万年初心者のための世界史ブックガイド

2008年10月1日

北岡伸一 『清沢洌 増補版』 (中公新書)

Filed under: 近代日本 — 万年初心者 @ 06:00

久しく「近代日本」カテゴリに追加してないなあと思ったので、これを通読。

タイトルは「きよさわ きよし」と読みます。

戦前活躍し、終戦間際に病死した、自由主義的・国際協調主義的な外交評論家の評伝。

矯激な世論と時流に抗し、自らの信念に忠実に奮闘した生涯を描いている。

常に在野にあって、政府の公職とは無縁の人物ではあるが、その外交評論をたどることで当時の世界情勢と日本外交の焦点を明快に知ることができる。

個人としても単純な枠に収まらない多面的な人物像が非常に興味深い。

対米英協調を常に主張しながらも、時にアメリカ・イギリスへの鋭い批判や自国擁護を見せる部分が強い印象を与える。

これはかなり面白い。

文章も巧いし、スラスラ読めて、昭和前期の政治外交史の復習ができる。

細かな記述については、以下一点だけ引用しておきます。

(1938年11月、日中戦争の膠着状態の中、出された「東亜新秩序」を目指すとする第二次近衛声明を批判して)

清沢はこのような外交はとくにアメリカに対して不適当だと考えた。清沢はアメリカ外交の最大の特徴は、完全な「外交権」を持った主体が存在しないことであると考えていた。大統領は上院の強い制約を受けるし、上院の権限もまた完全ではない、強いて言えば「米国外交の中枢は実体のない『世論』である」というのが、清沢の理解であった・・・・・。対米外交における世論重視の必要性は、ロンドン海軍軍縮会議や満州事変、上海事変に関係して、清沢がすでに説いていたところであった。ところがこの世論なるものは、単純明快な原則を理解することは出来るが、具体的な細目までは容易に理解しえない、しかも皮肉なことにアメリカは中国において顕著な権益を持っていないので、具体的な問題で日本がアメリカ世論の目にとまるほど顕著な譲歩をすることは不可能であった。政治的経験に富む宇垣が原則にはふれないで事実問題で折り合おうとしたのと対照的に、近衛と有田が原則――それも内容空疎な――で対決し、しかるのちに細部で譲歩を考えることは、イギリス相手ならともかく、アメリカ相手ではとくに拙劣なやり方であると清沢は嘆いた・・・・・。

はたしてアメリカは、十一月の有田外相の回答に対して慎重に検討を加えた結果、十二月三十日、主権に属さない地域における「新秩序」の形成を指示する権利はいかなる国にもないとして、従来にない激しい言葉を用いて抗議を寄せた。しかもこれに先立って、同月、アメリカは中国に二五〇〇万ドルの商業信用を供与することを発表した。これは事実上の借款の供与であって、一九三七年の中立法との関係で問題のある行為であった。つまり、東亜新秩序声明によって主義上の正面衝突が明らかとなった段階で、アメリカは中国援助の方針に踏み切ったのであった。しかもその翌月、昭和十四年一月には、イギリスもアメリカにならって、輸出信用の拡大によって中国に対する事実上の借款供与に踏み切った。前年中は日本に対して宥和的であったイギリスが、こうしてアメリカと提携して中国援助に乗り出した点でも、アメリカの十三年末の新政策は重要であった。

広告

WordPress.com で無料サイトやブログを作成.

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。