万年初心者のための世界史ブックガイド

2007年7月1日

伊東冬美 『フランス大革命に抗して』 (中公新書)

Filed under: フランス — 万年初心者 @ 06:00

副題は「シャトーブリアンとロマン主義」。

著名な文学者の目を通して見たフランス革命史。

1768年生まれのシャトーブリアンは同世代の多くの青年貴族と同様に、啓蒙思想の洗礼を受け、アメリカ独立革命に胸躍らせ、大革命直前には共和主義的思想を持つことになる。

ゆえに運命の1789年、バスティーユ襲撃の時点ではそれを歓迎し、そこにフランスと人類の夜明けを見た。

しかしおぞましい虐殺行為が何ら罰せられることなく横行し、暴力の連鎖が止めどなく続く現状に嫌悪を抑えきれなくなる。

89年10月の「ヴェルサイユ行進」の際、虐殺した近衛兵の首を槍先に掲げ笑いながら帰還する男女の群れを見たとき、彼の革命支持の立場は完全に崩れ去る。

「あの二つの首と、その直後に見た幾つかの首は、私の政治的立場を変えた。食人種のごとき残忍な人間たちの饗宴に、私は恐怖を抱いた。フランスを離れて、どこか遠方の国へ行こうという考えが浮かんだ。」

逃げるようにアメリカに向かったものの、そこでもかつて理想化していた新生共和国の実態に触れ、深い失望と幻滅を覚える。

君主制や教会など国家統合の原理を持たず、西欧の君主国以上の経済的社会的不平等が放置され、国内すべてに行き渡る伝統的慣習も無く、成文法と契約のみを金科玉条とする弱肉強食の野蛮な社会、これが彼の見たアメリカであった。

「冷酷非情なエゴイズムが都市を支配している。銀貨、ドル、銀行券、紙幣が財産を殖やしたか、減らしたか、これが話題のすべてだ。・・・・・新聞には多様性が認められはするものの、載っているのは、粗野な事件や無駄話ばかりである。」

91年現地でヴァレンヌ逃亡事件の報を聞いたシャトーブリアンは、翻然と悟る。

政治的・精神的無秩序の中で野放しになった民衆の凶暴な破壊衝動を目の当たりにし、かつてあれほど忌まわしく思っていた君主制と身分制秩序が文明社会にとっていかに貴重な抑制要因になっていたかに目覚め、以後揺るぎの無い確信を持った絶対王政主義者へと回心を遂げる。

ヨーロッパへ帰還し、独仏国境で亡命貴族の義勇軍に加わり、勇敢に戦うものの、プロイセン・オーストリア・ロシアの同盟諸国の足並みの乱れもあり、利あらず瀕死の状態で辛くもイギリスに逃れる。

ジャコバン独裁時代には兄が処刑される悲運を舐め、母や姉も投獄される。

その後ロベスピエール没落を経て、ナポレオン時代になり、ようやく帰国を果たす。

シャトーブリアンは、フランスの無秩序を克服するため当初ナポレオンを好意的に見ていた。

だが彼が王族のアンギャン公を暗殺するという暴挙を犯すと、激しい嫌悪を感じ、フランスに戦乱を強いる誤った統治者と見做すようになる。

1814年には『ブオナパルトとブルボン王家』を著し、世論にブルボン王家の復辟を訴える。

宿願のブルボン復古王政成立後は王政支持者の中道派として政界に活躍し、外相・イギリス駐在大使、ローマ駐在大使などを歴任する。

外相時代の1823年には列強の承認を得て、内乱状態のスペインに単独出兵し当地のブルボン朝政府を再建する。

だが1830年七月革命に遭い、シャルル10世が亡命するとブルボン家への忠誠を守って公職から引退する。

そして1848年病床で二月革命と共和政成立の報を聞き、失意の内にその生涯を閉じる。

以上、ごく簡略な紹介ですが、新書版とは思えない品位と叡智に満ちた本。

こういう素晴らしい本を出すのはさすが中央公論と思うが、ずっと品切れのままなのは頂けない。

重版再開するか、文庫化してください。お願いします。

広告

WordPress.com Blog.

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。