だったと言っている。政治的抑圧は、王政廃止後に徹底したことを教える。・・・・・西ヨーロッパでも、王政を続ける国々が、共和制国家とくらべて、政治的・経済的パフォーマンスで見劣りするとも思えない。

もっとも、どちらでもたいして変わらないなら、わざわざ王政を残さなくとも、という意見も出る。ヴィクトリア朝イギリスについて、このあたりの事情を説明したのがバジョットである。バジョットによれば、パフォーマンスの意味が狭すぎるのである。政治の実質に興味もなければ、理解能力にも恵まれない大衆にとって、「女王様が支配されている」という説明は、わかりやすく人間味に溢れている。女王が現実にやれることといえば、政府に報告を求め、助言と警告を与えるくらいで、女王統治は神話に過ぎない。ところがこの点が長所で、大衆の思いちがいのおかげで、政治家は安心して政界の実務、つまりはハイ・ポリティックスに専念できる。一八六七年の『英国憲政論』は、大統領を戴く共和制にくらべた、王政パフォーマンスの優越をこう説明している。

・・・・・本の出版と同時に第二次選挙法改正が実施され、翌年の労働組合全国組織の結成もあって、「大衆」の交渉力は底上げされた。公的初等教育も浸透し、識字率は上がり、それまでほとんど名も知られなかったマルクスが読まれる素地もできた。そのマルクスは、労働者に祖国はない、と叱咤したが、識字率や生活水準の向上は、予期に反してナショナリズムを強める方向に働き、社会主義と並んで、近代王政の脅威となる。ヴィクトリア女王も、自分の後は「大洪水」というつぶやきを残して世を去った。

民衆の大義を掲げて、国王の政治介入と貴族支配体制の打破を謳いあげ、大筋それに成功するのは、イギリスの場合、マルキストではなく、自由党急進派であり、とりわけロイド・ジョージである。ところが意外なことに、この過程で攻撃に回った自由党は潰滅状態におちいり、ロイド・ジョージは失脚する。受け太刀に回った貴族は、政治的実権を大幅に手放すという犠牲は払うが、いまもって年代物の魅力を振りまいて人を魅惑する。ヴィクトリア女王の近代王政は、ジョージ五世の下で大衆王政に脱皮を遂げて安定した。バジョットは一八六七年の王政については正確ではなかったとしても、二十世紀の大衆王政には、なかなか有益な教訓を残したことになる。

・・・・・イギリス大衆社会は、貴族に引退勧告をつきつけたが、スノッブは王室とともに健在である。「神より偉大な」貴族から御成婚番組に感動する庶民まで、スノッビズムにどっぷりつかった国民性。もしそれが「暴民(モッブ)」横行と「革命エリート」による大衆抑圧に代わる災いなら、甘受するに足るという判断も出てくる。そんなところが、この小著の底流にある気分である。

これを読んだ瞬間、この本は「当たり」だと思いました。

大衆民主主義の渦に押し流されて破局を迎えた日独伊などに対して、見事な退却戦を演じたイギリス王室と貴族を描いた本。

語られる出来事は、経済成長による大衆社会とマス・インテリの誕生、1909年「民衆予算」、1911年議会法、1917年ハノーヴァー(ザックス・コーブルク・ゴータ)からウィンザーへの王朝名改名、貴族の土地離れと新興富裕層との融合、大戦後の叙爵スキャンダルと自由党の没落など。

登場人物は、ヴィクトリア女王の子エドワード7世と孫のジョージ5世、自由党のアスキス、ロイド・ジョージ、チャーチル(当時は自由党所属)、保守党のバルフォア、ランズダウン、カーズンなど。

なかなか面白い。

著者の皮肉とユーモアに満ちた文体が興味を持たせる。

一部ダレ気味になるところもありますが、ごくわずかです。

熟読する価値のある良書と言えるでしょう。

2009年10月16日

高橋正衛 『昭和の軍閥』 (講談社学術文庫)

