万年初心者のための世界史ブックガイド

2009年2月27日

田嶋信雄 『ナチズム極東戦略』 (講談社選書メチエ)

Filed under: 近代日本 — 万年初心者 @ 06:00

何やらおどろおどろしいタイトルだが、1936年前後数年にわたって防共協定締結をめぐる日独関係を描写した本。

著者は本書をあくまでドイツ政治史の本としているが、カテゴリとしては「ドイツ」よりやはり「近代日本」が適当な気がしますので、そうします。

1933年のヒトラー政権成立から38年くらいまで、ドイツ外務省と国防省はいまだ完全には「ナチ化」されず、外相ノイラート、国防相ブロムベルクの下、様々な政治集団が独自の行動を取っていた。

1935年、ベルリン駐在陸軍武官大島浩、外交顧問リッベントロップ、国防省防諜部長カナーリスが軍事協定を含む日独提携を積極的に進めるが、対日・対中関係のバランスを重視するノイラート、ブロムベルクの主流派は消極的姿勢に終始する。

しかし、36年に入り、国防省前軍務局長ライヘナウの訪中などで、ドイツ政府内の「中国派」の活動が活発化すると、逆に対日関係悪化を懸念して、反コミンテルンのイデオロギー面と情報工作面に限定した日独協定を是認する勢力が多数派となり、年末の防共協定締結に至る。

144ページから148ページにかけてこの概略がまとめて記述されているので、確認すると良いでしょう。

その他、リッベントロップとナチ党イデオローグのローゼンベルクの間の外交権限争いや、防共協定を軍事協定まで格上げしようとする動きなどが述べられている。

かなり面白いです。

冒頭の大島、カナーリス、有名なスパイのリヒャルト・ゾルゲが登場する書き出しも興味深い。

整然とした叙述で、論旨をしっかりつかむことができる。

ごく基礎的なことが頭に入ったら、手にとってみるのもよいでしょう。

2009年2月25日

長谷川公昭 『ファシスト群像』 (中公新書)

Filed under: 近現代概説 — 万年初心者 @ 06:00

1982年刊で存在自体は前から知っていたこれを通読。

ドイツ・イタリア以外のヨーロッパのファッショ的あるいは権威主義的指導者の系譜をざっと概観する本。

1章と2章はフランスで、シャルル・モーラスとレオン・ドーデの「アクション・フランセーズ」を始めとする右翼・ファシスト団体の紹介。

まあ特にどうってことない記述。

このうち、ド・ラ・ロック大佐率いる「火の十字架団」に関しては、去年出た剣持久木『記憶の中のファシズム』(講談社選書メチエ)でかなり詳しく触れられているようですが、私は未読。

この辺の記述に興味があれば、福田和也『奇妙な廃墟』(ちくま学芸文庫)を精読されると良いと思います。

第3章は西欧・南欧の章で、フランコ、サラザールという大物から、プリモ・デ・リベラ(スペイン、ミゲールとホセ・アントニオの親子)、ドルフス(オーストリア)、ザイス・インクヴァルト(オーストリア)、クヴィスリング(ノルウェー)といったそこそこの有名人、ドグレル(ベルギー)やムッセルト(オランダ)みたいに「誰ですか、それ?」という人物が記述される。

まあ、普通。

第4章は東欧諸国で、この章が本書では一番役に立つのではないでしょうか。

本書程度の、各国のごく簡略な通史でも類書が少ないので、初心者にはかなり有益。

独伊に盲従する「真性ファッショ」と、右翼権威主義的政権との間の微妙な協力と対立の経緯が読んでいくと結構面白い。

ハンガリーのホルティ、スロヴァキアのティソ、ルーマニアのアントネスク、ギリシアのメタクサスなどがその種の指導者。

最後の第5章は英米の親ファッショ団体の記述。

あんまり面白くもないし、まあこんなもんかと軽く流せばよいかと。

ここに載ってる指導者で名前を知っていたのはイギリスのモーズリくらいですか。

あとチャールズ・リンドバーグも参加した「アメリカ・ファースト委員会」は聞いたことがありました。

しかしかなりのページを割いて述べられている同じアメリカのカフリン神父なんて、全然知りませんでしたね。

まあこれも読みやすくはあるが、さほどの面白さは無い。

一日、二日で読めるので損した気分は無いが、非常に多くのものを得られるというわけではない。

史的評価の基準として、ファシズム・ナチズムと右派的権威主義との区別を一応はつけていると思われるが、いまいち明確ではなく、それがやや平板な印象を与える。

結論を言えば、ごく普通の読後感でした。

2009年2月23日

荒正人 『ヴァイキング 世界史を変えた海の戦士』 (中公新書)

