万年初心者のための世界史ブックガイド

2008年6月27日

樺山紘一 『ルネサンスと地中海 (世界の歴史16)』 (中公文庫)

Filed under: ヨーロッパ, 全集 — 万年初心者 @ 06:00

以前読んだことのあるこれをこの度10年ぶりに再読。

記事にするのが二度目なので、ここのタイトルは文庫版にしておきます。

単行本の記事はこちら

ルネサンス史ということで当然文化史が中心。

他の国々にも触れられているが、イタリアに極めて大きな比重を置いた記述。

カテゴリは「全集」と「ヨーロッパ」にしてますが、「イタリア」でも別に構わないかなというほど。

文化史に加えて社会史的記述が多く、政治史はごく大まかな見取り図としてだけ提供される。

それゆえ単行本の記事で書いた通り、私には向いていない本ということは言える。

しかし、再読した感想は予想以上に良かった。

私には十全に感じ取れないとは言え、全体的に非常な高尚な印象を受ける叙述。

表現も巧いし、含蓄がある。

流れるような文章でスラスラ読めるので、簡単に読了できた。

ルネサンスの通俗的な理解を近年の研究成果によって訂正しつつ、各章の最後で著名な芸術家・文化人・パトロンの肖像を描くという構成は見事。

「インテルメッツォ<人びとの肖像>」と題された伝記部分は(単行本では)見開き2ページという短さで各人の事績と人物像を鮮明に記憶に刻み込んでくれる。

通常の記述部分でも、例えばカトリックとプロテスタントの人間観の違いなど目の冴えるような明解な説明で、非常にわかりやすく面白い。

政治史的記述もごくわずかとは言え、ポイントを突いたものでルネサンスの舞台装置の理解を深めてくれる。

前の記事では、私以外の人にとっては良書ではないかと控え目に書きましたが、再度読んでみると、これはかなりの名著ではないかと思えてきました。

中公新版「世界の歴史」の第一回配本にふさわしい良書と言えましょう。

是非お勧め致します。

なお同時代を扱った本で、事実関係の記述により詳しいものとしてモンタネッリ、ジェルヴァーゾ『ルネサンスの歴史 上・下』(中公文庫)があります。

こちらも素晴らしい。

人物を中心に興味深いエピソードを常に交えて近世初頭のヨーロッパ史を全く飽きさせずに読ませる。

初心者向け啓蒙書としては最高レベルの本。

以前にも書きましたが、モンタネッリのイタリア史シリーズを全巻通して翻訳出版してもらえないものでしょうか。

『ローマの歴史』(中公文庫)と『ルネサンスの歴史』がこれだけロングセラーになっているのだから、出せば絶対売れると思います。

中央公論の担当者様、是非御一考をお願い致します。

2008年6月23日

マックス・ウェーバー 『社会主義』 (講談社学術文庫)

Filed under: 思想・哲学 — 万年初心者 @ 06:00

1918年6月に行われたウェーバーの講演。

当時は第一次大戦末期であり、前年ロシア革命が勃発、東部戦線ではブレスト・リトフスク条約で休戦が成立、ドイツ軍は西部戦線で最後の攻勢に出るが、この半年後に敗北する。

本文は70ページほどの短さなのですぐに読了できる。

官僚制化という近代社会の趨勢は社会主義革命によっても変えることはできないし、革命後はかえって国家官僚への国民の隷属が一層酷くなるであろう、というのが論旨。

他に、教条的マルクス主義の資本主義崩壊論の誤りを指摘したりしてますが、はっきり言ってあんまり面白くないです。

訳者の解説ではウェーバーの大戦前の社会民主党に対する批判とドイツ革命での態度について書かれていて割と参考になる。

ワイマール共和国の政党を左から右に並べると、共産党、独立社会民主党、社会民主党、民主党、中央党、人民党、国家人民党、ナチスとなりますが、ウェーバーは中道自由主義政党である民主党に参加。

(独立社会民主党はまもなく左右に分裂、存在を解消して左派は共産党に、右派は多数派社会民主党に合流。)

自由主義者は極左的な暴力革命を否定し、議会制民主主義の枠内に革命を留めようと努力し、ウェーバーも同様の態度を取る。

自由主義勢力や社会民主党が保守派や軍部と協力して、ドイツの共産化を阻止したわけですが、一昔前はそれが一部で「裏切り」と見なされていたわけですから、考えてみれば無茶な話です。

