万年初心者のための世界史ブックガイド

2008年4月29日

山口修 『読んで役立つ 中国史55話』 (山川出版社)

Filed under: 中国 — 万年初心者 @ 06:00

タイトルからすると、誰でも知ってるような史的エピソードを適当に並べただけの内容の薄い雑学本と思いかねないんですが、中身は全然違います。

皇帝の諡号と廟号の区別や、地方各省の名称、都市の呼び方の変遷など、中国史を学ぶ上でごく基礎的な事項を平易に解説した本。

学習の初期段階で読んでおくと便利です。

無理に買うほどの本でもないですが、図書館で見かけたら借りてみるのも良いでしょう。

2008年4月25日

チャールズ・ウィルスン 『オランダ共和国』 (平凡社)

Filed under: オランダ — 万年初心者 @ 06:00

単独のカテゴリを立てながら、一向に増える気配の無いオランダ史に何とか追加するためという、少々妙な動機でこれを読みました。

「オランダ」というカテゴリ名をやめて「ベネルクス」にしようかとも考えましたが、その場合果たしてこの先ベルギー史やルクセンブルク史の本を読むことがあるのかという問題があります。

カテゴリ自体無くしてしまって、「ヨーロッパ」にでも放り込もうかと思ったんですが、近世以降の覇権国を並べると、16世紀スペイン→17世紀前半オランダ→17世紀後半フランス→18世紀イギリス→19世紀イギリス→20世紀アメリカとなるでしょうから、いややはり重要な国なんだろうと思い直してそのまま存続させます。

17世紀を中心にしたオランダ史概説。

年代順に政治史的記述を積み重ねる本ではなく、経済・社会・文化に重点を置いてテーマごとに論じていく。

どちらかと言えば私にとって苦手なタイプの本。

基礎的な通史的知識は岡崎久彦『繁栄と衰退と』(文春文庫)で押さえておく必要がある。(この本は物語として非常に面白いので是非お勧めします。)

しかしごく大まかな傾向とイメージだけ読み取ろうと割り切るとそれなりに有益。

(美術・建築関係の文化史の章はさすがに読み飛ばしたが。)

読んでる途中で、この書名はどこかで見た覚えがあるなあと思って調べたら、高坂正堯『文明が衰亡するとき』(新潮社)に参考文献として名が挙げられていた。

そこで、「すぐれた概説書である」と評価されてるから、やはりいい本ではあるんでしょう。

機会があればお読み下さい。

以下、一応高校世界史の範囲内でありながら、何度読んでも忘れる英蘭戦争とルイ14世の征服戦争関連の史実と年代を私的にメモしておきます。

1651年 航海条令(英クロムウェル政権)

1652~54年 第1次英蘭戦争

1659年 ピレネー条約(仏、アルトワ、ルシヨン併合)

1660年 イギリス王政復古

1661年 ルイ14世親政

1664年 英、ニューアムステルダム奪取、ニューヨークと改名

1665~67年 第2次英蘭戦争

1667~68年 南ネーデルラント継承戦争

1668年 アーヘンの和約(仏、リール併合)

1672~74年 第3次英蘭戦争

1672~78年 オランダ戦争

1678年 ナイメーヘン条約(仏、フランシュ・コンテ、カンブレー等併合)

1681年 仏、ストラスブール併合

1688年 名誉革命 オランダ総督ウィレム、ウィリアム3世として英国王に即位

1688~97年 ファルツ継承戦争(アウグスブルク同盟戦争・植民地ではウィリアム王戦争)

1697年 ライスワイク条約(仏、アルザスの未獲得部分併合)

1701~13年 スペイン継承戦争(植民地では02年からアン女王戦争)

1713年 ユトレヒト条約(英、ジブラルタル・ミノルカ島・ハドソン湾地方・ニューファンドランド・アカディア併合)

1714年 ラシュタット条約(墺、南ネーデルラント・ミラノ・ナポリ・サルデーニャ島領有)

