万年初心者のための世界史ブックガイド

2007年6月12日

カント 『永遠平和のために』 (岩波文庫)

Filed under: 国際関係・外交, 思想・哲学 — 万年初心者 @ 06:00

カント哲学などは私の理解可能範囲を遥かに超えるものなので全く読めないのだが、これは高坂正堯『国際政治』(中公新書)の参考文献でもあるので、国際政治学の古典として読んだ。

この手の本にしては比較的楽に読めます。

特にカントが平和的国家の条件として挙げる「共和政体」を、民主政とは厳密に区別している点が非常に示唆的で面白かった。

世界史初学者にとって必読とは到底言えませんが、それなりに興味深い本ですので機会があればどうぞ。

(以下『林健太郎著作集 第3巻 ドイツの歴史と文化』「ドイツ市民精神」より)

・・・・同様の思想を、彼[カント]は『永遠平和のために』・・・・においては「各国家における市民的憲法は共和的ならざるべからず」なる言葉を以て表わしている。しかしながら、このような彼の言葉から直ちに彼を普通の意味における「共和主義者」と考えることは全く正しくない。

即ち彼によれば、共和制とは決して国家の最高権力を有する人員の数によって決定されるものではなくて全くその「統治の形式」によって定まるものであり「共和政体とは執行権を立法権より分離する所の国家原理」に外ならないのである。而して国家の支配者が「君主であるか貴族であるか又は全人民即ち民主的連合であるかはどうでもよい」(『法律哲学』)のであるが、しかも彼は所謂民主政治を、多数の者が少数の者を圧迫し、乃至は全員ならぬ全員が議決し得るが故に専制政治に外ならないとなし(『永遠平和のために』)更には「人間は一つの動物であって、それは同種族に属する他の者の中に住む時は一箇の君主を必要とする」(『一般歴史考』)と言っている。

そして又「実践的意図においては、最高権力の根元はこれに従属する人民にとって探究すべからざるもの」であって、「国家における支配者は臣民に対して権利のみを有して何等の(強制的)義務を負わない。」あるいは「人民にとっては決して暴動の権利はなく、ましてや個別的人格者(王)としての彼に対してその権力の誤用を口実としてなす彼の人格あるいはむしろ彼の生命に対する冒瀆の権利の如きは全然存しない。」あるいは又「(誤った)国家組織の変更は時には必要とされるであろうが―――それはただ統治者自身によって改革を通じて遂行され得るものであって、人民によって従って革命を通じて遂行され得ない」という見解も亦、同じ『法律哲学』の中で彼が固く持するところである。

(このように立憲君主主義と啓蒙専制主義の支持者であったはずのカントは、ルイ16世処刑とジャコバン恐怖政治によってドイツの革命同情者のほとんどがその反対者に変わったときにおいても革命支持を基本的には止めなかった。それについて林氏は「これは彼自身の市民性が如何に強烈であったかを物語ると同時に、又彼の学説自身の弱さを示すものと言い得るであろう」と記している。)

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