万年初心者のための世界史ブックガイド

2009年4月12日

引用文(ホイジンガ3)

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ヨハン・ホイジンガ『朝の影のなかに』(中公文庫)より。

ひとくちにいって文化の非理性化、このことの危険さかげんは、まずなによりもそれが自然を支配する技術能力の最高度の展開、および物質的幸福と富に対する欲望の激化という事態と並行し、またこれと結びついているという事実のうちに存する。

この物質的なものへの欲望が商業-個人主義的な形態をとるか、あるいは社会-集産主義的な形態であらわれるか、それとも国家-政策的形態のうちに発現するか、それはさしあたり問題ではない。

どのような社会原理に呼びかけんとするか、それは問題ではない、ともかく文化の非合理化からは生そのものの礼拝が結果し、これが支配と所有への非人間的、利己的衝動をいやがうえにも高めるのである。集産主義は利己主義を排除すると考えるなどは、およそ無思慮の一語につきよう。

かかる破滅的諸要因の協働によく対抗しうる釣合の力は、これを至高の倫理的、形而上的諸価値のうちにのみ求めることができよう。理性への回帰ということだけでは渦からぬけだしえないのである。

理性への回帰、せめてこれが要件だとはしても、わたしたちが正しい道を歩んでいるとはだれにもいえまい。どうみても、わたしたちは、この文化を脅かすに足る危機の錯綜を体験しているのだ。

感染と中毒に対する抵抗力の弱まりという状況、酩酊状態にも比すべき状況がみられるのである。精神は荒廃した。思想の交換手段、ことばは、文化の進展につれて、その価値を低めつつある。

ことばは、ますます多量に、ますます安易にまきちらされる。話され、あるいは綴られることばの価値の低下に正比例して、真理に対する無関心がふかまる。

非理性的な精神の構えがその地歩をすすめるにつれて、どの分野にあっても、誤った認識のはたらく余地がますますひろがる。商業的煽動的傾向の一時の宣伝が、たんにみかたの相違にしかすぎぬものを、一国全体の幻覚にまで拡大してしまう。

日々の思念は即座の行動を要求する。いったい、偉大な想念がこの世界にしみとおってゆくのは、ごくゆっくりした歩みでしかないというのに。都会にただようアスファルトとガソリンの匂いのように、世界の上には、むなしくあふれることばの雲がかかっている。

責任の観念は、一見、ヒロイズムのかけ声がこれを強化するかにみえるものの、そのじつ、個人の意識のうちにこそ求められるべきその基盤から引きはなされ、集団の利益のために、その視野のせまい考えを救済の法規とまで持ちあげたがり、これを押しひろめようと図る集団の利益のために動員される。

およそ集団の結びつきにあっては、個人の責任という観念は、個人の判断ともども、そのなにほどかの部分を、グループということばのうちに失うのである。

疑いもなく、今日の世界にあっては、すべての人がすべてのことに対して責任があるという感情が高まっている。だが、それと同時に、また、極度に無責任な大衆行動の危険が、異常なまでに増大してもいるのである。

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