上の第3次英蘭戦争とルイ14世のオランダ戦争が重なった時期に英仏両国を敵にまわしてオランダは亡国の危機に陥るが、しばらくして名誉革命という「奇跡」が起こり、以後英蘭が同盟関係に入り、仏に対抗する形勢となる。

1659年のピレネー条約は、高校世界史範囲外だが、三十年戦争中から続いていたフランス・スペイン間戦争の講和条約。

アルトワは東北国境ベルギー近くの土地で、ルシヨンは西南部仏西国境の一地方。

スペイン継承戦争でオーストリア・ハプスブルク家領有となったナポリと、サヴォイ領からハプスブルク領になったシチリアから成る両シチリア王国がブルボン家の領土となった経緯およびフランスのロレーヌ併合については、『ポーランド民族の歴史』の記事の真ん中あたりを参照。

なお、高校世界史では四回にわたる「ルイ14世の侵略戦争」は「若干の領土を得ただけで成果無く終わった」と断定的に評価されているが、以上を見ると東部国境でかなりの領土を拡張している。

この部分は吉川弘文館の『世界史年表・地図』の中の「フランスの東部発展」という歴史地図を参照。(こういう詳しい図は普通の高校副読本では載ってないかもしれない。それがこの吉川弘文館のものを推奨する理由の一つ。)

例えばリールというのは、確かシャルル・ド・ゴールの出身地のはず。

ここを併合しなければ20世紀フランスの危機におけるド・ゴール将軍の出現もあり得なかったことを思えばそれだけでお釣りがくるというのはふざけ過ぎか。

ピエール・ガクソット『フランス人の歴史』(みすず書房)では、これらの戦争の原因はルイ14世の個人的野心にのみ帰せられるものではなく、結果としてフランスは安全な東部国境を持つことになったとある程度肯定的に評価している。

そしてストラスブールをはじめとする併合領土の住民が、強制によってではなく自発的に自らの運命をフランスのそれと同一視するようになったことを誇りを持って記している。

それを読んでかなりの程度説得的に思えたので、やはり歴史にはいろいろな見方があるんだなと感じました。

2008年4月21日

萩原宜之 『ラーマンとマハティール (現代アジアの肖像14)』 (岩波書店)

Filed under: 東南アジア — 万年初心者 @ 06:00

1996年刊のマレーシア現代史。

この国は1957年イギリスから独立した、土着のマレー系および植民地時代に移住してきた中国(華僑・華人)系とインド系住民から成る多民族国家。

各州のスルタンが五年ごとに交替で国王を務める立憲君主制を採り、実際の政務は首相が行う。

与党は今日まで一貫して、統一マレー国民組織(UMNO)。この政党が中国系・インド系の小政党と組み、優勢な与党連合を維持し続けてきた。

独立以来の首相は、ラーマン→ラザク→フセイン→マハティール→アブドラと5人しかいないので覚えるのが楽。

1957年に独立。初代首相トゥンク・アブドゥル・ラーマン・プトラ。

独立前の48年ごろから武装闘争を行っていた華人系を中心にしたマラヤ共産党の鎮圧に成功。

外交面でも穏健な親西側路線を採るが、54年創設の反共軍事同盟・東南アジア条約機構(SEATO)には参加せず(米英仏豪・ニュージーランド・タイ・フィリピン・パキスタンが加盟)。

