万年初心者のための世界史ブックガイド

2007年7月3日

ジョージ・ケナン 『危険な雲』 (朝日イブニングニュース社)

Filed under: 国際関係・外交 — 万年初心者 @ 06:00

1979年刊。アメリカ外交の長老ケナンによる80年代への国際情勢展望。

第二次大戦直後、米ソ協調の理想主義的な甘い夢に耽る指導層や世論に対して強い警告を発し、「封じ込め」政策の立案者と言われたケナンだが、スターリン死後のソ連の変化を受けてからは、ハト派の代表格としていたずらな対ソ強攻策や軍拡、過剰介入への批判者となっていった。

本書はそういった観点からのものであり、冷戦の最終対決期としての70年代末から80年代前半を考えると、少々のズレを感じるような面もある。

ただ、どんな著作においても、ケナンの持つ叡智が滲み出ており、本書も大いなる含蓄に富んでいる。

それと本書を読んでいると、「この人は何でこうまで日本に理解を示してくれるのかな」と思うことが少なくない。

「親日」とか「反日」とかのレッテル貼りがしばしば不毛な結果に終わるのはよく承知しているが、この本に限って言えば極めて好意的な記述に感銘を受ける。

是非にとは言いませんが、機会があればお読みください。

 

極東における米政策の要が日本に置かれるべきことは疑いない。(以下日本の地政学的・経済的重要性を述べて)これらはすべて重要である。しかし最重要というわけではない。最重要事は描写するのが困難な、別にある要素である。それは日本との関係で、われわれの目前にある奇妙な道義的義務、道義的機会なのだ。日本人もまた注目すべき国民である。高度に知的で極めて勤勉であり、感受性に富んで思慮深く、しばしば、くよくよしすぎるほどであり、意思疎通では、中国人が器用であるのを逆にしたように不器用である。

だが中国人ほど自己中心的でなく、中国人より自らの周囲の世界(米国を含め)に興味を持っており、(少なくともその最良の人々は)大変な、悲劇的で時としては高貴なまでのひたむきな良心と義務感を備えている。中国人と同様、日本人はわれわれとは非常に異なった国民であり、もし太平洋戦争がなかったとするならば、私もちょうど中国人について述べたように、不自然な親密さを押し付けないようにしようなどと言っていたかもしれない。だが日米間にまさに戦争が生じたし、その結果米国は戦後、まったく密接に日本人と接触する破目になったのである。そこから一種の親密さが生じた。これは争いと多くの苦悩、とくに日本側の苦悩から生まれた親密さ、だがそれが親密さであることには変わりない。日米両国民とも、この不幸な歳月に互いに善悪を問わず、多くを学んだ。親密さとは本来こうしたものなのだ。

私はここで感傷的なことを述べているわけではない。愛や賛美を語っているのでもない。そういうものは、戦時中の宣伝担当者やロマンチックな民族主義者の感情の発露にしばしば引き合いにされるが、諸国家の現実の生き方には存在しないのである。私が述べているのは、より根深いもの、つまり運命が(あるいは先代の過ちがと言ってもいいだろう)両国民の行く手を示したということであり、それは互いに争いつつものごとをやっても無益というよりもっと悪く、そしてともに協力する以外選択のないことを、日米両国が共に認識した事実である。

責任はわれわれ米国人の側に一層強くかかっている。なぜならば日本人を打ち破り、無条件降伏という方式で彼らのことがらに対する全面的な権力(かくして全面的な責任)を求め、この現代において従来よりもより幸せに、より安全に、より有益に生きる方法を教えようとやや高飛車にまで引き受けたのは、ほかならぬわれわれ米国人であったからだ。人はこれにまさる責任を負うことはあるまい。

しかし日本人もまた、責任がないわけではない。日本人はいま、その後の出来事によって、なにがしか傷ついた同盟国、米国と付き合わなければならない。多くの米国人は経験によって、尊大な抱負や誇張された自己讃美の危険を学んだ。その結果、われわれはよそ目には前ほど堂々としていないし、自分たちがいつも、ものごとの解決策を持ち合わせているとの確信を弱めるにいたった。そこでわれわれもまた、助力と導きを必要とし、友人たちから注意深い扱いを必要とするのだ。日本人は苦痛に満ちた方法で米国人について学んだ。その結果、彼らは、おそらく米国の他の友好国の大多数にも増して、米国をよく知るにいたった。日本がわれわれに及ぼす潜在的影響力を過小評価してはならず、これも日本側の責任と言えよう。

これらのことが示しているのは、日米関係がまさに苦痛と争いの中から誕生したものであるが、それゆえに、米国にとって日米関係とは双方が国際問題でそれぞれ思慮深くかつ役立つように振舞う能力を持っているか否かを試す独特な尺度となっていることだ。

もしこれに成功しないようなら、われわれがどこへ行っても事態は思わしく進まないだろう。日本が戦後そうであり続けたように、今後も極東における米国の地歩の要石であり続けなければならないのは、こうした理由によるものだ。要といっても、受動的ではなく能動的に発言する要石であり、しばしば優れた英知を秘めた相談相手となり、われわれが時には導きを、時には指導性さえを求めて対すべき要石であり続けなければならないのだ。

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