Filed under: 近代日本 — 万年初心者 @ 06:00

前回記事の『二・二六事件』と同じ著者。

これも元は1969年中公新書から出ているが、その後品切れ、2003年講談社で文庫化。

上記『二・二六事件』はあまり良いとは思えなかったが、ついでなのでこれも読んでみた。

自分としては昭和陸軍の派閥抗争についての基礎的粗筋を平易に説いてくれる本を期待して手に取ったのですが、どうも様子が違う。

レベルは思ったより高く、序を含む全8章のうち、最初の四つは軍隊の基礎事項、政軍関係、軍閥の起源、時代背景、隊付将校の実態などが、多くの史料の引用と共に述べられている。

第4章が、1931年の三月事件・十月事件、32年の血盟団事件、五・一五事件の描写。

第5章がやっとタイトル通りの軍閥抗争の系譜で、1931年12月犬養内閣成立と荒木貞夫陸相就任、それによる宇垣(一成)時代終焉以後の皇道派と統制派(著者はこの呼称は必ずしも適切でないとしている)の対立に関する叙述。

6、7章が二・二六事件以後の粛軍と軍の政治介入の完成を述べておしまい。

一点だけ、全般的な感想を言うと、当時の青年将校と民間右翼の革新思想の過激さに驚かされる。

「一君万民」の考えを除けば、ほとんど急進左翼と変わりない。

これを描写する著者の筆致は、初版の刊行年度を考えると、戦前の右翼を全共闘など当時の左翼運動になぞらえる皮肉だったのかなという気が少ししました。

これもあんまりいいとは思えない。

取り上げられている人名や事項が詳しすぎて、白紙状態の初心者が読むのは相当苦しい。

事前にある程度基礎知識を持っていないと、良さが全然わからない。

特にお勧めしたい本でもなかったです。

2009年10月14日

高橋正衛 『二・二六事件 「昭和維新」の思想と行動 増補改版』 (中公新書)

Filed under: 近代日本 — 万年初心者 @ 06:00

数ヶ月前、中公新書が2000点を突破した記念に、『中公新書の森 2000点のヴィリジアン』という無料小冊子が出されました。

そこで識者へのアンケートとして、中公新書の中から推薦するものを一人三冊まで選ぶというコーナーがあり、本書が一、二を争うほどの票数を得ていた。

保阪正康、松本健一、半藤一利の各氏が名を挙げているので、これは一度読んでみようと思いました。

初版は相当古く1965年、94年に増補改版。

著者はみすず書房の編集者で、現代史史料関係の刊行に長年携わった人のようです。

1章から3章までが事件の経過と当時の報道、4章が事件前のクーデタ計画・暗殺行為の概説、5章が陸軍内の皇道派と統制派双方の思想的背景、6章が天皇機関説と青年将校の思想との関係、7章が軍法会議、8章が処刑の描写という構成。

この事件についての教科書的知識だけ確認すると、勃発したのが1936年、満州事変の五年後、五・一五事件の四年後、日中戦争の一年前。

陸軍の青年将校に率いられた部隊が首相官邸などを襲撃、首相の岡田啓介は難を免れたものの、斉藤実内大臣(内務大臣に非ず・前首相)、高橋是清蔵相、渡辺錠太郎陸軍教育総監(教育総監は陸相・参謀総長と並ぶ陸軍三長官)が死亡、鈴木貫太郎侍従長(終戦時の首相)は重傷を負う。

事件を受けての対応において、反乱軍への同調派が真崎甚三郎、荒木貞夫両陸軍大将、断乎鎮圧派が陸軍参謀本部の杉山元参謀次長(当時の参謀総長は皇族の閑院宮載仁元帥で病気療養中だったため、実質総長)、石原莞爾作戦部長、および海軍(岡田・斉藤・鈴木の三人とも海軍大将)、この両者の中間派で揺れ動いたのが川島義之陸相。

