万年初心者のための世界史ブックガイド

2008年10月6日

杉山正明 北川誠一 『大モンゴルの時代 (世界の歴史9)』 (中央公論社)

Filed under: 全集, 中央アジア — 万年初心者 @ 06:00

「モンゴル大好き」杉山正明先生の巻。

『遊牧民から見た世界史』を途中で投げ出して以来、杉山先生がどういう主張をお持ちなのかよく知っているので、かなり覚悟して読み始める。

これが、意外や意外、かなり面白い。

第1部が杉山氏執筆で、モンゴル史全般と元朝(大元ウルス)の興亡が範囲。

第2部が北川氏執筆で、イスラム世界のモンゴル史。

第1部では、スケールの大きな歴史の捉え方が叙述され、大いに興味を持たせる。

その過程で、これまでの通念を覆す説明が多くなされる。

モンゴル帝国と同時期のペルシア語史料では君主号としての「カアン」と「カン」は明確に区別されており、それを無視して何でも「ハーン」と記述する研究者は自らの無知を暴露しているとか、「蒙古・色目・漢人・南人」の階層制を特徴とする「モンゴル人第一主義」などは誇張もいいところだとか、バトゥの西征はロシア・東欧遠征というより、その手前のキプチャク草原を支配していたトルコ系遊牧民キプチャク族(クマン族)を標的にしていたのであって、ワールシュタットの戦いをさも大事件のように歴史教科書の中で特筆大書するのは悪しきヨーロッパ中心主義だとか、モンゴル帝国は世界規模のゆるやかな連邦的存在であり、「四ハーン国への分裂」という言い方は実態に即していないとか、等々。

チマチマした社会史的記述にややウンザリしていたので、こういう斬新な視点が非常に楽しく、知らず知らずページをめくるスピードが速くなる。

しかし、気になる点もやはり残る。

中華思想の裏返しのような、モンゴルおよび遊牧民勢力の美化・理想化、漢民族王朝敵視と感じられるような記述がちらほら。

南宋や前期の明王朝などは極めて批判的に叙述され、一部の口調はほとんど罵倒に近いといっても過言ではなく、「ここまで断言して大丈夫か」と思うほど。

具体的な名前を出しているのではないですが、漢文史料しか読まない中国史研究者をはじめとする他の歴史学者への嘲笑的批判も多い。

一箇所だけ名を挙げて批判している相手がブローデルとマクニールなのに驚く。

マクニールが、黒死病(ペスト)はモンゴルの活動によって広まったと書いている(私自身は未読ですが、『疫病と世界史 上・下』(中公文庫)にたぶんそういう記述があるんでしょう)ことに根拠が無いと反論して、えらく手厳しくその歴史家としての欠点を指摘している。

第1部は、まあ良くも悪くも躍動感があって思い切った叙述。

第2部に入ると、かなりダレる。

まず最初に、チンギス・ハンの征服があまりに大きな衝撃であったので、以後の中央アジア遊牧民の最高統治者の条件としてチンギス家の男系子孫であることを最重視する観念が形成されたことが述べられる。(これは宮脇淳子『最後の遊牧帝国ジューンガル部の興亡』(講談社選書メチエ)でも繰り返し論じられるテーマである。)

最初は「テングリ(天)」崇拝とシャーマニズム信仰、後にはイスラム教によって、その観念が支えられた事実を、ラシード・ウッディーンの『集史』や『元朝秘史』、各種の伝承の翻訳を交えて長々語られるのだが、正直これに一章費やされると辛い。

次に、キプチャク・ハン国とチャガタイ・ハン国のイスラムへの改宗を叙述。

イル・ハン国がガザン・ハンの治世に改宗したというのは高校世界史でも必ず暗記しなければならない重要事項だが、他のハン国の改宗過程というのは全く未知であり、その意味で興味はある。

しかしゴチャゴチャと煩瑣な記述で、どうにも面白くない。

キプチャク・ハン国のイスラム化の画期となったのが、ウズベク・ハンの治世であり、後にティムール朝を滅ぼすウズベク人は彼に因んで名付けられたという説があることだけ頭に入った。

驚いたことに、2002年版の『世界史B用語集』(山川出版社)で確認したら、このウズベク・ハンって載ってますね。

私の頃の高校世界史では全く聞かない人名でしたが。

しかし、イル・ハン国自体の記述がほとんどゼロなのは、どうした訳でしょう・・・・・?

教科書的記述ではティムール自身がチンギス・ハンの子孫を名乗ったということになっているが(←今の教科書だと違うかもしれません)、本書ではティムールがチンギス家の男系子孫を名目上のハンに立て、自らはアミール(将軍)とキュレゲン(婿)とだけ称した史実を記して、上記の「チンギス家への王権神授説」の根強さを説明している。

モンゴル勢力が膨張するにつれ、そのイスラム化、トルコ化が著しいが、モンゴルとトルコの関係についての記述が続く。

もともとモンゴル人とトルコ人は同じアルタイ語族であり、チンギス・ハンの配下にあった部族のうち、ケレイト、ナイマン、オングトはトルコ系である。

それでチンギス・ハンの大征服の後、被征服者のトルコ系遊牧民が自らの祖先伝承の中にモンゴルとの関係を加えて支配民族への加入や独立の根拠にしたりした。

そういう視点から、イル・ハン国滅亡後に出現したトルコ系王朝である、イラン西部とイラクのカラ・コユンル朝とイラク北部とアナトリア西部のアク・コユンル朝の父祖伝承を検討しているのだが、ややこしいだけで面白くない。

ジョチ・ウルス(キプチャク・ハン国)を源流として、シャイバーニー朝(それから分離したカザフ族)、クリム・ハン国、カザン・ハン国、アストラハン・ハン国、シベリア・ハン国、ボハラ・ハン国、ヒヴァ・ハン国が生まれ、これらの国は後にほとんどロシアに併合されることになるが、この辺も説明不足気味。

そもそもこれらの王朝は高校レベルでは名前すら出ないものもあるのに、父祖伝承の翻訳や検討に紙数を割きすぎて、基本的史実の説明が疎かになっている。

あまりにもバランスが悪い。

こういうのは編集者が「いや先生、これはちょっと困ります」とキチンと止めてもらいたい。

自分の研究分野や興味のあるテーマについて少々噛み砕いて書くだけでいいだろうと構えて、該当地域・時代の歴史の網羅性を無視するのは如何なもんでしょうか。

もう少し初心者の目線に立って、基礎重視の親切な叙述に徹してもらいたいもんです。

結論。第1部は異様にクセがあるが、まあ面白い。第2部は記述の形式に偏りがあって到底初心者向けとは言い難い。

前にも書きましたが、著者間での意思の統一と編集権の貫徹によって、平易で面白い物語的史書の全集ができないもんかなと考えてしまいます。

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