63年シンガポール・サバ・サラワクと共にマレーシア連邦結成。

フィリピンがサバへの潜在主権を主張し、スカルノ政権下インドネシアはマレーシア結成を親英反共国家の再編成ととらえて対決姿勢を鮮明にする。

65年経済混乱の中、親中容共反米路線を貫いたスカルノは9・30事件で失脚。

同年中国系住民が多数を占めるシンガポールがマレーシアから分離独立。

その後もマレー系と中国系の対立は続き、69年人種間暴動事件が起こり、翌年ラーマンは辞任。

1970年首相トゥン・アブドゥル・ラザク。

植民地時代以来商工業での中国系住民の優位な立場を変更するため、ブミプトラ(土地の子=マレー人優遇)政策を開始。

71年以降の米中接近を受けて、74年中国との国交樹立。

1976年ラザク病死。首相ダトゥク・フセイン・オン。

ブミプトラ政策による中国系住民の不満を和らげるため政策を一部修正(と前書きと終章には書いてあるのだが、本文中にはそれらしき記述がない)。

イスラム運動(ダーワ運動)の展開が目立ってくると、その一部を政権与党に取り込み、過激な部分を取り締る。

一時マハティールの後継者と目されていた副首相のアヌワール(アンワル)もイスラム青年運動の出身者。

1981年首相マハティール・ビン・モハマッド。

日韓との経済協力を推し進めるルック・イースト政策やアメリカを排除した「東アジア経済協議体(EAEC)」を提唱、「アジア的価値観」の確立を主張する。

本書の記述はこれまでであり、当時副首相兼財務相だったアンワルのマハティール後継が確実視されているが、97年アジア通貨危機への対応に関する意見の相違から両者は決裂、アンワルは失脚・逮捕。

03年には温厚なヒゲのおじさんといった風貌のアブドラが後継首相に就任することになった。

先日の総選挙では与党が三分の二を割って、アンワル率いる野党勢力が躍進しましたが、さてこれからどうなるか。

はっきり言って内容は平凡で、取りたてて面白い部分も無いですが、なにしろ高校世界史ではヴェトナムはもちろんタイ・フィリピンに比べてもこの国の現代史は手薄で、ほぼ完全に空白状態ですから(02年版山川の『世界史B用語集』ではマハティールの名前だけ載っている)、事実関係を淡々と述べているだけの本書のようなものでも結構有益です。

マレーシア史については、素人は本書と先日記事にした『マレーシアの歴史』の2冊だけ読んでれば十分すぎるんじゃないですかね。

2008年4月17日

トーマス・マン 『非政治的人間の考察 上・中・下』 (筑摩書房)

Filed under: 思想・哲学 — 万年初心者 @ 06:00

林健太郎『二つの大戦の谷間』で書名を知って以来、気になってた本書を通読。

トーマス・マンの作品で過去に読んだものと言えば、『ヴェニスに死す』か『トニオ・クレーゲル』のどちらか(それすら覚えてない)だけ。

『魔の山』も『ブッデンブローク家の人びと』も読んだことはないし、この先一生読めないままでしょう。

「それでいきなりこれかよ」と思われるでしょうが、これはっきり言って面白すぎます。

挫折してもいいから試しに手に取ってみるかという感じで読み始めたのですが、上巻の半ばくらいから全く目が離せなくなり、まさに巻置く能わずといった状態で普段の自分としては考えられないようなペースで最後まで読めました。

特に中巻が凄い。密度が濃すぎる。目から鱗が落ちるような文章の連続。

そもそも本書は、第一次大戦末期に反ドイツ的言論に反駁する目的で書かれた論文集。

言葉の定義として、著者はシュペングラーなど多くのドイツ知識人と同じく、「文化」を高貴な生と創造的精神に満ちた状態であるとするのに対し、「文明」は文化が堕落した、物質主義と凡庸で醜悪な精神の支配する社会と見る。

そういう視点から、米英仏の民主主義文明を排撃し、ドイツの非政治的市民文化を擁護する。

ドイツの西欧化・民主化を無条件に救いと見なしそのために祖国の敗北すら望む(実兄ハインリヒ・マンを含む)「文明の文学者たち」に激しい怒りをぶつけつつ、単純粗暴なナショナリズムに足元をすくわれることも避けた真摯な思索に深い感銘を受ける。

ゲーテ・ショーペンハウエル・(中期までの)ニーチェを導き手にして近代という時代の急所をズバリと突く思考の鋭さ、それを支える重厚な表現力の双方にひたすら圧倒される。

著者はワイマール共和国時代に入ると、ナチスを含む極右勢力のテロリズムに驚愕し、共和制と民主主義擁護の立場に転じ、ヒトラー政権成立とともに亡命、反ナチ運動に献身するわけですから、本書の立場は著者自身によって「乗り越えられた」とみるのが一般的理解なんでしょう。