セバスティアン・ハフナー『裏切られたドイツ革命』(平凡社)のように共産主義にはっきり反対する立場でありながら、社会民主党が国制改革を徹底して押し進めず、労働者階級が権力を完全に掌握しなかったことを批判し、それが結局ナチの勝利に繋がったとする本もあるが、ちょっと首を傾げてしまう。

この本を読んだ時、事実上の選択肢としては存在しなかったと承知しながらも「そもそもドイツで帝政が続いて政治が民主化されなかったら、ヒトラーが政権を取る可能性は全く無かったんじゃないの?」という全く別な感想が浮かんできた。

国政の民主化は不可避だったにしても、林健太郎『ワイマル共和国』(中公新書)などを読むと共和政への移行はかなりの偶然が作用しているようなので、もし帝政が続いていたらという歴史のイフを考えて、政治権力から分離された権威の中心があったなら、日本やイタリアの例から見て軍部によるヒトラー打倒運動が成功した可能性がより高まったのではないかとも思えてくる。

こんなことは埒も無い素人談義に過ぎないと弁えつつも、本書の解説を読んだ後、どうしてもいろいろ考えてしまいました。

ただ本書自体はさして重要で面白いとも思えませんでした。

類書、というほど似たタイプの本では無いんですが、関連本としてマイネッケ『ドイツの悲劇』(中公文庫)は是非読むべき本だと思いますので、こちらも機会があればお手にとって下さい。

2008年6月19日

C・A・ビアード 『アメリカ政党史』 (東京大学出版会)

Filed under: アメリカ — 万年初心者 @ 06:00

書店や図書館で時々見かけながらこれまで読む機会の無かった本書をこの度通読。

1787年制定の合衆国憲法を支持する連邦派(フェデラリスト)とこれに批判的な反連邦派(アンチ・フェデラリスト)がアメリカ建国後最初の政治的党派であり、前者が今日の共和党、後者が民主党の源流。

しかし反連邦派がリパブリカン(共和派)と名乗ったのでややこしい。

図式的に言うと、連邦派(フェデラリスト)は「ハミルトンの指導・中央集権主義・商工業立国・保護関税・親英外交・デモクラシーへの警戒」を主な主張とするもので、これに対し反連邦派(リパブリカン)は「ジェファソンの指導・州権主義・農業立国・自由貿易・親仏外交・デモクラシーの称揚」。

ごく大雑把に整理すると、フェデラリストは右派であり、リパブリカンは左派である。

初期の連邦派の優勢の後、第3代ジェファソンからリパブリカン所属の大統領が続き、1810年代半ばからフェデラリストは衰退、一時リパブリカンの一党支配の状況となる。

フェデラリスト系勢力は1830年代に国民共和党として復活、まもなくジャクソン政権の専横に反対する意味でホイッグ党と改称する。

イギリス史ではトーリー党に対して進歩的な勢力がホイッグ党に集結するが、アメリカ史では右派的勢力がホイッグを名乗っている。

この時期、リパブリカンは民主共和党を称していたと読んだ覚えがあるが、本書ではこの名称には触れられていない。

ジャクソンの与党が民主党となり、ホイッグ党と対立。

奴隷問題の緊迫化を契機にホイッグ党を中心として1854年共和党結成。

これで二大政党が成立、以後今日まで変化無し。

19世紀末に人民党、20世紀初めに革新党という第三勢力ができるが、大きな流れにはならず。

なお、「初心者がアメリカ史を学ぶ上で」の記事で、アメリカ歴代大統領は出来れば暗記しましょうと書きましたが、よい機会なので19世紀末までの大統領を、就任年度・所属党派と共に以下メモしておきます。

まず建国からジャクソン政権まで。

1789年 ジョージ・ワシントン(連邦派)

1797年 ジョン・アダムズ(連邦派)

1801年 トマス・ジェファソン(リパブリカン)

1809年 ジェームズ・マディソン(リパブリカン)

1817年 ジェームズ・モンロー(リパブリカン)

1825年 ジョン・クインシー・アダムズ(リパブリカン)

1829年 アンドリュー・ジャクソン(民主)