Filed under: 東欧・北欧 — 万年初心者 @ 06:00

1968年刊とこれも相当古いが、中公新書の世界史関係は大好物なので、読んでみた。

しかし、何とも微妙な出来。

アイスランド・グリーンランド・北アメリカへのヴァイキングの植民の話はやや煩瑣ではあるが、まあこんなものかと適当に流して読んでいった。

だが、その後のアイルランド・スコットランドへの侵入の章もゴチャゴチャしているだけで、概略をパッと理解させてくれるだけの明解さが無い。

よく知られたイングランドにおけるノルマン征服やシチリア王国建国の話はさすがに取っ付きやすいが、正直もの足りない。

ページの割り振りが大きく違うとは言え、南イタリアについては、高山博『中世シチリア王国』の五分の一も実のある話が無い。

ロシアのリューリク朝の記述も同じく。

サガとかエッダとかの北欧神話の章は、個人的趣味から言うと全然興味が持てないので、相当だるかった。

例によって決め付けで申し訳ないですが、中身がスカスカといった印象が拭えない。

170ページほどで二日もあれば余裕で読めるが、得たものは非常に少ない。

あんまり好きなタイプの本じゃありませんでした。

まあ、久しぶりに東欧・北欧カテゴリに追加できてよかったな、とそれだけの記事です。

2009年2月22日

訃報

Filed under: おしらせ・雑記 — 万年初心者 @ 06:00

国際政治学者・朝鮮半島研究者の神谷不二氏がお亡くなりになられたそうです。

北の南侵説を冷静な筆致で主張された『朝鮮戦争』は中公新書・文庫のロングセラーで、国際政治学の基礎文献でもありました。

『朝鮮半島で起きたこと起きること』は非常に優れた論文集でありながら初心者でも読みやすく、大いに参考にさせて頂きました。

『戦後史の中の日米関係』もありきたりの概説ではなく、論点が明快でポイントを突いた記述が非常に役立ちます。

晩年に書かれた北朝鮮に関する論説は、体制転換を含む強硬論一辺倒という感じで、僭越ながら必ずしも得心のいくものではなかったのですが、流暢な文体と骨太のぶれない主張に対して敬意を感じておりました。

ご冥福をお祈りいたします。

高坂正堯先生はじめ、自分が熟読した本の著者の方がお亡くなりになっていくというのは、やはり悲しいものがありますなあ・・・・・・。

2009年2月20日

後藤明 『ビジュアル版イスラーム歴史物語』 (講談社)

Filed under: イスラム・中東 — 万年初心者 @ 06:00

講談社から出た世界史全集として、1970年代後半に出た旧版の他に、1980年代半ばに刊行された全20巻の『ビジュアル版世界の歴史』というものがありました。

「ビジュアル版」という言葉の意味は、要するに活字がびっしり詰まった本だと売れないから、写真や図版を多く入れて本文を少な目にして読者を惹き付けましょうということでしょう。

この場合、「ビジュアル版」=「内容が薄い」と判断せざるを得ないので、私はこのシリーズはこれまで一冊も読んでいません。

本書は書名は似てますが、それとは別に2001年に刊行されたもの。

とは言え、普通ならまず手を出さないタイトルだったのですが、たまたま古書店の店頭で見かけて何の気無しに手にとってパラパラ中身を見たところ、「うん?」と心に引っ掛かるものがあったので、購入。