結局反乱は鎮圧され、皇道派人脈は一掃、事件後成立した広田内閣で軍部大臣現役武官制が復活し、以後統制派陸軍軍人による国政の壟断が甚だしくなる。

本書の評価を率直に言うと、あんまりいいとは思いません。

事件自体の描写はそれほどわかりやすくなく、全くの初心者向きだとは思えない。

5章の皇道派と統制派(この両派の名称は本書ではほとんど使用されないが)の解説はまあまあ面白く、ここが本書の一番有益な部分か。

事件がその後の政治に及ぼした影響を詳細に書いて欲しかったのだが、そうした叙述はほとんどない。

初心者がこれだけ読んで、何から何まで理解するのは難しい。

一通りのことは頭に入るが、期待したほどでもなかったなあというのが正直なところ。

読んで損したとは思いませんでしたが。

2009年10月11日

松原隆一郎 『経済学の名著30』 (ちくま新書)

Filed under: 思想・哲学 — 万年初心者 @ 06:00

タイトル通り、経済学の古典的著作30冊について書かれた短い文章を並べたもの。

冒頭がロックの『統治論』で始まり、ケネー『経済表』とマルサス『人口論』が入っていないのを除けば、有名な著作が定番通り並んでいる。

だが、よくある凡庸な案内書だと思って手に取ると完全に間違う。

古典的著作のうち、現在の主流派経済学に受け継がれた部分のみを切り離して紹介するのではなく、その経済学者が生きていた具体的な時代状況の中で何を意図して書かれた著作なのかを忠実に辿りながら、その思考の本質を探る本。

経済学者の意図と歴史的状況を忠実に再現するという上記の目標は間違いなく本書で達成されているが、それに留まらず、古典から読み取られた思想によって現在の我々が何を学ぶことができるかを著者が示唆しているのだが、それが逐一的確で非常に面白い。

専門主義的な数理経済学に留まることなく、社会思想や政治哲学、社会心理学、言語学、記号論理学などの該博な知見を用いて、縦横無尽に現在の問題を論じる辺りは大変感心させられる。

数式がほとんど出てこないことも、私のような阿呆には助かる。

わからない部分は飛ばせば良いし、やや難解なところでも著者が何を示唆したいのかはぼんやりとわかる場合が多く、それがまた本書の長所を表わしていると思う。

これは素晴らしい。

是非読むべき。

強くお勧めします。

(ハイエク『自由の条件』の章より)

ハイエクは社会思想の歴史についても、対立する二つの流れを描いている。十七世紀イギリスで生まれた経験主義の系譜と、大陸型の合理主義から社会主義へと至る系譜とである。前者のスミスやヒューム、A・ファーガソンらは「市民社会がある賢明な最初の立法者あるいは『社会契約』によってつくられたという(大陸型の―引用者注)考え方を、終始一貫して攻撃している」。そして「『経済人』のような有名な虚構さえ、本来イギリスの進化論的な伝統に属するものではなかった」(ともに第四章)。新古典派の制度論では、制度は経済人が合意で設計するものとみなされるが、ハイエクはこうした後者の思考法を自由の敵として批判している。

「自由な社会の成功はつねにほとんどの場合、伝統に制約された社会であるというのがおそらく本当であろう」(同)という一節からは、自生的な制度である慣習法や裁判によって、政府の権力とともに個人の自由にも制約を課そうという意図が見て取れる。こう述べる以上、制度や慣行、規制などの「構造」を市場における個人の自由に対する介入ととらえ、その撤廃を訴える「構造改革」にハイエクが反対するのは自明であろう。彼の主張からすれば、「構造」こそが進化の過程を経て生き延びてきた有益なルールであり、漸進的な修正はなされるべきであるにせよ、国家が音頭をとって廃止するのは「反革命」なのである。

