万年初心者のための世界史ブックガイド

2009年9月11日

塩野七生 『ローマ亡き後の地中海世界 上』 (新潮社)

Filed under: イタリア — 万年初心者 @ 06:00

去年の年末にこの上巻が出て、今年初めに下巻が出ました。

一昨年まで続いた『ローマ人の物語』の続編を思わせるようなタイトルで装丁もそっくり。

私は途中から『ローマ人~』の単行本は買わなくなって、今は文庫版で揃えており、現在読んでいるのは単行本の12巻に当たる『迷走する帝国』までです。

(次の『最後の努力』が最近文庫化されましたが、私は未読。)

そのシリーズを読み終えてないのに、続編を先に読むというのも変な感じがしますが、あまり気にせず手に取る。

内容は、タイトルが与える印象ほどの網羅性は無いです。

古代末期以後の地中海世界全域の通史では全くなく、実質8世紀以降のイタリアとイスラム化された北アフリカとの関係史。

よってカテゴリは、ヨーロッパではなくイタリアで。

イスラムの海賊による被害に苦しめられるキリスト教世界の様相が主要テーマ。

読み進めていくと気付くのが、イスラム側の記述で王朝名がほとんど出てこないこと。

9世紀のイスラム教徒によるシチリア島征服について、この本の中盤で多くの紙数が割かれているが、これを遂行したチュニジアの都市カイラワーンのイスラム勢力は後藤明『ビジュアル版イスラーム歴史物語』によるとアグラブ朝という実質独立王朝のはずだが、本書ではただカイラワーン総督として名が出るだけ。

と言うか、そもそもウマイヤ朝やアッバース朝の名前すら出てこない。

9世紀、10世紀の西ヨーロッパはシャルルマーニュ死後の分裂期だが、本書で時々言及される国王が西フランク、東フランク、イタリアのどの王なのか不分明な場合があるし、ヴェルダン条約・メルセン条約についての説明もなし。

高校世界史では普通「神聖ローマ帝国」は962年オットー1世に始まるドイツ帝国を指すが、本書では800年シャルルマーニュの西ローマ帝国復興に使用していることに何とも言えない違和感。

以後、アマルフィ・ピサ・ジェノヴァ・ヴェネツィアというイタリアの四大海洋都市国家の台頭、イングランドのノルマン・コンクェストと同じ11世紀に行われたノルマン人によるシチリア奪還、仏国王ルイ9世による第7回十字軍のチュニジア攻撃などの記述に進む。

最後にイスラムの海賊に北アフリカに拉致され、奴隷として酷使されたキリスト教徒を身代金を支払って解放することを任務とした修道会と騎士団のことが多くの興味深いエピソードと共に叙述されている。

このうち前者の熱心な後援者としてインノケンティウス3世の名が挙げられているが、これはこの教皇の意外な一面を堀米庸三『正統と異端』とともに示してくれている。

通して読むと中世にヨーロッパがイスラムから受けた被害の大きさに驚かされる。

著者がヨーロッパ側の視点に立っているからでもあろうが、一般的イメージとして定着しておらずあまり知られていない史実の一面を教えてくれるのは貴重ではある。

あと、全般的に言えることとして地図が多い。

似たような地図が何度も載せられており、好意的に見ればいちいち前のページに戻らなくても済むように関連文のある部分にはその都度掲げてくれているということでしょうが、巻末にある30ページにおよぶ海賊見張り塔のカラー写真集と並んで、ひょっとしてページ数稼ぎと価格上乗せ策じゃなかろうなという意地の悪い憶測が心に浮かんでしまう(本書は3150円もします)。

11世紀に十字軍・レコンキスタ・「商業の復活(商業ルネサンス)」・ドイツ東方植民など西ヨーロッパの反撃が始まる前、イスラムに対して一方的守勢に立っており、中世が真に暗黒時代であった頃のイタリアの状況概略を知るという限定された目的のためとすれば、比較的よく出来ていると思う。

相変わらず著者のストーリー・テラーとしての能力は大部を飽きさせずに読ませる(私は二日で読めた)。

しかし著者の専門であるイタリア以外の史実の扱われ方は非常に断片的でわかりやすくないし、得たものはほとんど無い。

周辺的テーマに紙数を割けないと言われればその通りかもしれないが、それを考慮しても物足りない。

『ローマ人~』というドル箱シリーズを手放してなるものかという出版社の嫌らしさを感じる。

そういう版元に推されて無理して書き下ろした結果、十分な内容を伴わなくなった本という印象が否めない。

(ちょっと言い過ぎかもしれませんが。)

すぐ続けて下巻も読むと思いますけど、是非読むべき本だとは思えませんでした。

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