結果は買って成功でした。

古代オリエントから始めて1990年代までのイスラム世界全史を扱った通史。

300ページ余りの本文で全100章もありますが、各3ページの短い章を続ける構成で、非常に読みやすい形式です。

内容も決していい加減なやっつけ仕事ではなく、堅実に基礎知識を積み重ねていくもので、安心して読める。

ある程度まで詳細な記述を含みながら、明解で曖昧さを残さない説明。

話の進め方が丁寧で、一つ一つの事項を確認しながら読み進められる。

中東地域だけでなく、中央アジア・アフリカ・イベリア・インド・東南アジアなど広大なイスラム世界全域を扱いながら、記述の空白をほとんど感じさせないのは見事。

これは良い。

高校教科書レベルの次に読むイスラム史入門書としては隠れた名著と言えるのではないでしょうか。

強く推薦致します。

なお、本書のような通史はいくつかありますが、個々の王朝や歴史人物を扱ったものは、イスラム史の分野ではなかなかいい本が無い気がします。

『イスラームの「英雄」サラディン』のような例外もありますが、一般向けの読みやすい本はあまり思い浮かばない。

中国史や欧米史と比べること自体間違ってるんでしょうが、もうちょっと日本語で読めるイスラム史の啓蒙書が充実してくれるとありがたいです。

以下、例によって内容バラバラな私的メモ。

第四代正統カリフ・アリーとムアーウィヤの内戦時、一時和平と話し合い解決の気運となるが、それに反対したアリー派陣営の一部が分離し、ハワーリジュ派を形成。

スンナ派・シーア派双方に距離を置く彼らがアリーとムアーウィヤ双方に暗殺者を派遣して、前者は成功し後者は失敗。

よってアリーはムアーウィヤが暗殺したんじゃないんですが、恥ずかしながら私は高校卒業後かなり後までそう思い込んでいた。

シーア派の中の主流派である12イマーム派は二代目でアリーの長男であるハサンと次男フサインおよびフサインの子孫をイマームと見なすが、その家系の中で枝分かれした人物を担いでイスマーイール派やザイド派が成立。

スンナ派四大法学派は以下の通り。

1.ハナフィー派(コーランやハディース以外の類推や個人的見解を大幅に認める・トルコ、インドで有力)

2.マーリク派(公共善の原則を重視・マグリブで有力)

3.シャーフィイー派(普遍的な法解釈を求めるが運用は柔軟・東南アジア、東アフリカで有力)

4.ハンバル派(コーランとハディースのみを根拠とする厳格派・サウジのワッハーブ派はこれに属す)

シーア派の12イマーム派の法学派はジャーファル派。

サファヴィー朝を滅ぼしたアフシャール朝のナーディル・シャーがスンナ派信仰をイランに復活させようとし、政治的保護を失ったシーア派内部で路線争いの末、12イマーム派はそれまでの神秘主義教団ではなく法学者を中心とした組織に生まれ変わり、それが1979年イスラム革命以後の「法学者の統治」という理念にも繋がっていると書いてあった。

アッバース朝期の分裂傾向はイベリア半島の後ウマイヤ朝だけでなく、王朝成立のごく初期から始まっている。

マグリブでは、777年アルジェリアのルスタム朝(ハワーリジュ派)、789年モロッコのイドリース朝(アリー長男ハサンの系統だがシーア派色は薄い)、800年チュニジアのアグラブ朝(ハールーン・アッラシードの治世に軍営都市カイラワーン総督職世襲を認められ、シチリア島も征服)成立。

この三つの王朝は909年チュニジアに成立したイスマーイール派のファーティマ朝にすべて滅ぼされる。

ファーティマ朝が969年にエジプトを征服、946年にはブワイフ朝がバグダードに入城しているから10世紀後半から11世紀前半はシーア派がイスラム世界の政治的主流派であるかのような観を呈していた。

それが11世紀後半になると、セルジューク朝のトルコ人によってスンナ派復興の動きが強まる。

こういう視点は高校世界史ではあまり習わない(と思う)し、年代をきちんと憶えていないと思いつかないので、私の場合本書程度の通史でも新鮮に感じて「ほう」っと感心してしまった(上記『サラディン』の記事でも似たようなことを書いてますが)。

あとアッバース朝以後の東部地域の王朝興亡や、ティムール以後の中央アジア史についていろいろ書きたいことがあったんですが、面倒臭いのでとりあえずこれだけにしておきます。

2009年2月18日

他所様のサイト適当にいろいろ

Filed under: おしらせ・雑記 — 万年初心者 @ 06:00

ブックマークにも入れていて、よく拝見しているブログである世界読書放浪様がDoblogの長期障害で一週間以上閲覧不能状態(17日21時現在)。

まさかデータ完全喪失なんてことは・・・・・・。

大丈夫だとは思いますが、怖いですねえ。

(追記:直近の半年ほどのデータが一部消える可能性があると書かれてますね。上記ブログの管理者様の更新ペースだとどれだけの記事が跳ぶのやら・・・・・。しっかりしてくださいよ。)

