万年初心者のための世界史ブックガイド

2009年4月17日

モーリス・ブロール 『オランダ史』 (白水社 文庫クセジュ)

Filed under: オランダ — 万年初心者 @ 06:00

白水社の文庫クセジュを初めて通読。

フランスの啓蒙書シリーズの翻訳ですが、どうも気後れしてこれまで読む気がしませんでした。

こういうマイナー分野なら貴重だし、読む価値あるだろと思い、手に取ったのだが、これが意外な拾い物であった。

古代から第二次大戦後までを、もちろん記述の濃淡はあるが、基本的にどの時代も省略無く叙述する通史なのが極めて有益。

非常に面白い岡崎久彦『繁栄と衰退と』(文春文庫)およびあまり面白くないチャールズ・ウィルスン『オランダ共和国』(平凡社)が両方とも16・17世紀のみ集中的に記述しているのと対照的。

まず古代から近世初頭の歴史が述べられて、これが少々ややこしいが、要するに中世末にネーデルラントの大部分がブルゴーニュ公の支配下に入り、ブルゴーニュ自体がフランスに併合された後もネーデルラントにおけるブルゴーニュ家の統治は続き、跡取りのマリがマクシミリアン1世と結婚してハプスブルク家の領地となったことだけ押さえておけばいいでしょう。

この両者から生まれたフィリップが、スペイン国王フェルナンド5世とイサベル女王の一人娘フアナと結婚して、カール5世(カルロス1世)とフェルディナント1世をもうける。(この系図は高校教科書にも載っているから憶えた方がいいでしょうね。)

これで成立したオーストリアとスペインのハプスブルク帝国にヴァロワ朝・ブルボン朝のフランスが激しく対抗するというのが16・17世紀の西ヨーロッパの基本構図な訳ですが、オランダはこの中でフェリペ2世治下のハプスブルク朝スペインから独立を目指すことになります。

このオランダ独立戦争というのが、区切りがいくつもあって面倒なんですが、1568年に独立戦争開始、1579年に南部10州脱落と北部7州によるユトレヒト同盟成立、1581年にネーデルラント連邦共和国独立宣言、1584年オラニエ公ウィレム(1世)暗殺、1588年スペイン無敵艦隊敗北、1609年休戦条約(これは固有名詞が付いてないので単に「休戦条約」としか書きようがない)、1648年ウェストファリア条約で独立正式承認という流れになる。

独立以後の総督(本書の記述では知事)としてウィレム1世、その子のマウリッツおよびフレデリック・ヘンドリック、フレデリック・ヘンドリックの子ウィレム2世、2世の子ウィレム3世(のちに英国王ウィリアム3世)くらいは憶えましょうか。

オラニエ家が君主的存在だったとしても、この時期の政体はあくまで連邦共和国なので、ウィレム3世の前後には、ホラント州の大商人階級が主導権を取っていた、総督不在の期間もあった。

それでいて北部のフリースラント州ではオラニエ家の傍系が知事を務めていたという状況だったらしい。

17世紀後半からの英仏との抗争の経緯は相変わらずややこしいことこの上ない。

この辺は高校世界史では一番複雑な部分の一つじゃないでしょうか。

中央集権を志向するオラニエ派に対して、州分権を強調した大商人の寡頭派について著者はかなり厳しい評価を下している。

1688年名誉革命でウィリアム3世が即位するが、この人が死去すると英蘭の同君連合は解消。

しばらく無総督時代が続いた後、1747年に上記傍系からウィレム4世が総督就任、以後世襲となる。

フランス革命軍に占領され、「バタヴィア共和国」が創られたりフランス帝国の一部として併合されたりした後、ウィーン会議でベルギーを併合してオラニエ家のオランダ王国成立。

七月革命の余波でベルギーが分離した後は、もうヨーロッパ史の主要なプレイヤーでなくなった感がありますので、カルヴァン派、カトリック派、自由主義派、社会主義派の四つ巴の争いが続いた19世紀の記述は軽く流しましょう。

20世紀は、第一次大戦では中立を維持し、第二次大戦ではドイツに蹂躙されたこと、戦後の欧州統合とNATO加盟あたりを押さえておけばいいでしょう。

なかなかいいんじゃないですかね。

140ページほどで読むのにさほどの手間も掛からないし、全般的にバランスが良い。

手軽な通史として十分使える。

末尾の既刊本リストを見ると、『ルーマニア史』とか『ブラジル史』、『近代ギリシア史』などマイナー分野で読書意欲が湧いてくる本がいくつか載ってます。

これらも機会があれば読んでみたいと思います。

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