ただ個人的には民主主義という立場に立たずに、本書のような立場でも反ナチであることはできるし、むしろその方がより本質的で有効なんじゃないかという気がしました。

もちろんこれは非常に大きな問題で、私ごときが偉そうに、したり顔で論じられることじゃありませんが。

いろいろ検索して見つけた以下の論文では、マンの政治的志向の変化は単なる「転向」と呼ぶべきものではないですよといったことが書いてあるようですので、興味のある方はご覧下さい。

「トーマス・マンとワイマール共和国」(PDFファイル)

とにかく凄い本です。是非お勧めします。

読み終えて数日経ちますが、未だに興奮がおさまりません。

今まで読んだ本の中でも一、二を争うほどの感動を与えてくれた本です。

息子のゴーロ・マンの『近代ドイツ史』(みすず書房)もそうなんですが、こういう無条件で推奨したい本に限って品切れで入手しにくいのが残念でなりません。

新潮社版『トーマス・マン全集』の11巻にも入っているようですので(ひょっとしたら抄訳かもしれませんが)、図書館で借りる場合こちらの方が探しやすいかもしれません。

筑摩書房におかれては、早急にちくま学芸文庫に収録し会社が潰れない限り在庫して頂きたいと切に願います。

あらゆる啓蒙主義道徳、人間の「真の利益」を説くすべての教義は、本来いかに精神的なものであろうとも、それどころか、初めのうちは人間の真の利益は「神のなかに生きる」ことだとさえ定義していようとも、ひとたび権力の座につき、大衆のこころを手に入れてしまうと、かならず権力獲得の程度に比例して堕落する。すなわち、物質化し、経済化し、非精神化する。他方、啓蒙主義道徳に忠誠を誓う大衆も、かならずますます欲の皮があつくなり、不満をつのらせ、ますます愚かになり、不信仰になる。そう、ますます非宗教的になる。宗教と政治とを分離できると考えているところに、自由主義の誤謬がある。宗教なしには、政治は、内的政治は、つまり社会政策は、結局のところやっていくことができない。というのは、人間という動物は、形而上的宗教をうしなうと、宗教的なものを社会的なもののなかに移しかえ、社会的生活を宗教的神聖さに高めようとするものであるが、その結果は、反文化的な社会的愚痴こぼしか、でなければ、社会的対立は解消できず、約束された幸福はいっこうに実現しないものだから、功利的争いの永続化と絶望か、そのいずれかに行きつくのがおちなのだ。宗教心は、たしかに社会的良心や社会的清潔欲とけっこう手をにぎりあえるものである。しかし、宗教心が発生するためには、まず社会生活の過大評価が消滅しなければならない。すなわち、和解は社会的領域以外のところに求めなくてはならぬという認識がうまれたときにはじめて、宗教心が生じる。社会生活の過大評価が精神を支配し、社会生活の絶対的神格化がはじまるところでは、宗教心は居場所をうばわれ、逃げだすほかない。あとに残るのは、絶望的な不和軋轢だけである。

普通選挙制を積極的に主張する人びとの議論は、それが精神的あるいは倫理的要求をかかげるかぎり、どれもこれも根拠のない議論であると思う。・・・・・ドイツ民族のように、いろいろな階層に分化し、それぞれの層の精神的格差が大きい民族にあっては、功績・年齢・教育程度・精神的位格などを考慮に入れ、よく考えた上で慎重に定められた多元的選挙制度が適している。・・・・・このような選挙制度の方が、普通選挙制度より相対的に公正であろう。人間社会の法秩序においてのぞみうるものは、いかなる場合でも、相対的公正でしかない。ところが、こういう選挙権は、すこしでも公正さに近づくために格差をつけるにあたっても十分に考えぬき、貴族主義的な品位をうしなわず、聡明であればあるほど、また、いろいろと工夫や創意を盛りこんであればあるほど、民衆には、それが公正な選挙制度であることがますますわからなくなる。民衆は、つねに最も単純な、最も稚拙な、最も原始的な種類の公正さしか、つまりまわりくどいことなどいわずに、すべての人に同じものをあたえてくれる公正さしか、公正な制度であるとはおもわない。しかも、その原始的な公正を絶対的な公正であると思いこんでいるために、貴族主義的な法律にたいしては、なんでもかでも情熱的に反対するのが道徳的であると考える。この情熱たるや、いかなる法秩序も完全ではありえないという意識をもつ者にはとうてい考えることもできないほど猛烈なものであって、おかげで、結局は民衆が勝利をおさめることになる。だから、今日なお政治をすることが可能だとすれば、民衆とその原始的にして反貴族主義的な法律熱にたよるほかない。・・・・・だが、精神や哲学やすぐれた思想も政治のなかには明らかにもはや求めることも言うべきことももたないということが事実であるからこそ、精神的生活を政治的生活から分離し、政治的生活にはおのれ自身の宿命的な道をすすむにまかせ、精神的生活をこのような宿命から解放し、晴れやかな独立性へと高めることが、どうしても必要なのだ。

