万年初心者のための世界史ブックガイド

2009年9月14日

塩野七生 『ローマ亡き後の地中海世界 下』 (新潮社)

Filed under: イタリア — 万年初心者 @ 06:00

上巻に続き、即この下巻に取り組む。

しかし、だるい・・・・・。

気乗りしないまま、380ページ超の分量をこなすのは辛い。

ついだらだらサボりがちになり、読み終えるのに一週間かかった。

本書の叙述対象範囲もかなり狭く、実質16世紀初頭から1571年レパントの海戦までの西欧とオスマン・トルコ関係史。

海洋民族ではなかったトルコがその海軍力の多くを依存したのはやはり北アフリカの海賊たち。

「赤ひげ」というあだ名の方が有名になったハイルディーンなどの海賊がイタリア半島・シチリア島・サルディニア島・コルシカ島・南仏・スペインを荒らしまわる。

近世初頭、大航海時代真っ只中のこの時期でも、ヨーロッパ側が一方的守勢に立ち、甚大な被害を蒙っていたことに驚く。

中学までの歴史教育でのイメージだと、1500年を境に世界が一変して、西欧が圧倒的優位を保ちながらアジア・アフリカを次々と植民地化していくという印象があるが(私はそうでした)、実際には、南北アメリカの先住民は確かに為す術なく衰退・屈服してしまった一方、オスマン朝、サファヴィー朝、ムガル朝、明および清朝という近世初頭におけるユーラシアの四大帝国の繁栄の前にはヨーロッパは全く手が出せなかったわけである。

オスマン帝国の公認を得た海賊たちに立ち向かったのは、ジェノヴァ出身で後にスペイン海軍総司令官に就任した名将アンドレア・ドーリアと、国家として最も組織的に海賊退治に取り組んできたヴェネツィア共和国海軍。

上記と同じようなステレオタイプのイメージだと、大航海時代に入るとイタリアの都市国家はスペイン・フランス・イギリスなど諸大国の圧迫を受け、即座に没落した印象があるが、これも必ずしも正しくない。

中谷臣『世界史A・Bの基本演習』から引用すると

このルネサンスを担ったイタリア都市が「地理上発見」「商業革命」によって、またたくまに衰退するのではない。15世紀までの資本の蓄積があり、危機に対しては毛織物・絹織物・ガラス工芸・出版業・・・・・の振興で対処した。16世紀後半には香料貿易も再燃し、建築ブーム・宝くじブームが起こった。レパント海戦の勝利者にヴェネツィア艦隊もあったことを想起されたい。

とある。

この時代の背景として、イタリア五大国(ミラノ公国・ヴェネツィア共和国・フィレンツェ共和国・ローマ教皇領・ナポリ王国)の名と位置関係は押さえておくべき。

(これは高校世界史の範囲内なので確実に。なお五大国にジェノヴァが入っていないことにご注意。)

16世紀中にミラノとナポリはスペイン勢力下に入り、トスカナ大公国と変わったフィレンツェは統治者のメディチ家がスペインの支援を受け、反宗教改革を遂行するローマ教皇も同様といった次第で、独立を維持したのはヴェネツィアだけで、イタリアは実質スペインの支配を受け、18世紀初頭スペイン継承戦争後はオーストリアに統治され、それが19世紀イタリア統一運動の時代まで続くことになる。

こういう経緯を知るには、やや煩瑣な部分もあるが、モンタネッリの『ルネサンスの歴史』が適切と思われます。

当時のスペインおよびオーストリア統治者で神聖ローマ皇帝だったのはカール5世(カルロス1世)であり、それに対峙したのはフランス国王フランソワ1世だが、本書ではこの両者に対する評価ははなはだ低い。

カール5世については、例えば、イタリアの完全支配の妨げとなっているヴェネツィアを利することを避けるため、1538年プレヴェザ沖の海戦でスペイン海軍司令のドーリアに不可解な消極策を取らせたことなどが批判されている。

このプレヴェザ海戦はオスマン帝国全盛期にスレイマン1世の治世を飾る勝利として高校教科書にも載っているが、どうも奇妙な海戦で、キリスト教徒側とトルコ側が真正面からぶつかってキリスト教徒側が惨敗したという感じではない。

西欧側海軍の構成は、スペイン・ヴェネツィア・ローマ教皇と、後のレパント海戦と同じ顔ぶれだが、少しの小競り合いがあった後、ドーリア率いるスペイン艦隊が撤退し、やむを得ず他の海軍も戦線を離脱したという状態で、キリスト教徒側の損害は大きくはなかったが、その心理的敗北感とトルコへの恐怖は大きく、以後海賊がますます跋扈することになる。

フランソワ1世に至っては、スペイン・オーストリアのハプスブルク帝国に対抗するためトルコと軍事同盟を結び、海賊行為を黙認することさえした。

1565年トルコ軍がマルタ島の攻略に失敗したことなどから、西欧とトルコとの力関係に変化が生じ、1571年有名なレパントの海戦が闘われる。

西欧側でこの海戦に参加した、当時の戦艦(この「戦艦」は軍艦の中の一艦種の意味)であるガレー船の数を並べると、ヴェネツィア110隻・スペイン72隻・教皇12隻だそうです。

これだけ見ても、ヴェネツィアがイタリア都市国家の中であらゆる意味で別格の存在なのがわかります。

レパントでの勝利によってヨーロッパの心理的余裕が回復され、海賊への抵抗が活発化し、その被害が軽減されていくことになるところで、本書の幕は閉じます。

あれこれメモはしたが、やはりあまりいいとは思えない。

著者は同じ時代を扱った自著のうち、『コンスタンティノープルの陥落』『ロードス島攻防記』『レパントの海戦』を微視的な、『海の都の物語』をヴェネツィアを中心にした巨視的著作として、本書を地中海全般に目配りした作品と説明しているが、良さが感じ取れない。

以上挙げた著作と他の材料を適当に混ぜて薄めた本といった感が拭えない。

発売から8ヶ月ほど経って、図書館での予約も減り始めた頃だろうから、買わずに借りるだけでいいでしょうし、そもそも無理して読むこともないかもしれません。

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