初代ワシントンは無党派と記している本もあるが、本書の末尾の歴代大統領一覧では連邦派と表記されている。

上記の通り、ジェファソン以降はリパブリカン党とその流れを汲む民主党優勢。

マディソンは元フェデラリストで、『ザ・フェデラリスト』の共著者だが、リパブリカンへ転向。

ジョン・クインシー・アダムズはジョン・アダムズの息子。

本書ではこの人は親と反対にリパブリカンだったという扱いだが、リパブリカンから反ジャクソンの主張を掲げて分離したこのジョン・クインシー・アダムズ一派をもって国民共和党の祖とする見方もある模様。

この辺は知識不足で私にはよくわかりません。

次にジャクソンからリンカーンまで。

1837年 ヴァン・ビューレン(民主党)

1841年 ウィリアム・ハリソン(ホイッグ)

1841年 ジョン・タイラー(ホイッグ)

1845年 ジェームズ・ポーク(民主)

1849年 ザカリー・テイラー(ホイッグ)

1850年 ミラード・フィルモア(ホイッグ)

1853年 フランクリン・ピアース(民主)

1857年 ジェームズ・ブキャナン(民主)

1861年 エイブラハム・リンカーン(共和)

ハリソンとテイラーの二人のホイッグ党大統領は任期中に病死。

最後にリンカーン以後からマッキンリーまで。

1865年 アンドリュー・ジョンソン(共和)

1869年 ユリセス・グラント(共和)

1877年 ラザフォード・ヘイズ(共和)

1881年 ジェームズ・ガーフィールド(共和)

1881年 チェスター・アーサー(共和)

1885年 グローヴァー・クリーヴランド(民主)

1889年 ベンジャミン・ハリソン(共和)

1893年 グローヴァー・クリーヴランド(民主)

1897年 ウィリアム・マッキンリー(共和)

アンドリュー・ジョンソンは南部分離反対派の民主党員だが、共和党に推されて副大統領となり、リンカーン暗殺後大統領に昇格。

よって民主党の大統領と表記している本も多いが、本書では共和党所属扱い。

ガーフィールドは任期中に暗殺。暗殺された米大統領はリンカーン、ガーフィールド、マッキンリー、ケネディの四人。

この時期は完全な共和党優位(議会は民主党多数の時もあった模様)。

マッキンリーの後は、セオドア・ルーズヴェルト、タフトと共和党政権が続くから、南北戦争から1913年ウッドロー・ウィルソン就任までの半世紀間、民主党の大統領は(アンドリュー・ジョンソンを数えなければ)クリーヴランドただ一人ということになる。

このクリーヴランドは間を置いて再選された唯一の大統領でもある。

現在は大統領の三選は禁止されているが、これは連続三選の意味らしく、数年前に現実味はほとんど無いがという前提でビル・クリントンが再度民主党大統領候補になる可能性についてのベタ記事をある新聞で読んだ記憶があります。

年齢だけから言うと可能性は絶無でも無いですが、ご存知の通りあのエゲツない嫁がやる気満々で出馬しましたので、いよいよあり得ない話でしょう。

本書の内容はなかなか良く出来ていると思います。

政党史といっても狭い専門史という感じではなく、ごく平易な政治史の見取り図を得るために使える。

初心者にとって通読すれば効用は大きい。

原著の記述は1920年代までであり、続きは訳者による補遺である。

その旨あとがきに記してあるのだが、できれば前書きを作って明記しておいてくれたらより親切だったのにと思った。

大部の本ではなく、楽に通読できますので、機会があればお読み下さい。

2008年6月16日

『ショーペンハウアー全集 13』 (白水社)

Filed under: 思想・哲学 — 万年初心者 @ 06:00

最初に申し上げておかないといけないのは、この「哲学小品集Ⅳ」の巻のうち、冒頭の「法学と政治によせて」しか読んでおりません。

トーマス・マン『非政治的人間の考察』(筑摩書房)で引用されていたのを見て、是非読むべきだなと思ったので。

確かに素晴らしい内容ですが、30ページ余りとあまりに短すぎる。

とは言え、この哲学小品集からピックアップされた文章が、『読書について』『自殺について』『知性について』と文庫化されているなら、まずこれを他の文章との抱き合わせでもいいので刊行して欲しいと切実に思いました。