デモクラシーとは、上から来るものであって、下から来るものではない。すくなくとも、そうあるべきである。デモクラシーは権利の要求であるべきではない。それは簒奪や不遜な要求ではなく、退位であり、恥じらいであり、断念であり、人間性であらねばならない。デモクラシーは、神の世界に政治が侵入してくる以前の姿に、すなわち、あらゆる差別を越えた、しかし、すべての差別を形式的には保持した兄弟愛に、もう一度もどるべきである。デモクラシーは(わたしは、一貫しておなじことをいっているのだが)、倫理であるべきであって、政治であるべきではない。それは人間が人間によせる善意、両方のがわからの善意でなければならない。というのは、奉公人が主人の善意を必要とするのとまったくおなじ程度に、主人もまた、奉公人の善意を必要とするからである。

自由――この否定概念は、実際、それ自身のなかにみずからの品位をふくんでいない(というのは、否定それ自体は、いかなる品位ももたないからである)。それは、その目的語によって、すなわち、それが否定し拒絶するものによってはじめて品位を獲得することができる。・・・・・自由を要求する人間の大多数がひそかに願っているのは羞恥と礼節からの自由ではあるまいかという猜疑がかならずしも不当なものではないと考えるには、なにもこちこちの人間嫌いである必要はない。自由概念の否定性は、まったく際限がない。それは一種の虚無主義的な概念であり、したがって、きわめて微量を服用した場合にだけ治療効果のある薬用毒物のごときものである。もう一度たずねるが、世界の、全世界の最も内奥の要求が自由概念によるよりいっそうの無政府化にではなく、新たな拘束にむけられているようなときに、そして、[進歩という―引用者註]信仰への信仰がさきにみたように心理的蒙昧主義に堕しつつあるときに、はたしてこの薬物を服用すべきであろうか。

2008年4月14日

『改訂版 詳説世界史B』 (山川出版社)

Filed under: 教科書・年表・事典 — 万年初心者 @ 06:00

2002年版の『詳説世界史』は以前記事にしましたが、2006年版を入手したので気付いたことを適当に書いてみます。

02年版の執筆者は私が高校生の頃と同じく江上波夫、山本達郎、林健太郎、成瀬治、村川堅太郎、神田信夫と、いかにも大御所といった感じの面々でしたが、06年版では以上の方々の名前が消え、佐藤次高、木村靖二、岸本美緒の各氏が代表著作者として表紙に載っています。

内容に関しては、オールカラーになって見やすくなったのと、いくつか目新しい図表が載っているくらいで、執筆者が入れ替わった割には特に大きな変化は無いようです。

私の中では高校生の頃実際使っていた『新世界史』ではなく、旧版の『詳説』が基礎知識の土台になっているので、本書の記述はごく標準的に思える。

よって帝国書院三省堂教科書の記事のようにあれこれ書くこともありません。

あえて見付ければ、ディオクレティアヌス帝が導入した四分統治制の呼称「テトラルキア」と、帝国書院教科書と同じく三十年戦争の項で「17世紀の危機」という言葉が載っていることくらいでしょうか。

