万年初心者のための世界史ブックガイド

2008年1月11日

F・W・ウォールバンク 『ヘレニズム世界』 (教文館)

Filed under: ギリシア — 万年初心者 @ 06:00

すみません、挫折しました。

第一章の史料検討がタルいなあと思い、第二章のアレクサンドロス大王の事績が他の本で大体知ってることで退屈だなあと思い、第三章「諸王国の形成」に来た所でこれは面白いと思い直し、第四章の文化史で苦しいなあ、まあごく大まかな論旨だけ掴めばよいかと思い、読み続けましたが第五章であまりにめんどくさくなって放り出しました。

結局20ページ余りの第三章でディアドコイ戦争の過程がわかったことだけが本書の収穫でした。

本書に加え、森谷公俊『王妃オリュンピアス』を参考にしてその概略を記すと以下の通り。

前323年大王がバビロンで死去。

バクトリア地方の豪族の娘ロクサネが大王の死後生んだ子がアレクサンドロス4世として、大王の異母弟だが知的障害があったため目立たない存在だったアリダイオスがフィリッポス3世としてそれぞれ即位。

ペルディッカスが両王の摂政として諸将の中で首位を占める。

王国は分割され、エジプトはプトレマイオス、小アジアはアンティゴノス、エウメネス、レオンナトスら、トラキアはリュシマコス、マケドニアは大王東征中から留守を守っていた老将アンティパトロスがそれぞれ支配。(レオンナトスは直後反乱鎮圧の際戦死。)

ペルディッカスが大王の妹クレオパトラと結婚しようとしたことを契機に警戒を強めた他の将軍たちは連合して対抗(エウメネスのみはペルディッカスと同盟)。

まずエジプトに向かったペルディッカスだったが、部下に暗殺される。

前320年シリアのトリパラデイソスでの会談でアンティパトロスが新たな摂政になり、アンティゴノス(・モノプタルモス[独眼王])がアジアの将軍とされ、セレウコスがバビロニアを支配することになる。

前319年アンティパトロスが自分の息子カッサンドロスではなく、ポリュペリコンを後継摂政に任命して死去。

アンティゴノス、リュシマコス、プトレマイオス、カッサンドロスの反ポリュペリコン同盟成立(エウメネスはポリュペリコン派)。

カッサンドロス軍がギリシア侵攻。フィリッポス3世と妻エウリュディケはカッサンドロス支持を宣言。

対抗してポリュペリコンが大王の母オリュンピアスを招くと、オリュンピアスはフィリッポス夫妻を殺害。

マケドニアに侵攻したカッサンドロスはオリュンピアスを裁判にかけ処刑する。

アンティゴノスはエウメネスを攻め滅ぼし、バビロニアを任せていたセレウコスを追い出す(セレウコスはプトレマイオスの下に亡命)。

今度はプトレマイオス、カッサンドロス、リュシマコスの反アンティゴノス同盟が成立、アンティゴノスはかつての敵ポリュペリコンと同盟。

プトレマイオスはパレスチナでアンティゴノスの息子デメトリウスを撃破、その機を捉えてセレウコスはバビロンを回復。

前311年和平が結ばれ、カッサンドロスをアレクサンドロス4世の摂政とし、領土は現状維持が合意されたが、カッサンドロスは邪魔者となったアレクサンドロスとロクサネ母子を殺害。

その後はアンティゴノス包囲網を基本としながら、時には和解・同盟が試みられるが、最終的に前301年イプソスの戦いでカッサンドロス・リュシマコス・セレウコス連合軍がアンティゴノス・デメトリウス父子に決定的な敗北を蒙らせ、アンティゴノスは戦死、デメトリウスは逃走した。

(恥ずかしながらかなりの期間、私はこのイプソスをイッソスと混同しており、同じ場所で二度重要な戦いが行われたと勘違いしてました。)

カッサンドロス死後、デメトリウスは一時マケドニアを保持したが、リュシマコスによって追い出され、セレウコスの捕虜となり死去。

前281年リュシマコスはセレウコスに敗北し殺されたが、ヨーロッパに渡ったセレウコスもリュシマコスの一族のうち味方に付けていた人物に暗殺された。

その後弱体化したマケドニアにはガリア人が侵入、無政府状態に陥るが、デメトリウスの子アンティゴノス・ゴナタス(2世)がガリア人を撃退し王位に就く。

エジプトはプトレマイオス2世、アジア・東方領域はアンティオコス1世に引き継がれ、これで三王国の分立体制が確立する。

私はほんの一部しか読んでいませんが、最後まで通読すればそれなりに有益な本だと思います。

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