このようなハイエクの思想は、どう位置づけられるべきだろうか。J・ポーコックの『マキァヴェリアン・モーメント』(一九七五)は、立法と行政を分離し行政に気ままに権力を奮わせない立場としての「法の支配」を共和主義と呼び、それが十六世紀以降の西欧で、ギリシアに由来し民主主義を牽制する政治思想として再評価されていたことを明らかにしている。たとえばピューリタン革命に際しハリントンは『オシアナ共和国』(一六五六)で共和主義の現代化を試み、カントは『永遠平和のために』(一七九五)で、民主主義は不同意の少数者を無視し、立法者が思うままに執行できる専制をもたらすとして、君主制や貴族制に親和性を持つ共和主義を推奨した。

こうした流れを受け経済思想の分野では、ヒュームやスミスが市民に徳(civic virtue)を求める共和主義と、隆盛を誇りつつあった商業主義とを融和させる工夫を行なった。法の支配と権力の分立を説き民主主義に対する批判をも意図する本書は、共和主義と市場経済の両立を図った彼らに連なる試みだと言える。

2009年10月9日

井上寿一 『吉田茂と昭和史』 (講談社現代新書)

Filed under: 近代日本 — 万年初心者 @ 06:00

今年の6月刊。

『昭和史の逆説』(新潮新書)と同じ著者。

上記本の読後感が大変良かったので、これも読む。

吉田茂の視点から見た日本現代史。

伝記とは言えず、第1章が1927年の奉天総領事時代からいきなり始まっている。

以後、最小限のポイントはきちんと突いた記述が進む。

外交面における<自立>と<協調>、経済面における<自由>と<統制>という二つを認識軸に吉田と他の政治家の立ち位置を評価する。

同時代人の日記などを引用して当時の世論の傾向を描写しているが、その中では山田風太郎の記している感想がなかなか面白かった。

内容はまあまあ。

高坂正堯氏の『宰相吉田茂』(中央公論社)よりは初心者にとって読みやすい。

入門書として読んでも無駄にはならないでしょう。

以下、終戦から55年体制成立までの内閣と保守政党に関する個人的メモ。

1945年 8月   東久邇宮稔彦王

10月   幣原喜重郎

1946年 5月   吉田茂(自由党)第一次

1947年 5月   片山哲(社会党)

1948年 3月   芦田均(民主党)

10月  吉田茂(民主自由党)第二次

1949年 2月   吉田茂(民主自由→自由党)第三次

1952年 10月  吉田茂(自由党)第四次

1953年 5月   吉田茂(同上)第五次

1954年 12月  鳩山一郎(民主党)

1955年 11月  自由民主党結成。

1951年9月のサンフランシスコ講和会議と日米安全保障条約調印がこの時期の最大の出来事で、その前後関係を常に意識。

同一人物が連続して在任している場合の「第何次」内閣というのは基本的に憶えないでいいと思うのですが、以上の吉田内閣については例外かとも思うので一応書き出しました。

戦前は、確かこの種のことは、1940年7月~41年7月の近衛文麿第二次内閣と続いて41年10月までの近衛第三次内閣しか無いはず(ちなみに次が東条内閣)。

(と思ったが、ひょっとして加藤高明内閣もそうか。与党が護憲三派から憲政会単独に変った時に第2次内閣と数えるのかな。)

自民党ができるまでの戦後保守政党の系譜もややこしい・・・・・・。

似たような名前が多すぎる。

旧政友会系が、45年11月日本自由党(鳩山・吉田)→48年3月民主自由党(吉田)→50年3月自由党(吉田)(→53年3月鳩山が離党、日本自由党結成。)

旧民政党系が、45年11月日本進歩党(町田忠治)→47年3月民主党(芦田均)→50年4月国民民主党→52年2月改進党(重光葵)→54年12月民主党(鳩山)。

55年11月に緒方竹虎の自由党と鳩山一郎の民主党が合同して自由民主党結成、初代総裁鳩山一郎。

2009年10月6日

岩間陽子 『ドイツ再軍備』 (中公叢書)