あと、中世末期フランスの農民反乱で、02年版では「ジャクリー」となっていたものが、「ジャックリーの乱」と昔ながらの表記に戻っている。

ジャックが当時のフランス農民を指し、ジャクリーがその反乱を示す言葉なので「ジャックリーの乱」は意味が重複しておかしいと以前聞いた記憶がありますが、そんなこだわることもないということでしょうか。

東西交渉の章ではジャンク船、ダウ船、カーリミー商人など、私の頃の高校世界史では聞き覚えのない用語が載っていました。

旧版と同じく手堅い記述で大きな欠点は無い本だと思いますが、慣れや飽きもあって個人的には読んで面白いと思うことは非常に少なかったです。

以上挙げた教科書の中では帝国書院のものが一番特色があって好きでした。

しかし、山川の『詳説』以外はやはり手に入れにくいのが難点ですね。

2008年4月10日

F・フェイト 『スターリン以後の東欧』 (岩波書店)

Filed under: 東欧・北欧 — 万年初心者 @ 06:00

『スターリン時代の東欧』の続巻。

叙述範囲は1953年スターリンの死から1970年代末まで。

前巻と同じく、説明が詳細かつ丁寧で曖昧さを残さないのが非常に良い。

価値判断も穏当・適切で、東欧共産圏崩壊後の今読んでも全然違和感が無い。

訳文もよく練られていて読みやすい。

戦後東欧史として極めて優れており、基本テキストとして十分。

読む上で、まず1953年スターリン死と東ベルリン暴動、56年スターリン批判とポーランド・ハンガリーの動乱、68年「プラハの春」とチェコへのソ連軍事介入という三つの最重要事件の年代を暗記しておいて、その前後関係で史実を捉えると便利。

硬直したスターリン主義的抑圧体制とソ連への従属から、各国が一定範囲内での自由化・自立化を遂げていく過程を読み取っていきましょう。

内政面では共産党一党独裁を前提にした上でのある程度の自由化と市場経済の部分的導入、外交面ではソ連による事実上の主権制限から逃れる動きが出てくる。

国によって内政・外交両面での変化の割合が異なるので、その各国事情を大雑把にでも頭の中で再現できるようになればよい。

東ドイツのように内外政策共に教条的な路線をほとんど変えなかった国もあれば、56年以後のハンガリーのように大胆な改革に乗り出した国もあり、中にはルーマニアのように外交面では自立的でありながら内政面では硬直した計画経済と抑圧体制を取った国もある。

なお、その過程で各国の主な指導者名はやはり記憶した方がいいと思う。

東ドイツのウルブリヒトとホーネッカー、ポーランドのビエルトとゴムルカとギエレク(と本書の範囲外だがヤルゼルスキ)、チェコスロヴァキアのゴトヴァルトとノヴォトニーとドプチェクおよびフサーク、ハンガリーのラコシとゲレとイムレ・ナジおよびカダル、ルーマニアのゲオルギウ・デジとチャウシェスク、ブルガリアのディミトロフとチェルヴェンコフとジフコフ、ユーゴスラヴィアのチトー、アルバニアのエンヴェル・ホッジャなど。

以上挙げた人々がどのような政治姿勢を取ったのかを大まかにでも言えるようになるのが望ましいと思われます。

70年代末以後、89年の体制転換に至る歴史については『激動の東欧史』(中公新書)などで補強して下さい。

前巻と併せて強くお勧めできる本です。

2008年4月6日

『詳説日本史』 (山川出版社)

Filed under: 近代日本, 教科書・年表・事典 — 万年初心者 @ 06:00

私も高校生の頃使っていた日本史教科書の超定番。

今所持しているのは2003年刊で、大型書店の受験参考書コーナーで買いました。

末尾の執筆者リストを見ると、石井進・伊藤隆・笠原一男・児玉幸多・坂野潤治と、無知な私でも名前を知っている錚々たる面々。

現在の最新版では一部執筆者が入れ替わっているようです。

ざっと読むと、非常に細かい史実も載っていて、完成度が高いなと思います。

あれば便利だと思うので、買って手元に置いておいてもいいんじゃないでしょうか。

あと話が逸れますが、高校の地理・歴史で世界史必修を続けるべきか、むしろ日本史を必修にすべきかと議論がありますが、私はやはり現状のまま世界史必修を続けた方がいいと思います。