しかし、本書に接したほとんどの方は「何だ、こりゃ???」と感じるだけだと思います。

私自身、本書ほど徹底した反動主義的主張になぜこれほど心を動かされるのか、自分でも上手く説明できません。

乏しい脳味噌を絞って考えると、現代におけるある種の過剰な価値観への解毒剤としては、本書くらい副作用の強い薬を服用する必要があるということでしょうか。

私は非常に面白いと思いましたので、存在だけは紹介しておきます。

これが、完全に時代錯誤な頑迷家のたわ言なのか、それとも現代の相対主義の泥沼から抜け出すための導きの糸なのかの判断は、皆様にお任せします。

いたるところ、あらゆる時代に、政府や法律や公の機構に対する不満が絶えたことはない。しかしそれは大部分、人間の生活に不可分離にくっついている悲惨、神話的にいえば、アダムが受けた呪いであり、アダムとともに人類全体が受けた呪いともいうべき悲惨を、いつでも政府や法律などのせいにするからにほかならぬ。しかしそういった誤ったなすりつけを、「いまどき」の民衆煽動家以上に、嘘っぱちの鉄面皮なやりかたでやったものはない。彼らはキリスト教の敵として楽天主義者なのだ。世界は彼らにとって「自己目的」であり、したがってそれ自体において、すなわちその自然の性質のうえで、完全にすばらしくできあがっているのであり、至福の棲み家である。これを打ち消すような世界の巨大な禍を、彼らはすべて政府の責任に帰するのだ。政府がその責任さえはたしておれば、地上に天国が出現し、万人がなんら苦労しないでもたらふく食い、鯨飲し、おたがい宣伝しあったうえ、くたばることができるというのだ。じつはこれは彼らの称する「自己目的」をわたし流に言いかえたもので、彼らがはなやかなきまり文句で倦むこともなく唱えている「人類の無限の進歩」の目的とするところなのだ。

2008年6月12日

マックス・ガロ 『イタリアか、死か』 (中央公論新社)

Filed under: イタリア — 万年初心者 @ 06:00

カヴール、マッツィーニと並んでイタリア統一の三傑であるジュゼッペ・ガリバルディの伝記。

著者は社会党所属のフランス国会議員。

訳文は流暢で読みやすいが、500ページ超の分量はちょっとキツイ。

日本人著者が書いた新書版の伝記が欲しいところだが、無いから仕方ない。

ガリバルディはニース出身。

マッツィーニの青年イタリアに加わり、当局の取り締りを逃れて南アメリカに亡命。

当地でブラジルからの分離を目指す南部の共和国を支援したり、独立間もないウルグアイ軍に加わり、アルゼンチンの独裁者ロサスと戦ったりしている。

1848年革命にあわせてイタリアへ帰国。

1849年ローマ共和国防衛のため、フランス軍と戦うが敗北、再度アメリカ大陸へ亡命。

この後、急進的空論家の傾きのあるマッツィーニと距離を置きはじめ、共和主義の主張を棚上げしてピエモンテ・サルデーニャ王国のイタリア統一事業に協力する。

1859年イタリア統一戦争に参加。

60年中部イタリア併合の代償として故郷のニースがサヴォイアと共にフランスに割譲されることに憤慨しながら、カヴールの微温的な態度を横目に赤シャツ隊(千人隊)を率いてシチリア島上陸。

シチリアを制した後、半島南部に侵攻しナポリに入城、両シチリア王国を征服して、サルデーニャ王に献上する。

1861年イタリア王国が誕生し、教科書的にはここでガリバルディは御役御免ですが、本書では以後の生涯も詳しい。

61年以後も未統一地域征服のため義勇軍を組織し、ローマ教皇領に二度侵攻を企て、オーストリア領チロル奪還のためにも戦っている。

66年のオーストリアへの攻撃は失敗し、成果なく撤退。

62年ローマ侵攻の一度目は教皇領に入る前にフランスとの全面戦争を恐れるイタリア政府軍に鎮圧されガリバルディも負傷、その後仏伊間の協定で教皇領から仏軍は撤退するが、67年二度目の侵攻の際ガリバルディの義勇軍は急派された仏軍に惨敗。(70年普仏戦争時、撤退したフランス軍はこの時派遣されていたものらしい。)

