万年初心者のための世界史ブックガイド

2008年12月12日

谷川稔 北原敦 鈴木健夫 村岡健次 『近代ヨーロッパの情熱と苦悩 (世界の歴史22)』 (中央公論社)

Filed under: ヨーロッパ, 全集 — 万年初心者 @ 06:00

19世紀ヨーロッパ史の巻。

第1部がフランス・ドイツ史、第2部がイタリア史、第3部がロシア史、第4部がイギリス史という構成。

こう書くと、いかにも大国中心の偏った記述とも思われるが、実際この時代の主要な史実はほとんど上の五か国の歴史の中に収まってしまうのだからしょうがない。

この時代のスペイン・ポルトガル・オランダ・北欧諸国などの歴史を同じ密度で叙述するのは不可能だしその意味も無いと思うので、これでいいと割り切る。

それにスペイン立憲運動やベルギー独立などの重要史実は一応触れられているので、問題無い。

さて、肝心の内容ですが、かなり良くできていると思われます。

事実関係でそれほど詳細な記述は少ないですが、要領がよく流れるような説明ですっきりと頭が整理されます。

しばしば通説と異なった史的解釈が記され、それが非常に興味をかき立てて面白い。

「従来はこう考えられてきたが、最近の学説ではこうだ」という形で、読者に斬新な視点を平易に持たせてくれる。

特に第1部と第4部にはそれを感じる。

以下、脈絡の無いメモと感想。

第1部では、フランス革命とその反作用として生じたドイツ・ナショナリズムの双方に冷ややかな視線を向けるゲーテや、自身が最も愛着を持つプロイセンの伝統が統一ドイツに吸収・消滅させられることを恐れて、皇帝即位を忌避し泣き崩れるヴィルヘルム1世などの描写が非常に興味深い。

歴史の多面的な見方を教えてくれる良質な文章。

なお、ゴーロ・マン『近代ドイツ史』からの引用がしばしば載ってますが、この本は絶対に読むべき傑作です。

セバスティアン・ハフナーの『ドイツ帝国の興亡』『プロイセンの歴史』も是非参照して下さい。

第2部について、マックス・ガロ『イタリアか、死か』の記事で教皇領の北側三分の二が普仏戦争を待たずに併合されてるようだと書いたが、やはり1860年ガリバルディのシチリア・ナポリ征服直後に教会国家のマルケとウンブリアの二地域が住民投票を経て併合されたと簡単に書いてあった。

第3部では書くべきことは特に無いが、過去の帝政ロシアでの上からの改革の再評価や農村共同体(ミール)の認識と評価の変遷などが面白かった。

第4部、まず19世紀イギリスでの地主階級の優越が語られる。

地主階級は爵位を持つ貴族とそれを持たないジェントリに分かれ、ジェントリのうちには准男爵・騎士爵の保有者があり、それ以外のジェントリがエスクワイア(スクァイア)と呼ばれる(このスクァイアという言葉は確かアンドレ・モロワ『英国史』に頻出したはずだから、それを読む際覚えておいたほうが良い)。

産業革命によって台頭した中流階級は地主階級を敵視し打倒しようとするのではなく、彼らに強い憧れを持ち自らもそれと同化しようとする。

この上流階級の融合が社会の安定と保守的漸進的改革を可能にし、その意味ではイギリスにはブルジョワ革命は起こらなかったと書かれているのが興味深い。

あと、本文ではなくヴィクトリア女王の肖像画下の説明で、女王即位とともにジョージ1世以来のイギリスとハノーヴァーとの同君連合が終わったと書かれている。

これは高校世界史の範囲外なので、私はモロワの『英国史』を読むまで知らなかった。

女王即位から約30年後、普墺戦争でハノーヴァーはプロイセンに併合されるが、この時まで同君連合が続いていたらどうなっていたか、想像するとなかなか面白い。

本巻は極めて良好な出来だと思います。

個人的評価としてはイギリス史>フランス・ドイツ史>ロシア史>イタリア史といった感じですが、どの章も平均レベルは十分クリアしているはず。

同じ時代を扱った中公旧版『ブルジョワの世紀』、河出版『ヨーロッパの栄光』、文春大世界史『自由と統一をめざして』と比べれば(講談社旧版は未読なのでわかりません)、やはり本書がずば抜けてます。

現在の歴史学に沿った叙述形式と歴史解釈に則って書いても、これだけ面白いものができるという良いお手本と言えるのではないでしょうか。

ヨーロッパ史概説として、17巻『ヨーロッパ近世の開花』と同じく、手堅い良作。

それにひきかえ、中世史の第10巻は・・・・・・と言いたくなりますが、しつこいので止めておきましょう。

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