Filed under: ドイツ, 国際関係・外交 — 万年初心者 @ 06:00

ドイツ再統一から三年後、1993年刊。

著者は京都大学法学部出身で、高坂正堯先生の弟子。

カテゴリはドイツではなく、国際関係・外交にします(追記:やはりタイトルに「ドイツ」とあるのに入れないのは妙な気がするので、「ドイツ」カテゴリにも入れました)。

1945年のドイツ敗北から1954年のパリ協定締結、翌年の協定発効・西ドイツ主権回復とNATO加盟までを扱った国際関係史。

冒頭、西ドイツの反共意識の原点となった、ソ連兵による性暴力のかなりえぐい描写がありますので、心臓の弱い方はご注意。

戦後の米ソ対立によって1949年東西ドイツが分立、同年NATO結成。

1950年朝鮮戦争勃発で東側軍事力への懸念がアメリカと西欧諸国の間で高まり、西ドイツの軍事的貢献を求める意見が出る。

しかしフランスを中心にドイツの潜在的脅威に対する恐れも依然広く持たれており、ソ連に対抗すると同時にドイツの脅威も顕在化させない「二重の封じ込め」を意図して、ヨーロッパ防衛共同体(EDC)という超国家的統一欧州軍構想(プレヴァン・プラン)が提出される。

西ドイツ単独の軍備を許容するのではなく、この機構の中に西ドイツを制約付きのジュニア・パートナーとして組み込む構想であった。

しかし西ドイツでは、再軍備自体と52年に最晩年のスターリンが行った、必ずしも宣伝・攪乱目的とは断定できないドイツ統一に関する交渉の提案に対する賛否をめぐって、国内対立が起きる。

ドイツの西側同盟への組み込みを最優先するキリスト教民主同盟(CDU)右派指導者で首相のアデナウアーに対し、いずれも強い反共信念を持ちながらソ連との交渉の道を閉ざさないことを主張したCDU左派のヤコブ・カイザー、グスタフ・ハイネマン、社会民主党(SPD)党首クルト・シューマッハー、西ベルリン市長エルンスト・ロイターが対峙する。

結局1954年フランス議会が批准を拒否したことにより、EDC構想は挫折する。

(当時のフランス首相はインドシナ戦争のディエン・ビエン・フーでの敗北を期に就任したマンデス・フランス。アデナウアーは彼がソ連と「中立・非武装のドイツ」を材料に取り引きをする意図があったのではないかと強い疑念を抱いていたそうだが、著者はそれを否定している。)

同年、48年に締結されていた西欧連合(WEU)条約(ブリュッセル条約)に西ドイツを加盟させ、それにおいて西ドイツの軍備管理と制限を課すという条件で同国の主権回復とNATO加盟を容認するという妥協案が、第二次チャーチル政権の外相イーデンから提出され、事態はその通り進展し、パリ協定が締結される。

翌55年に協定が発効し、56年に西ドイツで一般兵役義務法が可決される。

以上が大体のあらすじです。

これはかなり面白い。

冷戦初期の非常に重要な時期についての外交史としては相当の名著。

西ドイツ国内の諸勢力の主張、米・英・仏・ソ・その他諸国の立場が非常に明解に説明されており、すっきりと理解できる。

『アデナウアー回顧録 1』『同 2』と併読すれば効果大。

高坂先生の『現代の国際政治』あたりの戦後国際政治史概説を一冊読んだら、是非取り組むことをお勧めします。

2009年10月3日

引用文(ヤスパース3)

Filed under: 引用文 — 万年初心者 @ 06:00

前回記事の続き。

 

彼は知性に唯一の故郷を見いだしている。知性のなかで彼は快感をおぼえるが、それは、知性においては、一切を、思考する運動のなかで他者として把握することだけが、課題だからである。彼は、一切を混同する。彼には、<自己であること>が欠けているために、決して科学をわがものとして獲得することができない。彼は、科学への迷信から科学と闘う迷信まで、いつでも状況しだいであちらこちらと動揺している。