これは個人的趣味から言うのではないです。

一般常識としての「広く浅い」歴史を習得する上で、日本史に関しては小学・中学で学ぶ内容で何とかカバーできますし、自分で本を読んでより詳細な歴史を独学することも比較的容易だと思います。

しかし、世界史については高校で履修しない場合空白があまりにも大きすぎるし、ほとんど白紙の状態から独学するのも困難ではないでしょうか。

小谷野敦氏が『中庸、ときどきラディカル』(筑摩書房)という本で以下のように書いています。

おかしなことに、日本史については、小学校と中学校で必修扱いになっている。中学校では近代の世界史も織りまぜることになっているが、これだけ日本史を繰り返し学んで、さらに高校でも詳細に学ばせる必要があるだろうか。私は高校で日本史と世界史を取ったが、むろん教科書の厚さは同じくらいだから、日本史のほうが遥かに内容は精密で高度だった。大学入試のセンター試験でも、日本史では、それに専門の近い私でさえ答えられないような細かい知識を問うものがある。果たして、石器時代の石器の名称まで記憶させる必要があるのだろうか。

近年、日本の近代史教育に関する議論が喧しいが、それならむしろ、世界史をベースに日本の近代史を組み込んだ科目を「歴史」として必修にしたほうがいいのではないだろうか。

最近小谷野氏の本を全く読まなくなったので、今も同じご意見かどうかわかりませんが、概ね同感です。

私も高校で日本史と世界史を履修したのですが、日本史の内容は本当に細かいと思いました。

世界史は全く未知の状態で新たに学ぶということもあり新鮮で面白く感じたのですが、日本史は細かな用語を覚えさせられるだけで歴史の経緯を知る面白さはほとんど感じられず正直授業も退屈でした。

自国の歴史を詳しく知らないというのも困ったことですが、世界史が中学で学ぶ程度に止まると新聞・テレビの国際ニュースも理解できないんじゃないでしょうか。

個人的意見ですが、ごく大まかな内容(現状の「世界史A」レベル)でもいいので高校の必修は続けて頂いた方が良いと思います。

2008年4月4日

司馬遼太郎 『人間の集団について』 (中公文庫)

Filed under: 史論・評論 — 万年初心者 @ 06:00

タイトルからは想像できないが、ヴェトナム紀行の本。

ヴェトナム戦争中にサイゴンを訪問した著者による平易な史的文明論といったところか。

同じ中華文明圏の周辺民族としての朝鮮とヴェトナムの比較などが内容。

大学時代読んで特に面白いとは思いませんでしたが、薄いし楽に読めるし、まあ一読しておくのも悪くないでしょう。

2008年4月1日

白石隆 『スカルノとスハルト (現代アジアの肖像11)』 (岩波書店)

Filed under: 東南アジア — 万年初心者 @ 06:00

1997年刊だからスハルトの大統領在職最末期に出た本。

200ページ弱とコンパクトにまとめられているので、話がスイスイ進み退屈しない。

読みやすく、大まかな史実を要領良く頭に入れることができる。

史実の解釈と評価についてもおおむね穏当なものと感じる。

独立後最大の出来事である9・30事件から長期政権に至るスハルトの事績に対して、やや評価が厳しいかと思われるが、よくあるような一方的な断罪論でもないし、逆にスカルノが礼賛されているわけでもない。

先日スハルトが死去した際、朝日新聞等に確か著者のコメントが載っていたと思うが、非常にバランスの取れた説得的なものに感じました。

よって本書の記述は少々割り引いて読めば良いのではないでしょうか。

インドネシア現代史の基礎テキストとして有益な本だと思います。

この「現代アジアの肖像」シリーズは、特に東南アジアの巻がかなり使えそうですね。

他の巻もいくつか読んでみようかなと思います。

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