万年初心者のための世界史ブックガイド

2007年7月27日

岩永博 『ムハンマド・アリー 近代エジプトの苦悩と曙光と』 (清水書院)

Filed under: イスラム・中東 — 万年初心者 @ 06:00

清水新書2冊目。類書が少なくて、自分の苦手分野を選ぼうとしたら、これになりました。

ナポレオンの遠征の後、ムハンマド・アリーは混乱状態の続くエジプトで、セリム3世治下トルコ中央政府から派遣された総督と地元マムルーク層の対立を利用して両者を各個撃破し、1805年自らエジプト総督の地位に就く。

就任当初はトルコのスルタンに忠実であり、イェニチェリ全廃を断行したことで有名なマフムト2世の命に従い、長子イブラヒムを指揮官として各地に軍を派遣し、1818年にはアラビア半島のワッハーブ王国を一時滅亡させ、1821年から始まったギリシア独立戦争にも従事するが、1827年参戦した英仏露の連合艦隊にナヴァリノ海戦で惨敗する。

その間、地元マムルーク勢力を打倒し、徴税請負制度と各種免税特権を廃止、商品作物専売制、国営工場の設立、軍備増強、スーダン遠征などで国力を増強した後、所領の独立と世襲化を求めて、トルコに戦いを挑む。

1831~33年の第1次エジプト・トルコ戦争では圧倒的優位を占め、シリアを難なく征服するが、1839~41年の第2次戦争ではオスマン帝国崩壊を恐れた英・普・墺とこれを期にトルコに恩を売り更なる領土を得ようとするロシアがエジプトの前に立ちはだかる。

1840年時点で、フランスのみはエジプトを支持するが、同年本国でティエール内閣が倒れ、それも失われる。

結局エジプト総督職のみの世襲を認められ、アラビア帝国建設というムハンマド・アリーの野望は挫折する。

(ちなみに第2次戦争の危機的状況の中で1839年アブデュル・メジト1世によりギュルハネ勅令が発布されタンジマートが始まっている。)

手薄な分野の補強のつもりで読みましたが、なかなか良いです。

この辺は高校教科書程度の記述もあやふやだったのですが、いい復習になりました。

これは新刊として手に入りますので、気が向いたら買ってください。

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