なお、教科書では教皇領の併合は70年となっているが、歴史地図をみると教皇領のうちアドリア海に面した北側三分の二くらいは60年併合というような表示になっている。

それについては本書でも説明が無いのでよくわからない。

その他、イタリア統一と同年勃発したアメリカ南北戦争で北軍への参加を仄めかしたり、普仏戦争ではフランス側に義勇軍として実際に従軍したりと派手な行動は生涯変わらず。

そうした直情的行動家の一面がある一方、妥協と漸進主義の実際家としての性格も強かった。

シチリア・ナポリ征服の際、共和国を宣言するようにとのマッツィーニ派の働きかけを無視し、民族統一を最重視して同地をサルデーニャ王に献上。

民族の独立と統一のためには武器を取ることをためらわなかったが、国内の階級闘争を暴力で解決することには反対し、シチリア遠征の際、地方役人を虐殺した反乱農民を絞首刑に処している。

筋金入りの共和主義者として王政への強い反感を持ち、カヴールをはじめとするその下僚に辛らつな非難を浴びせたが、イタリア統一の象徴たるヴィットーリオ・エマヌエーレ2世王個人への攻撃は避けた。

最晩年には社会主義への共感を持つが、プロレタリア独裁などの概念は否定する。

19世紀ヨーロッパで自由主義進歩派の偶像といえるほどの人気を博したガリバルディだが、こうした民族問題最重視と階級闘争軽視の姿勢に対してブランキやマルクス、エンゲルスは批判の言葉を残している。

以上のような面をもって、ガリバルディの「限界」とみるか、それとも革命家にしては分別があるとみるかは人によって意見が分かれるでしょう。

通読にやや骨が折れるが、その分内容は豊富。

なかなか良好な出来と言っていいんじゃないでしょうか。

類書としては、ロザリオ・ロメーオ『カヴールとその時代』(白水社)がありますが、とんでもない値段と分厚さなので、私には到底通読できません。

森田鉄郎『イタリア民族革命の使徒マッツィーニ』(清水書院)は手軽な新書版ですが、立ち読みしたところ、評価がやや教条的かなと感じたので未だ読んでおりません。

他に何か適当な本がありましたら、ご教示下さい。

2008年6月9日

木下康彦 木村靖二 吉田寅 編 『詳説世界史研究』 (山川出版社)

Filed under: 教科書・年表・事典 — 万年初心者 @ 06:00

教科書の記述を大幅に補強した参考書。

最近改訂版が出たようです。

私が高校時代使っていたこの種の本は確か旺文社から出ていたものだったと思う。

旺文社のHPを見ると、今はその種のものは出されていないようだ。

パラパラ読んでみると詳細かつ丁寧な内容でなかなか良い。

所々にあるコラムも興味を持たせる。

時々教科書的叙述から踏み越えた史的評価があって面白い。

例えば、フランス革命の章の末尾を読んでみて下さい。

受験参考書とは思えない程、冷静な懐疑精神に満ちた文章に深く感心させられます。

少々値は張りますが、買い求めて手元に置いておくのも良いのではないでしょうか。

どの本に収められている分だったか思い出せないのですが、宮崎市定氏のエッセイで以下のような文章を読んだ覚えがあります。

日本の歴史教科書は生徒が内容を全部覚えるものという建前があるので、重要な歴史用語を並べただけの簡略なものであり、教師がそれに詳しい細部を加えた指導用教本を持っている。

それに対してフランスでは生徒向けの教科書が非常に詳しく、例えば日露戦争の部分では日露両国の捕虜の数の比較までもが載っており、教師はその膨大な記述の中から何が重要かを指摘しながら授業をする。

そして、その日仏両国の教え方を比べて、宮崎氏はフランスの方に軍配を上げるといった話だった記憶があります。

私も鶏ガラみたいな教科書の記述は初心者にとって砂を噛むようで面白くないだろうと考えます。

非常に勝手な空想を言わせてもらうと、まず教科書の分量を数倍に増やしてみてはどうでしょうか。

興味深いエピソードや人物の肖像を出来る限り採用し、物語性を最重視した叙述に徹した教科書を作る。

その教科書は興味のある部分を生徒が自由に読むようにして、普段の授業は板書やプリントでポイントを明示し読書の力点のみを指導するといった感じ。

実現性はほぼゼロですが、たまにそんな埒も無いことを考えます。

ただ、初心者向けの本としては「簡略だからわかりやすい」とは必ずしも言えず、ある程度の網羅性が無いとかえって理解しにくいという点があるのは事実じゃないかと。

ということで、実際の教科書ではなく、本書程度の参考書を基本テキストとして使うのも一理あると思われます。

2008年6月7日

マックス・ヴェーバー 『職業としての政治』 (岩波文庫)

