万年初心者のための世界史ブックガイド

2009年9月28日

森護 『スコットランド王国史話』 (中公文庫)

Filed under: イギリス — 万年初心者 @ 06:00

『とびきり哀しいスコットランド史』の記事で名前を出したこれを通読。

大修館書店から単行本で刊行されたものの文庫化。

中身は非常に細かい王統史。

一人の国王も省略することなく、ひたすら王家の系図を辿っていく叙述。

こういう形式の歴史書を時代遅れとして馬鹿にする人がいるが、私はそうは思わない。

『ヴィクトリア女王』の記事でも書きましたが、初心者の第一歩としてはそれが一番適切である。

スコットランド史の人物と言われて、誰一人思い浮かばないような状態ならば、物語風の国王たちの歴史を読むことくらいから始めるしかない。

とは言え、すべての国王名を憶えるのはまず不可能。

よって、顕著な功績のあった君主か、イングランドとの関係上転機となったときの国王のみを憶えることになるでしょう。

以下、私的メモ。

ローマ帝国外にケルト系ピクト族が活動。

私はこのピクト族がスコットランド人に直接繋がると思っていたが、ローマ崩壊後隣接するアイルランドから渡って来た同じケルト系のスコット族が民族名の由来。

839年ケニス1世がピクト・スコット連合の王位に就きアルピン王家創設。

直系男子による継承が確立しておらず、王位は非常に不安定。

11世紀、マルカム2世が領土拡張と継承方式の確立を目指す。

1034年当時のイングランド王クヌートに通ずる勢力によりマルカム2世が殺害された後、孫のダンカン1世が即位、アサル王家樹立。

ダンカン1世が、シェークスピアの作品で有名な、従兄弟のマクベスに殺害され王位を奪われる。

ダンカンの息子マルカム・カンモーがマクベスを敗死させ、マルカム3世として即位。

この人は非常な名君だったようで、多くの紙数が割かれている。

ちなみにマルカム3世の治世中、1066年ノルマン・コンクェストでイングランドはノルマン朝統治下へ。

以後マルカムの息子たちが順に王位を継ぐが、末弟のデイヴィッド1世が特筆されている。

父と同じくイングランドの文化・制度を移入し、行政・司法制度の整備、貨幣鋳造、自由都市(バラ)の建設など数々の業績を挙げる。

13世紀末、アレグザンダー3世の落馬・事故死をきっかけにアサル王家断絶。

ウェールズを併合して意気上がるイングランド王エドワード1世が王位継承に介入、傍系のジョン・ベイリャルが即位。

傀儡扱いに耐えかねたベイリャルがフランスと結んで反抗すると、エドワードはスコットランドに侵攻し、ベイリャルを廃位。

イングランド支配の中、ウィリアム・ウォリス(ウォーレス)が蜂起するが鎮圧される。

元親イングランド派のロバート・ドゥ・ブルースが反旗を翻し、イングランドに大勝、独立を回復し、ロバート1世として即位、ブルース王家樹立。

ロバート死後、ベイリャル家・ブルース家の非力な王が続いて在位するが、実質的にはイングランドのエドワード3世の支配下に置かれる。

ペスト大流行、百年戦争の膠着状態のおかげで何とか独立維持。

1371年ロバート1世の娘とステュワート家の男子との間に生まれたロバート2世が即位し、ステュワート(ステュアート)王家が始まる。

ここまで来ると、ああやれやれという気分になる。

以後は面倒なので端折りますが、ロバート3世、ジェームズ1世~5世、メアリ・ステュアート、ジェームズ6世(エリザベス1世死後、イングランド王ジェームズ1世に)という順の国王の個性と治世のあらましがよくわかる記述になってます。

宗教改革の浸透が反イングランド色の濃かったこの国に親イングランド派の楔を打ち込んだとか、ジェームズ1世以後の国王で成人後即位した人物がおらず摂政設置時期と王権拡張期が繰り返され、その中で貴族層の内乱が絶えなかったことなどを押さえておけばよいでしょう。

通読するのに少々骨が折れるが、内容はなかなか良いです。

ちょっと細かな家系図に深入り過ぎかと思われる部分もありますが、叙述形式自体は悪くない。

最初に触れた『とびきり哀しいスコットランド史』を事前に読む必要はなく、いきなり本書から入るべき。

もし読むのなら、『とびきり~』の方は本書の記述を踏まえて各国王がどのように評価されているかを確認したり、ごく大まかな復習のために事後に読むといいでしょう。

基本的に初心者は、本書以上に詳しいスコットランド史は不要でしょう。

これ一冊あれば用は足ります。

広告

WordPress.com Blog.

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。