 

彼の情熱は論争である。彼は決定的な言葉を用い、徹底的な立場をとるが、しかもそれらに固執しない。他人の語ることを、彼は受け入れる。彼は、自分の語ることも正当で、ただ、これを付け加えあれを言いかえなければならないだけなのだと、誰にでも申したてる。彼は、他人にまったく同意しておいて、そのあとでは、そんなことが全然語られなかったかのように行為する。

 

詭弁家は、その人にとっては知性がそれ自体であるのでなく現象する存在の媒体であるような、自己である相手にぶつかると、際限なく動揺する。その場合、彼には彼の現存在の妥当性が侵害されるように思えるものだから、彼は極端に昂奮し、たえず視点をずらしていき、次々に別の論争分野に踏みこみ、ある瞬間には完全に客観的な即物主義を強調して、しかもそのあとすぐに自分では情緒的になる。彼は、ひとつの公式に自分を一致させようとして、まるでそこに真理が存するとでもいったように、迎合する。彼は、いま哀れっぽくもちかけているかと思えば、もうこんどは激昂している。何ごとにおいても、連続性というものがない。しかし、彼にしてみれば、全然目だたないでいるよりは、壊滅的に解体される方がましなのである。

 

詭弁家にとっては、一切を合理的に取りあつかいうるということが、生活条件である。彼は、思考方式、範疇、例外なき方法のもろもろを採用するが、それはもっぱら話術形式としてであって、認識作用の内実豊かな運動としてではない。彼は、論理的に周知の手段で瞬間的な成果をめざすために推理式的論理一貫性で考え、語られているものが何であろうとそれを才気縦横に反対命題に転換させるために弁証法を使用し、なんら事態に接近することなしに直観や実例をねらい、平明な理解しやすさをねらうのであるが、それは彼が修辞学的な効果をおさめることを考えて、洞察を意に介しないからである。彼は、他のすべての人々の忘れっぽさをあてにしている。彼の修辞学的断定性のパトスは、彼を捕えるかもしれないすべてのものから、のらりくらりと逃げることを彼にゆるしてくれる。彼は、気の向くままに是認したり否認したりする。彼が語ることは、時の進行にたえて立っている建築物を欠いたひとつの遊戯であり、彼との交わりは、底なしの淵に落ちこむことである。何ひとつ生い育たないが、それは彼が出まかせに、おしゃべりをしているのだからである。彼と関係することは、自己浪費を意味する。全体的に見て、彼はみずからの無の意識に、不安に満ちてつらぬかれており、それでいながら、彼を存在にもたらすような飛躍をおこなおうとは欲しないのである。

 

このような描写は、つづけていけば際限がない。それらは、われわれをそれに変化させるためなのか、われわれを現存在から排除するためなのか知らないが、隠密のうちに一切を横領したがっているひとつの無名の力をめぐって、巡回しているのである。

2009年10月2日

引用文(ヤスパース2)

Filed under: 引用文 — 万年初心者 @ 06:00

カール・ヤスパース『現代の精神的状況』(理想社)より。

 

顛倒というものについてのいかなる特定の把握も、単純すぎる。なぜならば、詭弁的な現存在の顛倒は、ひとつの普遍的なものだからである。それが捉えられるところでは、それはもうすでに変化してしまっているのである。詭弁家の可能性は、現存在秩序に関しては、現存在における人間の未来に対する無名的な警告として産みだされるものであるが、そうした詭弁家は、間断なく顛倒することとしてしか描かれることができない。定式化されるときに詭弁家が受けとる特徴は、つねに、もうすでに規定されすぎているのである―――

 

