万年初心者のための世界史ブックガイド

2009年7月29日

松本重治 責任編集 『世界の名著40 フランクリン ジェファソン マディソン他 トクヴィル』 (中公バックス)

Filed under: 思想・哲学 — 万年初心者 @ 06:00

「世界の名著」の通し番号40というのは中公バックス版のもので、ハードカバー版だと違うかもしれません。

この巻の中身は、フランクリンの『自伝』、ジェファソンの『独立宣言』や書簡、ハミルトン・マディソン・ジェイの『ザ・フェデラリスト』抄訳、トクヴィルの『アメリカにおけるデモクラシーについて』抄訳。

以上のうち、フランクリンとジェファソンはそもそも読む気が起きず、『ザ・フェデラリスト』は岩波文庫で別の抄訳を読んでいるので、結局通読したのはトクヴィルの部分だけです。

このトクヴィルの主著は以前から必ず読まなきゃいけない本だなとは思っており、講談社学術文庫版の『アメリカの民主政治 上・中・下』と岩波文庫版の『アメリカのデモクラシー 全4巻』を手に取ったことはあるのですが、なにぶん大部の著作のため挑戦するのを躊躇してきました。

本書では、1部・2部構成の原著のうち、全体の序文と結語および第2部の全10章から6~9章を訳出して、100ページほどにまとめてある。

全体のからすればほんの抄訳に過ぎないが、民主主義に内在する「多数の専制」という危険と、当時のアメリカ社会がそれをある程度抑えることに成功していた要因である、法律家集団という擬似貴族層と強固な宗教的信念の存在について述べているキモの部分とのことらしいので、読めば極めて有益だと思います。

アメリカほど一般に、自主独立の精神と真の言論の自由(が支配すること)の少ない国を私は知らない。・・・・・・アメリカでは、多数が思想にきびしい枠をはめている。その範囲内では、文筆にたずさわるものは自由であるが、あえてそれからはずれようとすると災難である。火あぶりの刑の恐れはないが、あらゆる種類の不快と、日々の迫害の的となる。政界での活躍の途は封じられる。それを開きうる唯一の権威を傷つけたからである。名声にいたるまで、すべてのものが拒まれる。その意見を公表するまでは味方がいると信じていたのに、すべての前に自己を明らかにしたいまでは、もはや味方はいないかに見える。非難する人々の声は高く、見解を同じくする人々は、それを公表する勇気に欠け、沈黙して遠ざかるからである。彼は譲歩し、そしてついには日々の営みに身を屈し、あたかも真理を語ったのを悔いるかのように、沈黙にかえる。

鉄鎖と死刑執行人、これが往時の圧制の粗野な用具であった。(君主)専制に、もはや何も学ぶ必要がないかに見えていたのであるが、今日では文明によって専制までが完璧になった。君主は、暴力を、いわば物理的に(使用)した。(これに対し)今日の民主的共和政は、みずからが抑制したいと思う人間の意思が理知的になるのとひとしく、暴力を知能的にした。個人の絶対支配、すなわち、専制は、人の魂にまで立ち入るために、肉体にはげしい打撃を加えた。魂はその打撃を逃れて、肉体を超えて輝かしく高揚した。しかし、民主的共和政では、圧制の過程はこれと全く違う。肉体を措いて、直接、魂に向かう。主人は「私と同じに考えろ。でなければ殺されるよ」とはもういわない。「おまえが私と同じ考えでないのは自由だ。生命にも、財産にも、すべてに異状は生じない。しかし、私に楯ついたその日から、おまえは異邦人だ。市民としての特権が依然としてあるが、そんなものは無用になる。選挙において同胞の支持を求めても、誰もおまえを支持はすまい。自分を認めてくれるだけでよいといっても、同胞は口実をもうけて拒むだろう。おまえは社会には住むが、人としての権利を失うであろう。仲間に近づこうとしても、仲間は何かけがらわしいものかのようにおまえを避けるだろう。無実を信じる人々でさえ、おまえを見捨てるだろう。さもないと、今度は自分が忌避されるから。安心して行け。おまえの命はとらぬが、その日々は死よりも辛いことだろう」という。

絶対君主政は専制を不名誉にした。民主的共和政がそれを復権させ、少数の人々にはこれを重い負担とする一方、大多数の眼にはその忌むべき堕落の様相をおおいかくす。そんなことにならぬよう注意しよう。

旧世界の最も誇り高い国々では、同時代人の道徳的な欠陥と滑稽な言動とをありのまま描くような著作が公刊された。ラ・ブリュイエールが大貴族の章を書いたときには、ルイ十四世の宮廷に住んでいた。モリエールは廷臣の前で演じられた劇の中で宮廷を批判した。しかし、合衆国を支配する力は、このような戯れを決して望まない。わずかの非難にさえ傷つき、少しでも痛いところをつかれると猛り立つ。言葉つきから最も堅固な志操に至るまで、すべてを称賛しなければならぬ。すべての作家は、その名声がいかに高くとも、同胞市民を称える義務から免れることができない。多数は常に自讃の中に生きている。・・・・・・

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