万年初心者のための世界史ブックガイド

2009年7月14日

エミール・レーデラー 『大衆の国家 階級なき社会の脅威』 (創元社)

Filed under: 思想・哲学 — 万年初心者 @ 06:00

この記事で触れた中嶋嶺雄『国際関係論』(中公新書)の末尾に、国際関係論基礎文献というブックガイドがあり、そこでの必読書30点の中で政治思想分野で挙げられていた4冊のうちの1冊として本書の存在を知る。

(他の3冊はバーナード・クリック『政治の弁証』、ハンナ・アレント『革命について』、ホセ・オルテガ『大衆の反逆』

著者はドイツの経済学者で、一時日本で教鞭を取っていたこともあり、ナチ政権成立後アメリカに亡命、本書刊行の一年前の1939年に死去している。

この人の名前は以前から知っていたはずが、それはたぶん90年代初めに出た、ハンス・ファーレフェルト『儒教が生んだ経済大国』(文芸春秋)というドイツ人が書いた日本論の中での引用で知ったのかなとも思う。

(あるいは勘違いで、カール・レーヴィトと混同しているのかも。)

まず、ハンス・スパイヤーという人の書いた序文が本書の論旨を的確かつ平明に述べてくれているので、飛ばさずに熟読しましょう。

サブタイトルが本書の内容全てを語っています。

階級や身分が消滅し、人々が教会・組合・地域社会のしがらみから解放され、平等な個人として生きていくことができるようになると聞けば、我々は皆「そりゃ結構なことだ、それこそ民主主義だ」と思う。

しかし、そうした個人の原子化と社会集団の消滅こそがファシズムの勝利の大前提であったと著者は主張する。

様々な身分・階級・社会集団・中間組織が国家内に存在し、それらが相互の抑制と均衡のうちに共存することが自由の保障となっていた。

しかし、近代化によってそれらが解体した後出現した、「自由で平等で自立した個人」は、19世紀の社会主義者の理想主義的考えに反して、バラバラに孤立し、暴力的で不安定で、煽動に対する抵抗力をほとんど持たない群集に過ぎなかった。

この種の情緒的な群集の熱狂によって成立した独裁政治は、社会に残存するあらゆる集団を原子的個人に溶解し、一切の対抗勢力を持たないため、これまで存在したいかなる専制政府よりも、桁違いの暴虐をもたらす。(ジョージ・ケナン『二十世紀を生きて』等参照)

その意味で、著者はこのような恐るべき「大衆国家」を、封建主義から民主主義に至る全ての政府から区別し、社会における階層制の意義を強調する。

(本書ではスターリン主義下のソ連も大衆国家の枠内に入れているようである。)

ここで考えるのが、独伊に比べてより民主化されていたと一般的には思われる米・英・仏がなぜファッショ化をとりあえずは避けえたのかということ。

平板な個人主義と平等主義に対する懐疑という著者の問題意識にブレは無いはずなので、英・仏における隠微な階級意識や米国の根強い宗教感覚などの要因が歯止めとなったのか、それとも独伊が社会の平準化においてそもそも米英仏と大差は無く、別の要因や偶然が運命を分けたと見なしているのかなどということが思い浮かぶが、結局よくわからない。

よく読めばこの点における著者の主張も本書に含まれているのかもしれないが、私には明確に読み取れなかった。

なお、本書で解剖されている実例は主に独伊両国だが、わずかながら日本についての言及もある。

そこでは、同じ枢軸国であっても、日本には確固とした諸階層が存在し、(一般的通念からすると逆説に聞こえるが)十分に民主化されていなかったがゆえに完全なファシズム国家になることを免れているという意味のことが書かれている(と思う)。

この記述は非常に興味深い。

平等化された民主主義社会が、ある意味前近代社会よりも脆弱であり、全体主義化の危険がダモクレスの剣のように常時頭上にぶら下がった状態であることを教えられる。

以上大雑把な内容を書き出してみましたが、上手くまとめられませんね・・・・・。

実際読んで頂いて、私の誤読や重点の置き方のおかしな点を訂正して下さればいいのですが、この翻訳が出たのが1961年ですので、もう半世紀近くにもなり入手もやや困難ではないかと。

これは岩波文庫か中公文庫に収録されて常時在庫されてしかるべき本じゃないでしょうか。

出版不況で大変だとは思いますが、こういう良書が少しでも新刊販売のルートに乗って欲しいです。

なお、以下の引用は本書の主要な論点からは外れるかもしれませんが、印象に残った記述です。

以上で、民主主義も一つの教義にまで堕落しやすい政治体制であることがわかった。民主的な教義というものは、ふつう抽象的なもので、平等と自由の原則をもてあそび、忠誠な市民と政治的な無頼漢の自由との区別を忘れて、もっぱら形式的にこれらの原則を説明する。

あらゆるひとに自由に考え自由に行動することを許す民主的方法は、政治的にいえば、市民は理性的存在であって何事も知っており、明確な判断力をもち、本質的には慈悲深く寛容で共同の善を欲するのだという、十八世紀的信念のうえにたっていた。しかし、さらに悪いことには、利己的な目的の追求が個人的利害と公共の利益との完全な調和にみちびくという、仮説を信奉していたことである。民主主義は、市民というものが、自由主義制度を利用しさえすれば、だれでもそのうえに自由に書き込むことのできるいわば一枚の白紙であるということを悟らなかった。

要するに民主主義の目的は、「なんとしても国内の平和を維持する」ところにあると説明されたのだ。政治的集団が国家内でほとんど最高の権力的地位を獲得し、民主的な諸政党も敵との戦いを拘束された。なぜかといえば、権力をにぎるや否や、敵は暴力をもちいて全滅させるぞとおどしたからである。そうしたやり方さえ、正当で合法的な政治的見解の表現と考えられ、「憲法の精神からみて」国家により禁止されえなかった。ファシスト集団がユニフォームを着て警察にとってかわりはじめても、国家が軍隊の独占を主張しなくなり、嘲笑的な宣伝や虚言や中傷が、野放しの状態で新聞をにぎわすようになっても、政府がなんら忠誠な支持者を動員しなくなったとき、民主主義は、事実上、民主主義者によって放棄されたといっていい。かれらは十八世紀的幻想のとりことなり、ル・ボン、グレーアム・ウォーラス、ニーチェその他のひとびと―何事も知る必要があると主張していたひとびとであるが―の教訓も、すでにかれらには効力を失っていた。だが、民主主義が支持者を失っていたというのは正しくない。欠けていたものは組織であり、リーダーシップであり、先制攻撃を加える決断だったのである。

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