フリーで使わせてもらってるココログですが、今のところ全然不満ありません。

この手の致命的不具合無しに長期間サービス提供を続けて頂ければ、言うこと無しです。

ブックマークには入れてないサイトを以下二つだけ。

 

 

 

世界史教室

教科書・年表・事典カテゴリでいくつか著作を挙げている中谷臣氏のサイト。

「疑問教室」や受験参考書のレビューコーナーを読むとかなり面白い。

 

 

 

世界の論調批評

岡崎久彦氏の研究所のブログ。

主に欧米世界の新聞・雑誌の論調紹介とその批評。

岡崎氏本人が書かれているのかどうかわかりませんけど。

内容はいかにも親米保守といった感じなんですが、たまにそれをはみ出した部分が面白い。

例えば、この2月初めのキューバ、アフガン、イスラエル・パレスチナ問題に関する記事。

特にアフガンの記事(追記:『解決不能なアフガン戦争 [2009年02月05日(木)]』)は、個人的には違和感が全然ないが、岡崎氏の立場でここまで書いて大丈夫なんですかと思えてくる内容。

平日は大体更新しているみたいですから、たまに覗いてみると面白いです。

2009年2月17日

A・J・P・テイラー 『ヨーロッパ 栄光と凋落』 (未来社)

Filed under: 近現代概説 — 万年初心者 @ 06:00

ナポレオン時代から1950年代までのヨーロッパ史に関するエッセイ集のような本。

短めの文章が多いので、全部で53章もある。

まあ470ページ超と結構な厚みもあるので、通読には少々手間取ります。

かなり骨のある部分もあり、ビスマルク外交やヒトラーへの宥和政策の章はかなり詳細で、十分に理解することが難しかった。

近代歴史学の父ランケに関する章は、『世界の名著』での林健太郎氏の解説と読み比べると、テイラーの評価にあまり納得できなかったりする。

第二次大戦直後に書いた文章が多いこともあって、やっぱりこの人は近代ドイツに偏見持ってるなあと感じる部分もかなりある。

あの最悪の書(あくまで私にとってですが)『近代ドイツの辿った道』のように、「読むに耐えない」というほどではありませんが。

全般的な印象を言うと、ややシニカルな筆致なので、著者が肯定的な意味を込めて書いてるのか、否定的な意味で書いているのか、さらっと読んだだけだとよくつかめない部分があった。

滅茶苦茶難解なことばかり書いていて理解できないということは全くない。

練達の歴史家らしい、平易で明解な叙述の片鱗は、私でも感じ取ることができた。

しかし、かなりの予備知識が無いと、この本の良さはわからないんじゃないですかね。

教科書レベルの次にこれを読んでも、あまり効用は期待できない気がする。

私自身、多くのものを得たという印象はありません。

5日ほどかけて読みましたが、是非お勧めしますとは言い難い本。

ひとまず図書館で借りて、どんなもんか飛ばし読みしてみて下さい。

あと、テイラーの本で読むべきなのは『イギリス現代史』(みすず書房)でしょうか。

しかし、これも分厚いですね・・・・・。

いつ読めることやらわかりません。

2009年2月14日

高文謙 『周恩来秘録 下』 (文芸春秋)

Filed under: 中国 — 万年初心者 @ 06:00

下巻は1971年林彪事件から。

66年文革発動から76年毛沢東の死までの十年のうち、ちょうど折り返し点で起こったこの大事件は文革の歴史の中でも重大な意義を持ちます。

狭義の文革が、69年の中国共産党第9回大会(九全大会)で林彪が後継者とされ毛・林体制確立したことで、これまでの紅衛兵運動のような無秩序化の時期が終わり、体制化が完了したことで終わりとされ、広義の文革が76年毛の死と四人組逮捕で終わる。

それに対してこの71年の林彪失脚を中間義の文革の終焉とする見方を何かの本で読んだ記憶があります。

ちょうどこの71年にニクソン政権補佐官のキッシンジャーが訪中し、劇的な米中接近が行なわれ、中国の外交行動は著しく穏健化するので、高坂正堯氏も『現代の国際政治』で、この年を「中国における急進主義の終わり」と見ています。