Filed under: 思想・哲学 — 万年初心者 @ 06:00

久しぶりに来ました、「タイトルと読んだという事実以外に書くことが無い」本です。

ウェーバーの祖国ドイツが第一次大戦に敗北した直後に行われた講演。

大学時代、「薄くてすぐ読めそうだから」という理由で通読。

『職業としての学問』もほぼ同時に読んだ。

楽に読めたという記憶はあるが、強い印象を受けたという感じはしない。

これくらい短い本なら再読しろと言われるかもしれませんが、なかなかやる気が出ません。

ましてや『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』(岩波文庫)なんて到底読めない。

ウェーバーが同時期行った講演として、講談社学術文庫に『社会主義』という本が収められているようなので、こちらは機会があれば読んでみたいと考えています。

2008年6月3日

R・S・シャルマ 『古代インドの歴史』 (山川出版社)

Filed under: インド — 万年初心者 @ 06:00

太古から8世紀ごろまでのインド史。

一章ごとのページ数が少なめなので読みやすい。

ターパル、スピィア『インド史』(みすず書房)に比べて、特に悪くもなく、載っている地図は本書の方が詳しくて良いが、本文の叙述はやや重厚さに欠けるか。

北インドにおける諸王朝の興亡は教科書の標準的記述と同じく素直に読んで理解できますが、南インド史は少々ややこしいので、以下私的にメモします。

そもそも南インド史がなぜわかりにくいかというと、まず高校世界史であまり習わない。

私の記憶に残っていた南インドの王朝はサータヴァーハナ(アーンドラ)朝とヴィジャヤナガル王国、あと付け加えればチョーラ朝のみ。

『世界史B用語集』を見ると、その他の王朝もそこそこ載っているが、高校時代には全然馴染みが無かった。

それと地理がうまくつかめない。

一口に南インドといっても広大な領域なので、デカン高原・東海岸・西海岸・南端部のどこに勢力をもった国家なのかをいちいち把握しなければならない。

近藤治『インドの歴史』(講談社現代新書)の131ページに南インドの王朝交代図という便利な表があるが、そこではターパル『インド史』を引用し、南インド政治史において西部デカン地方とタミル地方という二つの領域を設定し、さらに後者のタミル地方を南端部地方と南東部地方の二つに分けて説明している。

さらに王朝の存続期間の問題がある。

パーンディヤ朝(前3~後14世紀)やチョーラ朝(前3~後13世紀)のようにやたら寿命の長い王朝があり、他にもチャールキヤ朝、チェーラ朝もかなり長期間存続しているが、盛期によって前・後期の二つ(場合によっては三つ)に分かれたりするのが、最高にややこしい。

本書の範囲内の南インド政治史の概略を記すと以下の通り。

デカンでサータヴァーハナ朝が栄えていた頃、南東部地方で前期チョーラ朝、南端部地方で前期パーンディヤ朝、南端部西海岸地方で前期チェーラ朝が繁栄するが、これらはすべて後2世紀ごろに衰退。

サータヴァーハナ朝滅亡後、デカンでヴァカタカ朝が興起。グプタ朝のチャンドラグプタ2世はこの王朝と婚姻関係を結び一時影響下に置く。

6世紀半ば、ヴァカタカ朝の後を前期チャールキヤ朝が継ぎ、200年間支配を継続した後、8世紀半ばにラーシュトラクータ朝に滅ぼされる。

南東部地方では3世紀後半から9世紀末にかけてパッラヴァ朝が繁栄。

南端部ではパーンディヤ朝が復興。

チャールキヤ朝とパッラヴァ朝は激しく抗争、チャールキヤ朝のプラケシン2世は、ハルシャ王率いるヴァルダナ朝の南征軍を撃退したが、パッラヴァ朝との戦いで敗死。

北インド史の全般的傾向としては、マウリヤ朝・クシャーナ朝時代は中央集権的帝国組織が機能し、商業と外国貿易で都市が繁栄した時代と捉えられているのに対し、グプタ朝以後は土地施与政策による分権化・封建化が進んでおり、貿易・商業と都市の衰退によって特徴付けられる時代とされている模様。

総合的に見て悪い本ではないと思います。

姉妹編としてサティーシュ・チャンドラ『中世インドの歴史』(山川出版社)というのがあるようです。

みすず書房の『インド史』とどちらを基本テキストにするか迷いますが、私としてはやはりみすず書房の方がやや上かなと思います。

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