万年初心者のための世界史ブックガイド

2008年5月14日

古田元夫 『ホー・チ・ミン (現代アジアの肖像10)』 (岩波書店)

Filed under: 東南アジア — 万年初心者 @ 06:00

またまたこのシリーズ。

まず言っておかなければならないのは、「岩波刊でこの人物ならどうせ教条的な内容だろう」という先入見は当たっていません(実は私も手に取る前は少々そういう偏見を持ってましたが)。

ホーに批判的ということはなく、むしろ高く評価しているが、少なくとも一昔前の聖人礼賛風の本ではないです。

ホー・チミンは1890年ごろ誕生。

青年期に日露戦争後のファン・ボイ・チャウの東遊運動には参加せず、むしろファン・チャウ(チュー)・チンの対仏融和的・漸進的独立論に近い立場を採る。

フランス留学中、反体制独立運動家となり、1925年ヴェトナム青年革命同志会、1930年インドシナ共産党を結成。

階級闘争と共に民族独立を重視し、広範な統一戦線を目指すホーの方針は、30年代の殆どの時期コミンテルンの路線と一致しなかったが、ヴェトナム在住の主要指導者が逮捕・処刑されていたため、1941年ヴェトナム独立同盟(ヴェトミン)指導者としてその地位を確立する。

その後、本書では1945年「八月革命」での反対派暗殺、急進的土地改革の弊害、風刺文学への弾圧など、北ヴェトナムの影の部分にもきちんと触れられている。

最初の殺害行為は『共産主義黒書コミンテルン・アジア篇』でも少し取り上げられているが、インドシナ共産党により「売国越奸」と認定された人物への組織的暗殺。

50年代半ばの土地改革は他の社会主義国と同じく極めて教条主義的態度で進められ、ディエンビエンフーで勇敢に戦ったヴェトミン兵士が帰郷すると実家が地主階層に分類されて財産没収の憂き目に遭っていたなんてこともあったらしい。

この時期、相当数の農民やカトリック教徒が南ヴェトナムに逃亡したと別の本で読んだ覚えがあります。

その少し後に中国の「百花斉放」や、土地改革の行き過ぎに関するヴェトナム労働党(1951年インドシナ共産党を改組)の自己批判に影響されて知識人の自由化運動が起きたが、結果として党の自己批判が反対派を炙り出す罠になってしまい、徹底した弾圧が行われたのも中国と同じ。

以上のような史実についてのホー個人の関与と責任をめぐって、公式主義的な左派的解釈と突き放した右派的解釈の合間をくぐり抜けていく著者の筆致が興味深い(皮肉でなしに)。

ホーは69年に死去。後継者のレ・ズアンがヴェトナム戦争勝利と南北統一を成し遂げるが、教条的な社会主義計画路線を続けたため経済は破綻、国際的にも孤立する。

86年にドイモイという名の改革開放政策が始まり、経済成長が軌道に乗り、95年米越国交正常化とASEAN加盟を実現した。

ホー・チミン個人の伝記としてよくまとまっており、読みやすい。

最初に書いたように史的解釈についても大きな偏りは感じられない。

ホーを政治家として評価する上で、「フランスおよびアメリカとの戦争という甚大な犠牲を伴う道を採る以外に民族の独立を達成する手段は無かったのか」という疑問を正面から提出しているのは、非常に真っ当で賞賛に値すると思います。

著者の答えは「インドシナ戦争が植民地主義の終焉を、ヴェトナム戦争が冷戦のそれを早めたと思われるので、ホーの選んだ道は正当化され得る」というもので、前半はまあその通りだと思いますが、後半は別段親米的立場に立たなくとも少々無理があるかなと感じます。

しかしそれは単なる意見の相違というもので、それで本書自体を否定するのは不当でしょう。

もちろん、ホーに対してより厳しい見方があってもよいわけですが、「偶像破壊」に性急な余り、事実関係の記述まで疑わしく思えるようになっては元も子もないので(例:ユン・チアン『マオ』)、このくらいの評価ならまあ穏当な範囲内じゃないでしょうか。

なかなかの良書だと思いますので、機会があれば是非どうぞ。

なお末尾の参考文献欄を眺めてたら、デービッド・ハルバースタム『ホー・チ・ミン』(角川書店 1971年)てのがあって軽い驚きを覚えました。

ハルバースタムと言えばアメリカの優れたジャーナリストで、ヴェトナムの泥沼に陥るアメリカを描いた『ベスト&ブライテスト 上・中・下』(朝日文庫)が有名ですが、ホー・チミン伝も書いてたんですね。

チャールズ・フェン『ホー・チ・ミン伝 上・下』(岩波新書)なんてのはイデオロギー色過剰の本に思えますから(この先入観も間違いかもしれませんが)、一度ハルバースタムの本を図書館で借りてみようかなと思います。

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