なお林彪失脚の原因として、この対米接近に反対したからだという説がありますが、本書ではほんの一箇所その手の記述があるだけで、外交路線をめぐる対立はほとんど重視されていない。

上巻の記述では、周恩来にとって林彪は江青よりはまだしも協力できる人物ではあったが、毛が林の排除を決意しているのを見ると、それに服従し、林彪派と距離を置く。

林彪が墜死すると、図らずもこれまで常にナンバー3だった周が毛に次ぐ地位を占めるが、これで毛の猜疑心の的となり、晩年の周は非常に苦しむことになる。

1972年ごろの出来事として、危篤状態に陥った毛が周に自らの死後の全権を委任するという記述が出てくるが、実際に毛が先に死去して周が党と政府のトップに立てば脱文革の流れも相当スムーズに実現したのではないかと思わせる。

中嶋嶺雄氏が『北京烈烈』の中の、周恩来死去直後に書いた文章で、毛に代わって最高指導者となった周を見たかったと書いてあるのに、大いに同感と思ったことを思い出した。

実際はこの時期周恩来は膀胱癌に冒され、毛が早期の治療・手術を認めなかったこともあって死期を早めるが、これも酷い話です。

73年鄧小平が副首相として復活するが、一般的イメージと異なり、周と鄧の関係はそもそも疎遠であり(上巻で書かれた整風運動の記述でも鄧は毛直系派として周を批判する関係だった)、毛沢東は鄧をもって、対米外交で内外の賞賛を浴びる周を牽制することを考えていたらしい。

しかし、江青ら四人組に対抗する上で、周と鄧は自然な同盟者となり一致協力して現実主義路線を定着させようと奮闘する。

あと、実務派軍人で周・鄧の一貫した協力者である葉剣英という人の存在が目立ちます。

最晩年の周は毛が煽る四人組の非難・攻撃を受け、最期まで苦しみぬくことになりますが、もし万一周恩来を完全に打倒し失脚させていたら、毛が受ける悪評は今程度じゃとても収まらないでしょうね。

本書の特徴は、革命家としての晩節を汚さぬため、毛沢東に卑屈なまでに服従し、文革を否定せず心にもない言動を採り、自己保身に走る周恩来の姿を詳細に記述したところにあるんでしょうが、私自身は本書を読んで、自分がこれまで持っていた周恩来のイメージがガタ落ちになるということは無かった。

文革の狂気の中で穏健派の最後の支柱となり最善を尽くした人物という印象は、この本を通読しても変わらなかった。

中国現代史の本として悪くはないが、全くの初心者が手を出すべきではない。

まず中嶋嶺雄『中国 歴史・社会・国際関係』で十分基礎を固める。

その次に『毛沢東秘録』で中共内部の権力闘争の概略を頭に入れましょう。

この本は興味深いエピソードの連続で、非常に読みやすくわかりやすい史書になっているので、「産経新聞で連載してた文章なんて読みたくないよ」という人でも取り組む価値があります。

事実関係の記述に極めて秀でており、頭に入りやすい。

それが済んだら、本書か、中嶋氏の上記『北京烈烈』、李志綏『毛沢東の私生活』を順不同で読んでいくのが宜しいかと思います。

(なお、ユン・チアンの『マオ』は私としてはお勧めしません。)

2009年2月11日

高文謙 『周恩来秘録 上』 (文芸春秋)

Filed under: 中国 — 万年初心者 @ 06:00

二年ほど前に翻訳が刊行され、少々話題になった晩年の周恩来の伝記。

著者は中国共産党中央文献研究室に勤務し、天安門事件の後、米国に出国し事実上亡命している。

訳者は元毎日新聞記者で辛口の中国報道で知られる上村幸治氏。

例によって、記事は上・下巻に分けます。

本書の構成として、第一章のみが、建国前の中国共産党史および毛沢東と周恩来の関係について述べており、それ以降の章は1966年文化大革命発動から76年周・毛の死までの10年間を扱っている。

第一章で記されている、中共の党内闘争の経緯はかなり役立つ。

1927年上海クーデタの後、初代党総書記の陳独秀が解任され、指導者は瞿秋白、向忠発、李立三など短期間に目まぐるしく変わり、31年ごろからコミンテルンに忠実な王明(陳紹禹)が実権を握る。

