万年初心者のための世界史ブックガイド

2007年12月3日

佐藤次高 『イスラームの「英雄」 サラディン』 (講談社選書メチエ)

Filed under: イスラム・中東 — 万年初心者 @ 06:00

アイユーブ朝の創始者で十字軍と戦い、イスラム教徒だけでなくヨーロッパ側からもその勇武と寛容を賞賛された名君の伝記。

高校時代から非常に好きな歴史人物の一人であったのだが、なかなか関連本を読む機会が無かった。

十字軍を扱った『ローマ帝国衰亡史9』でもサラディンの扱いはごくあっさりしたもので出番も少なく、さほど好意的に書かれているわけではない。

反教権的なギボンがいかにも礼賛しそうな人物なのに、その点期待外れであった。

さて十字軍が殺到した時期の中東はファーティマ朝とセルジューク朝の支配下にあった。

その少し前、セルジューク朝のバグダード入城までは、イラン・イラクではブワイフ朝が存在していたのだから、エジプトのファーティマ朝とあわせて10世紀のイスラム世界はシーア派が非常に優勢だったわけである。

もっともファーティマ朝とブワイフ朝は、同じシーア派でも前者が過激イスマイル派・後者が穏健ザイド派であって、両者間は友好関係には程遠かったと、この前読んだ『イスラーム世界の興隆』に書いてあった記憶がある。

西進したトルコ人が建てたセルジューク朝によってスンナ派復興の道が拓かれたが、初代トゥグリル・ベクからアルプ・アルスラーン、マリク・シャーと名君が三代続いた後、王朝は急速に衰退し分裂期に入る。

以前から思ってたんですが、イスラム王朝って寿命の短いものが多い気がしませんか?

ウマイヤ朝は単一の王朝では全盛期のオスマン朝を上回る最大版図を実現してますが100年続かなかったし、アッバース朝は500年続きましたがハールーン・アッラシード以後は急速に地方政権の自立化が顕になって統一期は結局100年未満だし、アイユーブ朝自体も存続期間は80年ほどだし、マムルーク朝は250年以上続きましたが、前半のバフリー・マムルーク朝と後半のブルジー・マムルーク朝に分かれるし(この区別は高校世界史では出ませんが)。

オスマン朝のように600年続く方が異例なんでしょうけど。

閑話休題。

シリアにセルジューク朝から自立したザンギー朝という政権が成立し、サラディンは父アイユーブと共にこの王朝に仕える。

ザンギー朝二代目の君主ヌール・アッディーンの命により、叔父シールクーフに従い、ファーティマ朝の内紛を利用してエジプト遠征を行い、苦戦しながらも三度目の進攻で成功する。

直後にシールクーフが死去するとザンギー朝から自立し、スンナ派政権を復興し、ヌール・アッディーン死後は軍を北進させシリアの大部分も手に入れる。

さらに西欧勢力との苦闘の末、ついにエルサレムを奪回し、それを期に押し寄せた第三回十字軍のリチャード1世と戦い聖地を保持し続ける条件で和平を結ぶものの、その直後に病を得て死去する。

過度に理想化されたイメージを退け、当時の一次史料を綿密に読み解くことによってサラディンの実像に迫ろうとしている。

とは言え困難な状況の中、聖地を奪回し公正な統治を実現した君主として評価する姿勢には変わりない。

読みやすくて非常に面白い本。お勧めします。

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