万年初心者のための世界史ブックガイド

2007年10月19日

上東輝夫 『ラオスの歴史』 (同文舘出版)

Filed under: 東南アジア — 万年初心者 @ 06:00

この国についても、『物語ラオスの歴史』が出ていればそれを読んだのだが、未刊のため本書を読む。

上記の本が出なければ、生涯最初で最後のラオス史の本になるでしょう。

それほど厚くなく、活字も大きめなので、その気になれば半日で読めます。

高校世界史で習ったことを大体憶えている人でも、この国の歴史に関してはほとんど空白に等しいでしょう。

かく言う私も、「何やら知らんうちに建国していて、19世紀末にフランスの植民地になって、第二次大戦後独立して、右派・左派・中間派の連立政権ができたけど長続きしなくて、左派の組織はパテト・ラオ、別名ラオス愛国戦線といって、それがヴェトナム戦争中ヴェトコンと共闘して、アメリカ軍が介入してきて、その後1975年に南ヴェトナム・カンボジアと同時に共産化して王制が廃止されて、統一ヴェトナムの強い影響下におかれて、80年代半ばからはヴェトナムに倣って改革開放政策を進めている」というのがラオス史についての知識の全てでした。

ですんで、本書のあれやこれやの細かな史実は興味深くはあるんですが、ズラズラーっと並べられてる個々の国王名なんかは別に憶えなくてもいいでしょう。

つーか、絶対無理です。

以下のような、ごく大まかな史実の経緯を知っておけば十分でしょう。

ヴェトナム、カンボジアと併せてインドシナ三国という括りをよくされますが、ラオス人は民族的にはタイ人に非常に近く、ビルマ人などと共にシナ・チベット語族に属する(ヴェトナム人、カンボジア人はモン・クメール語族)。(←私は高校の時、この名称で憶えた記憶があるのだが、今は南アジア[オーストロアジア]語族というようです。)

以下の歴史を見ても、前近代においてはヴェトナムよりタイとの関係の方がはるかに深い。

直接関係はないですが、地図を見ると現首都のヴィエンチャンは異様にタイ国境に近いですね。

原住地の中国から漢民族に追われたタイ族の一派としてのラオ族が1353年ファー・グム王の下にラーンサーン(「百万頭の象」の意)王国を建国したのがラオスの起源。

まあこの初代国王だけは憶えましょうか。

都はヴィエンチャンではなく、それよりかなり北方にあるルアン・プラバーンに置かれた。

その少し前にタイ北西部のチェンマイを都にした同じタイ系のラーンナー王国が建国されている。

これは完全に高校世界史の範囲外だが、この国は長期間存続し、ビルマ・タイ間で争奪の対象となり、両国間の激しい戦いの原因となる。

その辺はロン・サヤマナン『タイの歴史』柿崎一郎『物語タイの歴史』にも詳しく記されている。

ラーンサーン王国はほぼ同族のこの国から小乗仏教の導入や王家の通婚など大きな影響を受ける。

トゥングー朝ビルマ、アユタヤ朝タイ、黎朝大越などの圧迫を受けながら独立を維持するが、18世紀に入ると王位継承争いからヴィエンチャン、ルアン・プラバーン、最南部のチャムパーサックの三王国に分裂する。

そして同世紀末にトンブリ朝・チャクリー朝によって三ヶ国ともタイの保護国とされてしまう。

1893年のフランスによる植民地化はタイから宗主権を奪うという形で成し遂げられた(1899年正式に仏領インドシナ連邦に編入)。

20世紀に入ってフランスは分割支配の方針からルアン・プラバーン王国だけを名目上復活させたが、これがラオス独立後の王家となる。

独立後の政治の流れと1975年の共産化までの経緯はなかなか詳しくてわかりやすい。

類書が非常に少ないだけに貴重。

結論としてはかなり良い本だと思います。

細かなところを憶えようとすると嫌になりますから、以上のようなことを読み取れば十分じゃないでしょうか。

この著者も外交官でタイやラオスに駐在したことのある方みたいです。

そのせいか、特に変な偏りもなく、良質な入門書になっていると思います。

広告

WordPress.com Blog.

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。