なお31年樹立された瑞金の中華ソヴィエト共和国臨時政府の主席に毛沢東が選ばれたと、高校教科書に書いてるが、これは名前を出すのに便利だからであって、党中央はしばらくの間まだ上海にあり、毛の党内の地位は低い(党中央が瑞金に移ったのは33年1月ごろと本書には書いてある)。

今年のセンター試験でも毛の主席就任の事実は出題されてましたけど、中国現代史では役職名と実際の権力が乖離していることが多いので、その意味では出題ミスとは決して言えないまでも、あまり適切な問題ではないかもしれません。

(ここで個人的に思い出すのが、晩年の鄧小平が「中央軍事委員会主席」という肩書きが外れた後、「最高実力者」との呼び名を付けて新聞・テレビで報道されていたこと。)

34年国民党の包囲攻撃に耐えかねて長征が開始されるが、その頃の最高指導部はモスクワへ去った王明に近い博古(秦邦憲)、コミンテルンから派遣されたオットー・ブラウン、および周恩来の「三人団」だった。

35年の有名な遵義会議でも、よく言われるように毛沢東の指導権が確立したわけではなく、党内の地位をやや向上させ職務上は周恩来の軍事指揮上の補佐役になっただけだった。

以後の叙述は細かくてややわかりにくいが博古に代わって形式上のトップとなった張聞天を担いで、毛・周・王稼祥の三人で徐々に実権を掌握していき、その中で毛が頭角を現わすといった感じか。

延安に到達してから、毛はモスクワから帰国した王明と激しい権力闘争を行い、整風運動を発動した末、名実共に党の最高指導者としての地位を固める。

下巻の年表で見ると、1943年に毛は党主席(政治局主席と中央書記処主席)になっている。(党主席の地位は確か死ぬまで維持したはず。のち1959年に劉少奇に譲ったのは国家主席。)

この整風運動は、私が高校生の頃の用語集などでは「共産党員の間の官僚主義の風潮を改めるための思想改良運動」などと説明されていたが、実態はそのような牧歌的なものではなく、激しい粛清を伴う権力闘争であった。

当時の党内勢力は、王明・博古・王稼祥・張聞天らの「教条主義派」と周恩来・朱徳・彭徳懐・陳毅らの「経験主義派」および劉少奇・任弼時・康生・彭真・高崗・林彪・鄧小平らの毛直系派の三つに分類された。

毛は「経験主義派」を屈服させ、その協力で「教条主義派」を打倒して反対派を党内から一掃、独裁的な権力を固め、党内で毛への個人崇拝の気配が強まる。

劉少奇・彭真・鄧小平らはこの時期相当陰湿な手段で毛派の権力確立を図ったようだが、のちに彼らが文革で打倒・迫害されたのも自業自得と言うのは、いくらなんでも気の毒か。

以上の経緯で朱徳という人の役割がよくわからない。

毛と並んでごく初期からの紅軍指揮者として著名な存在のはずだが、政治的には全然目立たず、日中戦争の時期にはもう隠居のような状態になっている。

知名度と政治的活動の落差が非常に大きくて、いまいちその存在をつかめない人である。

また、張聞天は、『人禍』を読むと、「大躍進」運動の狂気の中、彭徳懐と共に餓死者が続出した農村の惨状を直視し、毛の急進的政策を弾劾して失脚した勇気ある人という印象を持っていて、役職としてはかなり地位が低く若手というイメージがあったが、戦前は形の上では党のトップだったこともあったんですね。

第二章からは文革の記述。

大体他の本で知っていることが多く、滅茶苦茶面白いということはないが、有益ではあると思います。

文革派の二大勢力たる江青派と林彪派の両者の軋轢が文革発動直後のごく初期から始まっていたことを知ったのが一番の収穫か。

江青に連なる造反派の軍への攻撃は実権派長老だけでなく、黄永勝・呉法憲・李作鵬・邱会作などの林彪系軍人にも加えられていたと書かれている。

この江青派と林彪派の不和拡大と抗争は、『毛沢東秘録』でも非常に興味深い読みどころの一つだが、林彪は実権派の打倒と文革派の権力奪取の後には現実主義的な経済建設路線の重要性を理解しており、教条的な江青派よりも、周恩来に近い存在だったと説かれているのには意表を突かれた(それとも上記『毛沢東秘録』や『毛沢東の私生活』など他の本にもあったかな?)。

