万年初心者のための世界史ブックガイド

2009年3月23日

マイケル・オークショット 『政治における合理主義』 (勁草書房)

Filed under: 思想・哲学 — 万年初心者 @ 06:00

『思想の英雄たち』で採り上げられていたので、以前から名前だけは知っていたイギリスの保守的思想家・政治学者の本。

全部で10個の論文のうち、表題作の「政治における合理主義」、「自由の政治経済学」、「合理的行動」、「保守的であるということ」の4章だけ読みました。

他には「政治教育」、「歴史家の営為」は何とか読めそうな気もしますが、つい面倒になってパスしてしまいました。

すべての知を、比較的単純な原理から成り言語化が容易な「技術知」と、実際の行動の中でのみ知りうる「実践知」に分け、前者のみを絶対視し後者を無視することの危険性とか、過去の信念・知識・偏見から切り離された「精神」が「合理性」を生み出すのではなく、幾世代もの行動への反省と分析の蓄積に照らして適切なものが「合理的」と呼ばれているに過ぎないといったことが書いてある(と思う)。

こんな一、二行の紹介ですら、ものの判った人から見れば失笑モノのことを書いてるのかもしれないが、私にはそれ以外のことは読み取れない。

幸い、訳者解説が短いながら簡潔に本文の思考を説明してくれてますので、一章読み終えるごとに当たってみると良いでしょう。

一部難解ですが、良質な本だと思いますので、是非お手に取って下さい。

私には無理でしたが、もちろん全部読むのが望ましいでしょう。

 

 

それぞれ自由全体を豊富化し安定的なものにしつつ我々の享受する自由を構成している多くの種類の自由の中で、我々は二つの自由が重要だと久しく認めてきた。そのひとつは結社の自由であり、もうひとつは私有財産を所有する権利において享受されている自由である。

第三の種類の自由がこれら二つと並べられることがよくある。言論の自由がそれである。これが自由の重要で基本的な形態であることは疑問の余地がない。それは我々の自由のアーチのかなめ石とさえみなしてもよい。

しかしかなめ石そのものはアーチではない。近年この形態の自由の重要性を誇張するむきがあるけれども、それは他の同じくらい重要な自由が失われることを我々からおおい隠すおそれがある。

人々の大部分は別に言いたいことを持っているわけではない。多くの人の生活は発言する必要感を中心に営まれているのではない。言論の自由をかくも異常に強調するのは我々の社会の声の小さな部分の仕業であり、部分的には正当な自己利益を表現している、というふうに想定してもかまわないだろう。

この利益は濫用しえないでもない。これが、写真を撮影し公刊する無差別の権利、あるいは私邸を監視したりはいりこんだりし防御のすべのない人々をだましたりゆすったりしてばかげたおしゃべりで空虚なことを言いたてる無差別の権利、発言をしようとしない人についてあてこすった文書を公刊する無差別の権利にまでひろげられるとすれば、自由への脅威であることが明らかとなってくる。

大部分の人にとっては、自由に発言する自由を奪われるよりも、自発的な結社の権利や私有財産を奪われるほうがはるかに大きな、かつ深刻に感じられる自由の喪失であろう。このことを現在のイギリスで言っておくことは重要である。なぜなら心得違いをしたジャーナリストや狡猾な圧制者の影響の下で、我々は言論の自由さえ安泰であれば重要なものをなに一つ失ってはいないのだなどと軽々しく信じすぎるようになっているが、これはとんでもないことだ。

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