詭弁家は、外見上どれほど自然的に見える自明性においても、自分はそこには決していない。すべてに通暁していて、彼はあらゆる可能性を、或るときはこれ、或るときはそれと、任意につかむのである。

 

彼はつねに自分が共働者であることを示す。なぜなら、彼はその場に居合わせることを欲するから。重大な衝突となると、かれはそのことごとくを避けようと努め、それをどんな平面においても明瞭な現象とならせまいとする。全面的なつながれ方をしているというヴェールをかぶりながら彼が欲しているのは現存在だけであって、より高い性質のものになろうとすることから、同一水準にある他の人々に反対して、問いを出していく運命の戦いに入っていくところの、あの真の敵対性をもつ能力は彼にはないのである。

 

すべてのものが彼に反対するところでは、その波が過ぎ去ったときふたたびそこにあることを期待して、彼は屈して従うことができる。一切が見こみなく見えるときでも、なおそこに有利な道を見いだすことが、彼には可能になる。彼はいたるところに関係をつける。そして、彼は、ひとが彼を愛顧して昇進させるしかないように自分を示す。彼は権力がそこで彼に出会うところの、経営のなかでは従順である。だが、もはや権力がないとなると、獰猛で不忠実である。何の代価もはらわないでいいところでは激情的であり、みずからの我意が挫かれるところでは感傷的である。

 

彼が優勢になり確固たる地位を獲得すると、いましがたまで卑屈であったその彼が、存在である一切のものに対して、俄然、攻撃的になる。憤怒の衣服をまとって、彼は人間の高貴さに彼の憎悪を向ける。なぜならば、彼の身に何が起ころうとも、彼はそれを無のなかに止揚するのだから。無の可能性の前に立つ代わりに、彼は無を信じているのである。彼に迫るものは、どんな存在に直面しても、それが無であることを彼流に確信することである。彼がすべてをわきまえていようとも、畏敬とか羞恥とか忠誠とかが彼に無縁なのは、このことに由来する。

 

彼は根底的な不満に激情的に身を投じ、忍耐のヒロイズムを思わせるゼスチュアをする。実存なきアイロニーの態度には、彼は達者なものである。

 

・・・・・

決してまともな相手ではなく、彼は名乗って出ることはないし、すべてを忘れ、口ではいつも責任を言うくせに内的責任というものはまるで知らない。彼には無条件的なものの自主性が欠けており、しかも彼には非存在の無拘束性が残っていて、その点に、瞬間的で任意に取りかえる主張の強引さがある。

2009年10月1日

引用文(ヤスパース1)

Filed under: 引用文 — 万年初心者 @ 06:00

カール・ヤスパース『現代の精神的状況』(理想社)より。

 

・・・・・単なる現存在秩序が相対的で自由が超越的存在の前では無であるという真なる意識が、一切のものを否定することに変化させられてしまう。現存在によっては中和されえない<固有現存在>の不満のひそかな毒が、行動し労働することとしての生活の代わりに、否定的に罵ることとしての生活を産み出す。

 

この毒におかされると、私は本来的には、いつでも一切がいま現にあるのとは別であってくれることばかり欲し、いつでもかかわりになることだけはしなくてもよいように脱走することばかり欲するのである。

 

時代や情勢についての正当といえる批判が、それらのなかで人間が脅かされているがために、ひとつの楽しい懐疑的滅却になる――あたかも「否」を言うことが無能力者たちにとって、れっきとした生活であるかのように。

 

世界を粉砕する――そのとき生ずるものは、これまた価値ある何ものかであろうが、どのみちそれも粉砕される羽目にならざるをえない――それがこの「否」の気楽な態度なのである。

 

しかし、本能的な生命衝動のために、ひとは無としてでもとにかくその人自身でありつづけたいと欲する。ひとは、その根において所詮は嘘であるところの、仮借ない真実性を装う。時代意識において百年このかた考えられてきたすべてのものが、この否認的に思ったり言ったりすることの箔として役立つに相違ない。

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