この上巻は1970年江青派から林彪派に鞍替えした文革イデオローグの一人陳伯達が失脚し、林彪が窮地に追い込まれるところで終わっている。

私自身、こういう共産国の内幕モノがかなり好きなので、この上巻は二日で読めました。

かなり面白い方だし、楽に読めると思います。

下巻の記事でまた近日中に更新します。

2009年2月9日

松谷健二 『カルタゴ興亡史』 (中公文庫)

Filed under: ローマ — 万年初心者 @ 06:00

『ヴァンダル興亡史』および『東ゴート興亡史』と同じ著者。

本書も上記二作品と同じく、古き良き講談風史書といった風情がある。

語り口が非常に巧みで、史料や参考文献から難解な部分を取り除き、興味を絶やさない形式に再構成した上で、平易かつ読んで面白い歴史物語に仕上げて読者に提供してくれる。

そういう著者の手さばきは大変良いと思うのだが、フェニキア人の都市テュロスの植民に始まるカルタゴ建国から第一次ポエニ戦争までの前半部分は、やや退屈。

ハンニバル戦争以後は扱われている史書も多いし、この前半部の方が貴重なはずだが、個人的にはあんまり面白いと思わなかった。

これは著者の責任でも何でもないが、登場人物がハンノとかハスドルバルとかハミルカルとか、同じ名前を持つものが多すぎて頭が混乱する。

ただ同名異人が少なくても、カルタゴ史ではハンニバルという巨人の存在が大きすぎるので、他の人物の影が薄くなるのはやむを得ぬところか。

シュラクサイを中心とする、シチリアのギリシア人勢力との長年の抗争と、それへのローマの介入について詳細に書かれているので、それはなかなか有益。

後半部のハンニバルの活躍はやはり非常に面白い。

しかし、この辺の歴史については、塩野ローマ史の『ハンニバル戦記』という初心者向けの傑作啓蒙書がありますからねえ・・・・・・。

短いので二日もあれば余裕で読めます。

悪い意味での学者的な衒学趣味もなく、巧みな史話の語り部として、読者に応対してくれるのは非常に良いのですが、最初に挙げた二書に比べるとやや存在意義が薄れるかなというのが私の感想です。

2009年2月7日

坂本多加雄 秦郁彦 半藤一利 保阪正康 『昭和史の論点』 (文春新書)

Filed under: 近代日本 — 万年初心者 @ 06:00

同じ文春新書の『二十世紀日本の戦争』の記事で名前だけ出した本。

一般的な通史や伝記作品を地道に読んで知識を少しずつ増やしていくのはもちろん大切だが、たまにこういう識者の座談会みたいなものを読むのも非常に有益。

史実の整理の仕方や、価値判断の基準を提供してくれるため。

この本は2000年刊と比較的古いが、ここ数年、月刊『文芸春秋』に時々載ってる戦争関連の座談会がいくつか文春新書で刊行されているので、それを読んでみるのも良いでしょう。

ただ、それだけ読んでわかったつもりになるのではなく、自分で史書を読んで基礎知識をしっかり固めることも大事だと思います(自戒を込めて)。

秦  のちに皇道派といわれる軍人たちは天皇絶対を強調しますが、その皇道派の柳川平助が第一師団長のとき、内務省の役人だった増田甲子七に、「いまの天皇はどうもよくないから秩父宮に代えたほうがいいんじゃないのか」といって、増田から「お前は国賊だ、不忠の臣だ」と怒られるんですが、柳川はケロッとしていたそうです。軍人よりはむしろ文官官僚のほうが天皇に対する忠誠心が強いんですよ。

  ・・・・私は以前からハル・ノート受諾説なんです。なぜかというと、中国に関しては、泥沼化に手を焼いていて、1940(昭和十五)年には、自発的に撤兵しようという計画があったぐらいです。撤兵といっても、一気にすべての兵を引くだけではなく、五年かけて撤兵するとか、様子を見ながら引いたり戻したりするとか、いくらでもバリエーションがあったと思います。それから、三国同盟の解消が要求され、日本は同盟の信義は破れないといいますが、日本に断りもなしに独ソ戦なんかはじめたドイツのほうがよっぽど不義理をしています。むしろ、なんの利得もない同盟を断ち切るいい機会なんですよ。最大のポイントは中国からの撤兵ですが、アメリカに、「満州は入りますか?」と問い合わせればいい。そうすると、満州のことはぼつぼつ相談しましょうとか、そんな話になったと思いますよ。それで、しばらく様子を見ていると、アメリカは対独戦に突入しますから、日本は列国のなかで唯一フリーハンドを持った強い立場に立てたんです。

2009年2月5日

小林登志子 『シュメル 人類最古の文明』 (中公新書)

Filed under: オリエント — 万年初心者 @ 06:00

2005年刊。

オリエント史全般でなく、高校世界史で最初に出てくる歴史的民族シュメールのみに焦点を絞った本。

ただし、初期王朝時代とウル第三王朝に挟まれたアッカド王朝時代も詳しく扱われている。

本書では、シュメール人とアッカド人の間には深刻な民族的対立は無く、周辺の蛮族(東方のエラム人・北方のグティ人・西方のアモリ人など)と比較して、両者が文明の共有者としての意識を持っていたとされている。

まず序章でメソポタミア・オリエント史の概略をざっと復習してくれるのが親切。

その後、楔形文字・農業・印章・王碑文・立法・学校・文学・神々などのテーマごとに章立てされるが、その合間に通史的な説明もさりげなくなされるという、なかなか巧みな構成。

ちょっと事項の羅列で退屈かなあという部分もあるし、個人的にはアマゾンのレビューにあるような高い評価は持てなかったが、当時の社会の雰囲気を知ることが出来ればそれで十分なのかもしれない。

悪い本ではないと思います。

必読とまでは言いませんが、一度手にとってみるのも良いでしょう。

なお、タイトルが「シュメール」ではなく、「シュメル」になっている理由として、本書「はじめに」の終わりに「ええっ!?」と思うようなことが書いてあります。

2009年2月3日

渡辺照宏 『お経の話』 (岩波新書)

Filed under: インド — 万年初心者 @ 06:00

一昨日の『仏教 第二版』と同じ著者。

タイトルだけ見ると、お経の中の例え話などを引用して日常的な道徳訓話を述べた本かとも思うが、中身は全然違う。

第1部では、仏教聖典の種類とそれぞれの成立過程および叙述形式と基本思想などを概観する。

ちょっとややこしい部分や読みにくい文があるが、内容が詳しく初心者にとって効用が大きい。

簡略な仏教史概説としても使える。

第2部では、大乗系(および密教)の仏典を取り上げて、『般若経』とか『華厳経』とか『法華経』とか、子供の頃から名前だけは知っている仏典の概略を解説していく。

これは、細かなところは覚える必要は無いので、まあ大体こんなもんかと、一応の雰囲気だけつかめばよいでしょう。

上記『仏教』と並んで良質な入門書と思われます。

宗教史に深入りせずに、通常の通史を読むための前提知識を程よく与えてくれる。

かなり古い本ですが、両方とも新刊書店で手に入るようですので、気が向いたらどうぞ。

2009年2月1日

渡辺照宏 『仏教 第二版』 (岩波新書)

Filed under: インド — 万年初心者 @ 06:00

手軽な仏教入門書。

最初の欧米における仏教研究史がややたるい。

しかし、仏陀時代のインド概説、仏陀の伝記、その弟子たちの事績などの章は非常に面白い。

晦渋な部分もなく、適度にエピソードを交えて興味を持たせる語り口はとてもわかりやすい。

しかし、終盤の仏典と教義・世界観の解説はやや難解。

六界説がどうとか、パーラミター(波羅蜜)がどうとか、プラジュニャー(般若)がどうとか・・・・・。

一応簡易な説明はなされていて、それで一先ず理解は出来るが、前半三分の二くらいまでのわかりやすさに比べて急に難しくなり、やや突飛な印象を受ける。

とは言え、かなり良質な啓蒙書であることは間違いないはず。

(第二版は)1974年刊でかなり古い本ですが、前に読んだ岩波ジュニア新書の『仏教入門』『ブッダ物語』より、こちらの方が内容が濃くて良い気がします。

WordPress.com Blog.

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。